――おまけ読み切り#2

プラムちゃん・リローデッド その1

 窓の外は、まるで異世界に見える……、そう言ったのは、ベッドの上にいる少女だ。


 後ろの景色が見えるような、と錯覚してしまうくらい透き通っている銀色の髪と、真っ白な肌を持つ。その儚い印象が、自身が伸ばした手が彼女の体を通過してしまう不安を呼び寄せる。


 そこにきちんといることを確かめるためにも、何度も声をかけないといけない、と呼ぶ方も焦燥感に駆られてしまう。


「なに言ってんだよ、部屋の中も外も、同じ世界だっつの」


「クーくんにとっては、そうかもしれないけど……、

 わたしにとってはそう感じるくらい遠い場所なんだよ」


 異世界でなければ、いま読んでいる本の中——空想の物語の世界にも感じられる……。

 とにかく少女からすれば、窓を開けて手を伸ばせば届く同じ線上の先も、絵空事だと感じているのだ。


 無理もない。


 物心ついた時には既に、彼女は部屋の外に出られない体になっていたのだから。


「……いいな」


 窓の外を見れば、子供たちが猟犬と共に追いかけっこをして遊んでいた。


 緑が多い景色。

 遠くには、小さく白い外壁が見える……——東の王国。


 この村の近くには、村の何倍も大きな、広大な森がある。


「…………」


 手を引いて外に連れ出すことは簡単だ。しかし問題は、行動をしないことではなく、外に出たことで悪化してしまう、彼女の体の調子にある。


 何度も挑戦しているが、毎回、彼女の体が拒絶反応を起こしてしまい、体調を戻すまでに長い時間を必要とする。

 今のところ、命を脅かす症状は出ていないが、無理をしたら分からない。出た症状をがまんして長く外に居続けたらどうなるのか、まだ試したことはないが……。

 そうは言っても、試す気が起きなかった。本人はどうか分からないが……、しかしその場で倒れるほどの高熱を出した上で、連れ戻さない親がいるはずもなかった。


「ずっと、この部屋にいるのかな……」


 このまま大人になっても、おばあちゃんになっても――ひたすら窓の外の変わり映えのしない景色を見続ける人生になるのかもしれない……。

 そんな未来を想像をしたら、一気に不安が押し寄せてきたのか、彼女が体を震わせた。


 膝の上に乗せていた枕を抱きしめて、

「……このまま生きてる意味、あるのかな」


「あるに決まってるだろ」


 顔を俯かせて、そのまま枕に沈み込んでしまいそうだった彼女が、顔を上げた。


「……わたしが、生きていて、いったい誰の役に立つの? お母さんに心配ばっかりかけて、クーくんだって、こうして毎日毎日、顔を見せにきてくれて……。

 それは嬉しいけど、家が隣同士だから、赤ちゃんの頃から一緒だから、顔を見せないわけにはいかないって思わせちゃってるなら……それって、わたしの、せい、じゃん……っ!」


 村のみんなも気にかけてくれている。


 気にかけないといけない、雰囲気を作り出してしまっている自覚があったのだ。


 彼女が負担に思っているのは、そこだ。


 少女の存在が一つのルールになってしまっている。

 たとえば、村の全員が集まる、月に一回の会合に出ないわけにはいかないし、定刻を過ぎても村長からの挨拶が終わらなければ、抜け出すわけにもいかない。

 破ったところで咎められることはないだろうけど、村の小さな輪の中で身勝手な行動は居心地の悪さを生んでしまう。


 はっきりとダメだと言われるわけではないが、空気が、視線が、破った者を責め立てている――、誰もがそれを理解し、周囲に倣って、全員が互いに人の顔を窺いながら、一つ一つの行動を意識している。


 本来なら、しなくてもいい意識なのに、だ。


「『大丈夫?』って、毎回聞かれるのも、つらいよ……」


 外に出られない以上、大丈夫ではないのだが、大丈夫だよ、と言うしかない。


 彼女もまた、同様に空気を読んで答えてはいるが、大半が願望だろう。


 大丈夫「――だったらいいな」と。口に出していれば心と体が言葉に引っ張られて、改善に向けて進むのではないかと試してはいるものの、結果は芳しくない。


 悪化することもなく、ただ一定に、長く続いている。

 そんな毎日の繰り返し。


「わたしがいない方が、みんな、せーせーする――」

「なあ、プラム」


 彼女の手を取って、


「おれが急にいなくなったら、どう思う?」

「…………悲しい、よ」


「ん、同じだ。赤ん坊の頃からずっと一緒だった幼馴染がいきなりいなくなったら、おれも悲しい。だから、自分が生きている意味がないとか、言うな」


「クー、くん……」


「もう少し待っててくれ。

 おれがお前を、絶対に外の世界に連れ出してやるから」



 そう格好つけたものの、プラムの病気について、改善の手がかりは見つけられていない。


 森で採れる薬草をかけ合わせていけば……、特効薬ができるのではないか、と子供の知識で考え、毎日、森の中を探しては摘んでいるが、結果は言うまでもない。


 そもそも、医学に精通している者が村にいないのだから、最初から無謀な話ではある。傷口に唾をつけておけばいい、一晩眠れば治る、そういう根性論でどうにかしようとする者ばかりだ。

 実際、それで治っているのだから、間違いではないのだろうけど……、幼馴染の奇病(?)には、効果がなさそうだ。


 よく言えば頑丈、悪く言えば単純、鈍い。


 それと比べたらプラムは繊細だ。薄いガラスの器のような……――。


 と、そこまで考えてから、それがプラムに抱く自分のイメージなのだと自覚した。


 毎日、部屋の扉を開けると微笑みと共に言ってくれる、「おはようクーくん」の挨拶。その表情を見るのが、毎日の楽しみになっている彼にとっては、何度目かは分からないが、未だに想像するだけで心臓が元気になる。


 指摘されずとも、分かる……今、自分の顔は赤いのだろう。


「……今更、だよな」


 そう、『クーくん』こと、カムク・ジャックルは、幼馴染のプラム・ミラーベルのことを、村の誰もが知っているが――つまり、好意を抱いている。


 砕けた言い方をすれば……好き、なのだ。


 知らないのは、当事者である、プラムだけである。


 同じにしか見えないけど、実際は種類が違う薬草を摘みながら、合間に日課である木刀の素振りをおこなう。

 もし、プラムを外に連れ出せたのなら、今度はカムク自身が、外の世界の脅威から彼女を守らなければならない。そのためには、誰もを叩き潰す圧倒的な強さが必要だ。



「付き合ってやろうか、カムク」


 木剣が大木を打つ音を聞いて、木の枝を渡り歩いてきた影があった。


 カムクよりも背丈は小さく、村で駆け回っている子供とそう変わらない大きさだが、手が異様に長い。……人間ではない。この森に暮らす、テナガザルだ。


「いつも悪いな」

「そんなこと言うなって、親友だろ」

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