プラムちゃん・リローデッド その2

 ぱしっ、と、二人の手が渇いた音を立てて、がっしりと握り合った。


 テナガザルだけに限らず、村にいる牛や豚、馬や狼など、人種以外の者たちを『けものたみ』と呼んでいる。

 人語は、もちろん人間が生み出した言葉であり、彼ら獣の民にとっては馴染みのない言葉だ。彼らには彼らの言語が存在する。

 その上で、人語を理解できているということは、つまり彼らの知能、理解力が、かなり高いことを意味していた。


 言葉が通じるなら話し合いの場が設けられる。よほどの荒くれ者でなければ、戦闘になるはずもなく、つまりカムクの鍛錬は意味のないものにも思えるが……。


 この森に限れば、実質、支配しているテナガザル族と良好な関係を築いているカムクや村の者は、襲われる心配はない。

 だが、先を見て、プラムをもっと遠くの世界へ連れていくと考えているならば、鍛えておいて損はないだろう。


 手頃な木の枝を拾って、カムクの木剣を受け止めるテナガザル。


「力任せに振るうだけ。相変わらず芸がないなぁ」

「これが当たればでかいだろ」


「あのな、オレはこうして受け止めてやってるが、実際、戦闘になれば相手は剣を避けるんだ。当たらなければ、どれだけ鍛えても意味なんかないぞ?」


 当たらなければ、力を込めて振るった分、カムクが消耗するだけだ。


「うっ」


 カムクの額になにかが当たり、弾けた。

 どろぉ、と視界を覆う液体を手の甲で拭えば、甘い香りがした。……果実を投げられたのだ。


 それに気を取られている隙に、テナガザルが持っていた木の枝でカムクの足を払う。


「――うお!?」と、バランスを崩したカムクが背中から地面に倒れ、次にまぶたを上げた時、眼前に突きつけられている、枝の先が見えた。


「と、こんな風に、こういうやり方もある」


 自然の中を生き抜いてきたテナガザルの方が、一枚も二枚も上手だった。


「…………こんなの、卑怯だろ」


「お前、そんなことを言っていたら死ぬぞ。東の王国には剣の技術を競い合う試合があるらしいが、あれは魅せるための戦いだ。

 自然界の喧嘩は違う。殺し合い、奪い合い。そんな中で卑怯だとか言っていられないだろ」


「それでもだ」


 カムクが見ているのは敵ではなく、


「後ろにはプラムがいる。……卑怯な方法を使って失望されたくないんだよ……」


「それで守れなかったら本末転倒だろうに……ったく。どうせあと数年ってわけでもないだろ。時間をかけて鍛錬すれば、剣の技術だけで当たるようにはなるだろ。

 卑怯な方法を使わなくていいなら、それに越したことはないしな。これはこれで、効果が薄いわりには、知識と手間が必要だからな」


「……悪い、アドバイスしてくれたのに」

「いんや。信念があるなら、変えられない。変わらないからこそ、そいつの信念だ」


 それから、続けて鍛錬をおこない、日が傾きかけてきた頃。


「この辺の薬草で治るとは思えないな。調合したら……、村の連中じゃあ、無理か。

 そもそも、プラムを苦しめているのは、本当に病気なのか?」


「……どういうことだ?」


「世界には、オレたち獣の民を含め『覚醒者』がいる。

 そいつらから受けた『呪い』なんじゃないかって可能性もある」


「……呪い? 覚醒……?」


「オレも詳しいことは知らないって。詰め寄るな。

 本や物語に登場してくる超常現象を引き起こす者、と考えればいいと思うぞ」


「本は読まないんだよ」

「だとしても、物語くらい、聞いたことあるだろ」


「あるだろうけど、覚えてない。いつも退屈だったからな」


 プラムが嬉々として語ってくれたりもしたが、話の内容を理解しているわけではない。


 その場で、一緒にいて、話を(内容ではなく)聞くことが本題だからだ。


「……意図的に雨を降らせ、雷を落とし、山火事を起こす――それが覚醒者だ」


 そういう認識でいい、と彼は説明を諦めたようだった。


「ふーん。信じられない話だな……、そいつらが、その……覚醒者だって? で、呪いってのはなんなんだ? プラムに、その呪いがかかっていて、外に出られないってことか?」


