第6話 強さの理由

 笑っている目の前の青年とは違い、周りの青年たちは驚き、というか、引いている……。

 え、オレらのためにそこまでするのかこいつ!?


「お前っ、学校じゃ優等生だっただろ!? 成績も良いはずだ――せんこーからの評価だって!! それを捨ててまで、なんでオレらに構うんだ、バカじゃねえのか!?」


「学校での待遇よりもお前らと友達になることの方が大事だ。

 だって卒業したらもうできないことがこの三年間に詰まってんだぜ? ならお前らを取るだろ。先生に気に入られても、どうせ就職か進学にしか有利にならねえし……、いるか? その程度なら自力でどうにかなる。

 やり直しや修正が利くことに時間は割かないよ。……今の最優先はお前らだ。髪を染めるとか喧嘩くらいなら一緒に混ざって楽しむが、薬とか犯罪はやめておけよ。その場合は止める。どんな手を使ってでもな――」


「鏑木……」


「お前らと『その子』の関係性を知らないから責めたりはしないが、その子の友達がさ、俺に人探しを手伝ってくれって言っててさ……。

 貰った画像と見た目が一致した……その子だ。急用じゃないなら一旦、その子を預けてくれないか? 後で連絡を取って合流をしてもらってさ……、すまん、まずはその子の友達の頼みを優先するよ」


「オレらが最優先じゃないのかよ」


「年下の女の子が泣きながら助けを求めてる。

 さすがにこれを最優先にしないと、地獄に落とされそうだ」


 最優先は変動するもんだ、と言って、彼が手を伸ばしてくる。


「君の事情は知らないから無理にとは言わないが……。

 友達が呼んでるから案内するけど、くるか?」


 奈多切恋白は、即決で彼の手を取った。

 手を繋ぐどころか、しがみつくように彼に密着している。

 ……震えが止まっている。彼……、優しいお兄さんの温かさに安心したからだ。



「鏑木……、やっぱ、お前のこと嫌いだわ」


「は!? なんでだよ!?」


「全部、お前が美味しいところを持っていくんじゃねえか……ッ」

「相手は小学生だぞ。こんなのモテてる内には入らねえよ、非モテ集団」


『てめえ喧嘩売ってんのかぶっ殺すッ!!』


「おーけー、あとで連絡してこい! サシじゃなくても受けてやるよ」


 青年・鏑木竜正は怖いお兄さん(同級生)の叫びに笑って返していた。



「はぐれるなよな小学生ー」


『中学生です!!』


 と、隣の同級生二人が優しいお兄さんに訂正の声を上げていた。

 奈多切を基準にして、この子の同級生なのだから小学生、と思い込んだのかもしれない……。

 隣の二人は年齢に合った、来年には高校生の体型なのだけど……。


「奈多切さん、大丈夫だった?」

「あの人は優しそうだったけど……でも金髪だったし……不良なのかも!!」


 二人して、でも格好良いかも……、なんて、彼が立ち去った背中を追って見つめている。

 それにむっとした奈多切である……、その時に自覚した。


 恋心を。

 初恋を。


 恐怖とは違う激しい動悸と視界が狭まる窮屈な感じ……、全力疾走をしたみたいにドキドキが止まらない……。息苦しい、頭の中がお兄さんのことでいっぱいだった。


「あの制服……、隣町の、あの高校だよね……?」


「あ、じゃあ偏差値って結構高いよね……。あの人、金髪だけど頭は良いのかも――」



「受ける」


『え?』


「私も同じ高校、受ける」


「でも、奈多切さんは女子高にするって言っ――」


「帰って勉強しなくちゃっ! 二人ともごめんねっ、もう私、いくねっ!」


 返事も待たずに駆け出した奈多切は、ふわふわとした気持ちで帰路につく。


 自宅に戻ってから確認してみれば、現在の奈多切の偏差値では、全然足りない。

 彼が通っている学校は進学校だったらしく……、全ての学力を底上げしなければ、とても合格などできない差があった。


 それでも、ペンを折ることはしなかった。

 目的がある……、初めて抱いた衝動なのだ。

 この治め方を彼女は知らない――だから、達成させることで区切りをつける。


 そのためには。


 最低限のラインがある。

 ……奈多切は、『あの優しいお兄さんと同じ学校へ入学する』――、

 それしか見えていなかった。



 ふと、思い出したことがある。

 そう言えば彼と同じ制服を着ていた、奈多切を取り囲んだ青年たち……、じゃああの人たちも、頭は良いってこと……?


