第17話 真実は唐突に

 結局、長話をしている間に授業が終わってしまった……まあ仕方ないか。


 幸いにも、俺が教室から出たことを見逃した教師だし……。後で理由を言って補習をするなり課題を出してもらうなりしてもらおう。


 不良生徒を更生させた結果がこんなところで活きてくるとはな……、別にその特典が欲しかったわけじゃないけど。


「わわっ、とっ」


 視線の先、先行していた和服のエミールが転んだ。

 裾でも踏んづけて躓いたのか? と思えば、彼女に抱き着く小さな少女がいた。レーモンと言い合いをしていたエミールは、横から突撃してくる少女に気付けなかったらしい。


「エミールっ、――」

「待っ、ダメだ今は! 早くアタシから離れ」


「え」


 エミールの忠告は最後まで言えず……、言われた少女が顔を上げ、レーモンを確認してから、俺を見つける。


 ひ、と悲鳴の一言目で口が引きつっていた。

 俺を見て、どうしてそこまで怯えて……、……怯えているのか? 焦りも見えるし、もうダメだと絶望しているようにも見える……。なにがどうしてそこまで追い詰められるんだ?


 あと、向こうは俺を知っているようだけど、俺はこの子のことを知らないぞ?


 肩まで伸ばした銀髪は、奈多切を思い出すが……思えばそっくりである。

 妹? いや、この学校の制服を着ているし、じゃあここの生徒だとは思うが……。

 いや、制服だけなら借りることができるのか。

 他校の、どころか中学生の奈多切の妹が制服を借りて校内へ入ってきている? 姉を探して?


「というか、エミールのことが見えているのか?」


「――鏑木先輩!?」

「ああ、俺は鏑木だが……」


 俺のことを知っているのは、奈多切でなくともここの生徒に聞けば知る機会はある。

 そこを追及しても意味はないだろう。


 奈多切にそっくりな容姿、中学生に見える小柄な体、そしてエミールが見えている……。

 やっぱり、奈多切の妹としか思えないな。


「こ、これはそのっ、この見た目は別に先輩を騙していたわけではなくて――ッ」

「騙す?」


「は、はいっ、ですから今まで先輩と接していた私は、」

「恋白っ、いいからそれ以上は」



「――!!」



 と……言った。


 え……、つまり、この子は奈多切の妹ではなく、奈多切、本人であると……?

 中学生に見える、華原よりも小柄なこの子が、あの高身長で美人の、冷徹で、氷姫とも呼ばれていた奈多切だと……? 目の前のこの子が、本当の姿……。


「…………本当なのか?」


「言わなければばれなかったのに、恋白も焦り過ぎだっての……。

 ああそうだよ、違うと言ってもアンタは掘り下げてくるだろ。アタシの魔法で、一時的に恋白の成長速度を操作したんだ。アタシの魔法は『増幅』だからな」


 増幅……、増殖とも言うのだそうだ。


 だからか……奈多切が戦闘中、投擲した白い槍が、刺さった敵の内部から弾けたように切っ先がいくつも飛び出してきたのは、内部で槍が『増殖』していたからか……。

 言われてしまえば納得できる。常に魔法を維持できたのも、奈多切が溢れる好意をエミールに与え続けていたから……、エネルギーさえあれば、魔法は使えるのだ。


「そうか」

「……ごめんなさい、先輩……」


「なんで謝る。騙していたことか? 別に気にしてないから、謝るのはこれきりにしろよ。成長した姿に憧れるのも分かるし、魔法があれば使っちまう気持ちも分かる。

 無尽蔵に溢れるお前の感情を消化するために、エミールの魔法として外に出してしまうことしかできないってのもなんとなく察することもできるしな……。問題は今のお前の姿を他のやつらに見られた場合、説明するのが面倒だってことくらいか」


 奈多切の好意を魔法に変換し消化するなら、別に奈多切を成長させること、一択ではないのだろうが、そこで自分を差し出すのが奈多切なのだろう。


 ちょっと背伸びをしたいって気持ちが一切ないとは言わないが……、安易に別のなにかを増幅させないところは、良い判断だと言える。


「小柄なお前もお前だろ。俺はどっちの奈多切も良いと思うぜ」

「先輩……」


 表情が柔らかくなった奈多切が、しかしすぐに鋭い目線に変わる……。


「それ、興味がないと言われているようで、気に入りませんけど……?」


 小柄な奈多切から向けられる冷徹な視線は新鮮だった。


 確かに、どっちも良いは、どっちでも良いとも受け取れることもできる……が、もちろんテキトーな気持ちで言ったわけじゃない。


 別に、大人びた見た目と雰囲気しか魅力がないお前じゃないだろう?