「可能性の話だけどな。関係なくただの体質ってこともあるが、医学で説明がつかなければ大体が覚醒者による『スキル』ってやつだろう」


 デバフ、とも言うらしい。


「専門用語はオレも勉強不足だ。そもそもこんな辺境の村に、覚醒者がくるとも思えないし……ここ十年で、王国から客人や遠い土地からの旅人がいたりしたか?」


「村の特産品を買い取りに、商人はくるけど……、客人は……分からないな。

 小さかった頃の記憶なんて曖昧だよ」


「プラムが調子を崩し始めたのは?」


「外に出れなくなったのは……気付いたら、そうだった。思えば、プラムと外で遊んだことはなかったな……、だからたぶん、一歳、二歳からなんだと思う」


 発端を調べ始めると、普通に体調を崩していた場合と、たとえば不調の原因が呪いだった場合、境界線が分からない。

 次第に悪化していった呪いなのだとしたら、一番最初の不調はかなり軽いものだろう。今のように、ベッドで寝たきりな状態ではなかったはずだ。


 そこを特定するのは難しい。


「赤ん坊のプラムに接触した人物を――お前が分かるはずもないか」

「おれもその時は赤ん坊だし」


 それについては、プラムの母親に聞くしかないだろう。


「……もしも、呪いだった場合は、どうするんだ?」


 テナガザルは肩をすくめて、


「どっちにしろ、この村じゃどうしようもない。東の王国へいくか、魔道士や賢者を連れてきて、呪いを解いてもらうしかない。

 ま、無償じゃないだろうな。当然、金がかかる。

 一般的に、この村の大人の全財産でも足りない額だ」


「……なんだよそれ……っ! 助けて、くれないのかよ……ッ!」


「無償で助けていたら、次第に注文が増えていくし、助けてもらうことが当たり前になっちまう。金、と言ったが、頼む相手によっては要求されるものが違うし……、そこはなんとも言えないな――」


「東の王国にいく」


「無理だ、やめとけ」


 咄嗟に相手の胸倉を掴もうとしたカムクだったが、眼前の枝が足を止めた。


「あんな戦い方で、王国までいけるわけがねえだろ」

「…………っ」


「前向きに考えろ。原因が……確定ってわけじゃないが、幅が広がったんだ。魔道士や賢者のスキルで綺麗に消える呪いだった方が、まだマシかもな。

 医学だとどうしても長期的な戦い方になるだろうし、プラム次第で治り方に差が出る。どっちにしろ、王国にいかないと先へは進めない」


「…………」


「ならいかせろって言うんだろ? オレは止めるが、まあ、いきたければ勝手にいけばいい。ただ、お前が途中で力尽きた場合、プラムを救う目処はなくなると思っとけ。

 親友としてのアドバイスとしては、こんなもんだ。今のお前じゃ、この先の山道どころか、この森さえ抜けられないだろうよ」


「……あと、どれくらい強くなれば、先へ進める……?」


「三年、早くて二年。今の鍛錬を続けて、オレたちが戦い方を教えれば――もしかしたらな……確実とは言えない。カムク、お前次第だ」


 ふぅ、と大きな息を吐いたカムクが、覚悟を決める。


「一年、いや、二年後に、東の王国にいく」


 親友の目を真っ直ぐに見て。


「――頼む、おれを、強くしてくれ」


「いいぜ。ただし、オレはともかく、他の奴らは厳しいからな?」


 枝が軋む音が周囲から聞こえ、囲まれる気配と突き刺さる敵意が感じ取れた。


 敵意と言っても鍛錬に必要なもの……と、信じたいが、果たして。


「ま、まあ、お手柔らかに頼む……ぞ、みんな……?」


 テナガザルの群れが、一斉にカムクに襲いかかった。

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