 思い返せば確かに、言葉こそ強いだけで、根っからの悪人ってわけではなかったし……、制服とか仕草からは、『ちゃんとした』教育を受けていると分かる影響が見えていた。


 あの時、奈多切に冷静さがあれば、話し合いで解決できていたかもしれないが……、まあそれも入学してから清算すればいいことだ。


「入学して、あの人に、告白をする……っ」


 気づけば、『助けてくれた恩を返す』から、『好きな人へ告白をする』――へ、目的が変わっていた。まあ、似たようなものだし、受験勉強の餌としては充分に機能している。


 そして、奈多切恋白は無事、第一志望の高校へ合格することができた。



 およそ半年ぶりに見た、『優しいお兄さん』こと、鏑木竜正を前にして、奈多切はお預けを喰らっていた犬のように目の前の彼に飛びつくどころか、真逆の対応を取ってしまうことになる。


 曰く……、恋の自覚が強過ぎて、まともに見ることができない。

 溢れ出る『好き好き』の感情が、抑制できない。


 ……だだ漏れの好意は、唯一、受け取るべき彼には伝わっていなかった。


「やばい……っっ。

 顔が見れない、喋りかけられないこんなんじゃあ同じ高校に入学した意味が……ッ!!」


 入学式を終えて自宅に戻り、枕に顔を埋めて悶える彼女は、明日からどうしようと足をばたばたさせていると……、閉めているはずの窓が開いた音を聞いた。


 振り向くが、レースのカーテンがゆらりとなびいているだけで、そこに誰かいるわけではない……。風でスライドした? そんな突風、吹いた形跡なんてな――、



「その好意で妖精を『救済』してくれないかな? ――君の悩みならアタシが解決するよ」



 それが、大妖精・エミールとの出会いだった。


 ―― ――


 モール内で立ってする話でもなかったので、俺と奈多切は同じくモール内のファミレスに移動している。学生が頻繁に出入りする低価格のレストランだが、現時刻は五時間目だ……、つまりサボっている生徒くらいしかいない。


 もしくは午前授業……、

 まあ少なくとも、同じ制服のやつと鉢合わせをする可能性は低いな……。

 とりあえず、


「お前もサボりだな、奈多切」


 ここにいるってことは、そういうことだろう……。責めているつもりはないが、親しみを込めてにやりと笑っていじってみると、彼女は大きな溜息を吐き、


「……あなたが出ていったからでしょうが……ッ」

「え?」


「妖精の救済の仕方も知らないくせに、悪影響を受けて悪化した妖精の元へいこうとしているあなたを見て、私が動かないわけにはいかないでしょう!?」


 語気は強いが、荒れてはいない。

 持ってきたドリンクをストローでずずずと飲みながら、俺を見下して文句を垂れている。


 冷徹で有名なあの奈多切にしては珍しく、分かりやすく怒っている……。


 どうでもいい、みたいな冷たい目は今はなく、しっかりと俺を見て非難しているのだ。


 それだけ、俺の行動は軽率だったってことか……?


