第18話 悪意×悪意

「んー、まあそうですよね、気づくわけないですか。あれだけまる分かりの熱視線を受けておいて、一切、感情が揺れないせんぱいですし……。

 しかもあたしの告白後は、せんぱいの頭の中って、あたしの顔が頻繁にちらついたんじゃないですか?」


「そりゃあな、告白されたら気になるだろ……」

「だ、そうだよ、奈多切さーん?」


 すると、背後からゾッとするほどの鋭い視線があり……、


 振り向けば奈多切の全身から黒い煙のようなオーラが見えて――。


 錯覚じゃない。

 これは妖精が見えている俺だからこそ、視覚化できているのかもしれない。


 奈多切、お前のそれは――悪意だぞッ!!


「華原……ッ」

「さんを付けろよ。クラスメイトだけど別に仲良しじゃねえだろ」


「あなたさえ、いなければ……ッッ」


「いなければ? 鏑木せんぱいと付き合えていたって? そんなわけないでしょ。

 結局お前は一生言えないまま、近くにいるだけの女で終わるだけよ」


 華原の言葉が脳内で滑り、一回では理解できなかったが、よくよく考えてみれば気になる言葉があった……。だけど、そこに注目し、聞き返す暇などなく、華原が持ち上げた地球儀型のカゴへ、黒煙が吸い込まれていく。


 カゴの中にいたのは、妖精だ――。


「鏑木さんっ!」


「メリィ!?」


「特に仲良しな妖精ですよね? だからこの子にしました……、さあせんぱいっ、あたしはせんぱいの、もう一つ踏み込んだ感情を見たいんですよねえっ!!」


 格子を握り締めるメリィの全身が黒煙に包まれていき……カゴの窓が開いた。


 妖精が外に出た瞬間――、煙玉を爆発させたように視界が真っ黒に染まる――そして。



 思い出す、初めて化物を見た時のことを。


 あの時もメリィだった。


 芋虫に薄羽が生えた、化物と向き合っていた!


「華原っ!!」

「――あはっ、せんぱいの怒声、初めて聞きましたぁ」


 華原は悪化したメリィの向こう側だ……。


 廊下の幅を埋める芋虫を越えなければ、彼女の元へは辿り着けない。


 ―― ――


 クラスメイトへの復讐の手段として、妖精を捕まえ悪化させることを選んだ……、そのためにメイクを覚え、髪型を変え、偏見を矛に変えて、もう一人の自分を創り上げた。

 他者から悪意を集めるような言動をし、人の輪を乱したのだ……。

 華原湊には、もう失うものなんてなかったから。


 目を引く人気者——奈多切恋白がとある先輩へ向ける視線に乗る感情を知った。想い人を横から掻っ攫われる嫌悪感は、一人から得られる数倍の悪意を向けられると知っていたのだ。


 彼女の悪意を引き出すために鏑木竜正と接点を作り、告白をした……。

 彼が指摘した通り、あくまでも手段であり、華原に好意など欠片もなかった。


 奈多切を狙わなければ、きっと関わることもなかっただろう先輩だ……、群衆の中の一人程度にしか思っていなかった。


 彼も彼で、有名人らしいことが調べていて分かったことだが、しかし奈多切ほどではないだろう。周囲が口にする聖人だとか善人だとか、そんな評価を華原は信じていなかった。

 他人が言う『良い人』なんて、あてにできるわけがない。


 生きているだけで人は他者に嫌悪感を抱いているものだ……。

 好き嫌いが存在する以上、視界に入った気に入らないものを受け入れる耐性はない。


 意識している時点で種は撒かれているのだから、あとはそれをどう発芽させるかである。


 興味がないから好意も悪意もない無関心の状態は、分かる……——であれば意識させてしまえばどちらかに偏るのだ。


 華原が告白したように、意識させるだけで、ゼロだったものが一にも二になる……。

 ゼロでなければ、それらを膨らませることは不可能ではない。


 だから。


 善人なんて、聖人なんていないことを証明する意味でも――華原はやっぱりね、と言いたいがために、悪化させる妖精にメリィを選んだ。


 彼女と仲が良いレイディでも良かったが、華原の中でもやっぱり苦手意識は残っていたのだろう……、レイディのことは無意識に避けていた。


 華原はおとなしいタイプの少女だ。かと言ってじゃあ、同じ穴のムジナであるメリィと気が合うわけではない。

 気が合うからこそ互いに接点を持たないことを選ぶだろう……元々、人とつるむことがそう得意ではないのだから。


 嫌われやすいことは重々承知している。

 自分の煮え切らない態度が拍車をかけているだけで――。

 嫌われやすい体質があるからこそ、拍車がかかるのだ。


 ゼロになにをかけてもゼロになるように、嫌われやすい体質が備わっていた時点で、華原はどうせ同じような生活を強いられていたはずだ……。

 たぶん性格が明るかったとしても、今している演技のように人の輪に入って迂闊な言動を繰り返して、敵を増やしていたはずだ。

 どうせ自分はこうなる運命だった。

 誰からも好かれることがない――そうに決まっている。


 ……華原湊は、確定を得るために、だけど心の底では期待していたのかもしれない。


 鏑木竜正の聖人という評価を――彼の善意を。


 いじめてきたやつへの復讐を一旦、脇に置くほどに、彼を試すことを優先したのだ。



「あたしの悪意と奈多切の悪意……そして友達を意図的に悪化させられたせんぱいの悪意が積み重なれば、これまで以上の強い化物が誕生するんじゃないですかね……っっ」



 はこう言っていた……化物のさらに先――、


 環境に適応して進化をしていく生物が地球を作ってきたように、同じくこの世界にいる妖精もまた、追い詰めていけば進化を見せるのではないか、と――。


 別に、華原は興味などなかったが、単純に戦力を強化するという意味では同じことだ。


 化物へ成った後の次のステージは……、

 世界の誤作動ではなく、世界そのものを変化させるのではないか――?


 誰も華原を止められない。


 華原そのものも飲み込まれるような、災害になるかもしれないが……それでも。


 ――華原のスタンスを再確認しよう。

 どう転んだところで不幸になるならいっそのこと、もう道連れだ。


 自分が幸せになるのではなく、全員を不幸にする……。

 華原は最初から、自分が救われる人間だとは思っていなかったのだから。


 世界が滅亡するなら受け入れる。


 最後の一人になって世界に飲み込まれよう……ただし、



 華原がいない世界で誰かが幸せになることを、彼女は絶対に認めない――!

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