「小柄な自分がコンプレックスなのか?」

「そんなの、子供っぽいって言われて嬉しい年頃の女子はいませんよ……」


 偏見だと思うけどな。

 ……少なくとも、奈多切にとっては、今の姿はコンプレックスに感じているらしい。

 だけどその姿が本来の奈多切なのであれば、周囲が認知しているあの奈多切の姿でい続けることは、問題を生み出し、膨らませているようにも思えるが……。


 急激な成長ならまだしも、急に縮んだら、見た一般人は驚く以上に、体の異変を疑うはずだ。

 大妖精の魔法で――と言っても信用されないのは分かり切っているし……。

 奈多切の頭と体をいじられることにもなりそうだった。


「とにかく元に戻した方がいいな……、エミール、魔法は使えるのか?」


「アンタの善意を補給したからできないこともないけど……、今までみたいに溢れ出る恋白の好意を常に受け取り続けているわけじゃないから、魔法の切れ目はあると思う」


「奈多切……まだ不調か?」

「え……」


「ほら、朝、気分が悪そうだったから……声もかけなかったんだよ。俺の前じゃ気を遣わせそうだなと思って。

 普段、溢れ出てる好意がぴたっと止まるなんて相当なことがあったんだろ。教えろとは言わないが、あまり抱え込むな。相談ならいつでも乗ってやる」


「…………」


 なにか言いたそうな奈多切だったが、寸前で口を閉じて溜息を吐いた。


「本当に困ったら、相談しますので……お願いします」


「おう。あ、そうだ、元の姿に戻ってからでいいんだが、俺の相談に乗ってくれるか?

 お前のクラスにさ、華原湊っているだろ? そいつのこ」


「はぁ!?」


「うぉ!? 急に大声を出すなっ、お前のその小さな体が注目を浴びるだろ!」

「なんで華原さんのことを私に聞くんですかっ、ほんとふざけてますよね先輩はッッ!!」


「なんでぶち切れ!? いや大真面目だって――だって華原は、」



「あたしがどうかしましたか、せんぱい?」



 カシャ、というシャッターを切る音が聞こえ、どっちを先に突っ込めばいいのか迷ったが……ひとまず、俺の背後から顔を出したのは華原湊であり……、彼女が持つスマホは奈多切に向けられていて……写真が撮られたのだ。


 そう、小柄な奈多切の姿のまま――。


「華原、さ……ッ」


「へえ、本当の奈多切恋白はこんな小さな子なんだー。大きい姿は色気があって、クールで、頼りがいがあって――小さいと、守ってあげたくなる可愛さが出てくるなんてさあー、ほんと、生まれた時から恵まれてるよね……。——ふざけんなって思うくらいにさ」


 スマホを操作する華原の画面を見下ろすと、恐らくはSNSへ投稿しようとしているのだろう……、送信される前に、彼女の手を掴む。


「やめてくれ、華原……っ、奈多切にとっては嫌なことなんだ」


 周りが大したことない、もっと広めた方がいいよと思っていても、他人には分からない当人の痛みがあるのだ。


 良かれと思ってやったことが相手を傷つけていることなんて、世界には溢れるほどある。


「せんぱいが言うならやめておきます。嫌われたくないですし」


「……俺への告白は、手段なのか……? それとも本当の好意なのか……?」

「それ、どういう意味です?」


 言いながらも、華原は視線を回し、舌打ちをして、なにかを察したようだった。


 彼女の視線の先には、レーモンがいる……そうか、この二人は既知なのか。

 妖精を悪化させている華原を、レーモンがやめるように説得していて……。


「ばらされちゃったかー。あー、はいはい、こうなっちゃうともう、あたしの言葉なんかどれもこれもが手段だって思っちゃいますよねー。

 せんぱいと付き合う、という目的じゃなく、いじめの仕返しのために――って」


「じゃあ、お前は……」


「全部が嘘、ってわけでもないんですけど……」


 続けて、いえ、と否定した。


「手段でしたね。奈多切恋白から強い悪意を集められると思ったので」


「奈多切から……?」

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