「す、すまん……、俺のせいでサボらせちまって……」

「謝ってほしいのはそこじゃない」


 追加で大きな溜息……。

 奈多切が考えていることは分からないな……今更か。


 なにも分からない。


 後輩となれば、さらに接点もないし……だから噂や、外から見えることしか、奈多切のことは分からないのだ。


 踏み込んで聞いたことはなかったけど……、今回のこれは、聞かざるを得ないことだ。


 周囲からすれば俺と奈多切が四人席に座っているように見えているだろうが、実際は三人だ。

 奈多切の隣にいる、メリィやレイディとは違い、手の平サイズではなく、小学生か中学生くらいの大きさの妖精……——彼女は【大妖精】と名乗っていたのだったか。


 エミール。


 彼女のことが見えている俺は、もう既に、問題の渦中にいるわけだ。



「奈多切の不満は後で清算しておく。とにかく今は、その子のことだ」


「アタシのこと? 気にしなくてもいいのに。ほらほら、二人でお喋りしてなよ、聞きたいことの一つや二つ、あるだろう? せーのっ、趣味はなんですか?」


「お見合いをしたいわけじゃねえんだよ」


 奈多切がこそっと隣に耳打ち。エミールが奈多切の指を噛んで……。

 ちょくちょくやってるけど、それなんなんだ? そういうのも聞いておきたいんだけど……。


「い、言いませんから!」


「言えることだけでいいって……、妖精と救済のことは隠すなよ?」


 本題はそこなのだから。


「メリィとレイディを化物から元に戻したのは、奈多切だったよな……どうやったんだ? 

 メリィも言っていたが、具体的な救済の仕方がいまいち分からないんだよ……」


 妖精は純粋無垢であり、悪意に影響を受ければ悪化するのと同じく、善意に影響を受ければ、妖精たちは優しい心を持ち、悪化することもない……。

 が、善意と言われても、意図的に出せるものじゃないだろう。利を求め出したら善意の色も濁りそうだし……、純白の善意を意識せずに出すのは難しいだろう。


「悩んでいるようだが、簡単なことだよ。善意よりも確かに、そして意図的に出せるものは他人への好意だ。まあ、出すというよりは、溢れ出てしまうものみたいだが……」


 なるほど、奈多切による、他者への強い好意が妖精を悪化から元に戻したわけか。

 確かに好意は、利を求めていることを前提としているため(好意を向けたら相手からの好意が欲しいと思うのが普通だ)、好意そのものが濁ることはないだろう。


 相手を想えば想うほど、好意は強くなり、その好意の強さが、悪化し化物となった妖精に対抗できる武器となる……。


 化物を一瞬で救済する奈多切の好意は、相当に強いってことなのだろう。


 こんな美少女に惚れられている男がいるのか……。学校での奈多切の態度を考えると、学外の男なのかもしれない……。詮索する気はないが、考えてはしまうな――やめておこう。


 踏み込まないと分からないことだが、ここは踏み込むべきじゃない。

 人の恋心を探って暴くなんて、好意でも善意でもなく――悪意に乗っちまう。


 傍にいた妖精が悪影響を受けてしまえば、最悪だ。


「それ、成就するといいな」


「…………」


 睨まれた。

 迂闊に口を出すべきじゃなかった……、やっぱりデリカシーがなかったか。忘れてくれ、と視線で謝る。なかったことにはできないが、切り替えることで遠ざけることはできる。


「好意か……、どっちにしたって、意図的に武器として利用するには難しいかもな……。

 善意も好意も、向けようとして向けると、その時点で純粋ではなくなるし……」


「強弱に大差はないぞ。もちろん、悪化し過ぎた妖精を元に戻すには、それなりの善意が必要ではあるが……。

 悪影響を受けただけの妖精であれば、悪意でなければ、それだけで妖精の悪化を傾けることができる……。正気にさえ戻してしまえば、あとは言葉で引き戻すことは可能だ。

 救済するために、妖精の力を利用することも頭に入れておくと便利だぞ。どっちが先か、みたいな話にもなるが……、

 救済状態の妖精の力を借りることで、その妖精が持つ魔法を使うことができる。魔法を利用すれば、悪化した妖精を救済することも難しくはなくなるってことだな」


 それは貴重な情報だ。……だが、救済状態の妖精が手元に一人はいないと、まず一人目をどう救済するのか、という難題に当たる。


 善意だけで救済できるなら、妖精の魔法を借りる必要もないわけだし……。


「先輩」


「ん、なんだよ奈多切……、ちょっと優しい目になったな」


「……そうですか?」

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