第16話 妖精会議
「はい、レーモンはわたしですが……。
メリィとレイディから聞いていますよ、鏑木竜正様……。妖精たちの救済をしてくれているようで、感謝してもし切れない恩があなたにはあります」
「恩を売ってるつもりはないが……」
「貰えるものは貰っておいた方がいいぞ。レーモンはこういうところ、きっちりとしたタイプだからな。なあなあで済ませない義理堅いやつだ」
「あなたが大雑把なだけでしょう……、恩を忘れて仇で返すのがあなたです」
「結果的にな。忘れたフリをして踏み倒すよりはマシじゃないか」
「マシなだけで、間違っていることは認めてください……」
レーモンがやれやれ、と首を左右に振った。
「エミールは後で、です。今は鏑木様、あなたへ恩を返しましょう……。
わたしの力を借りたいとメリィたちから聞きましたが……手を貸しましょうか?」
と、言ってくれた。
奈多切にエミールがついているように、奈多切と同じ役目を果たすためには、大妖精の力を借りるのが効率的かと思って欲しかった人手だが……、
思えば力を貸してくれと言っても、ずっと貸してくれるわけじゃないよな……?
なまじ共闘してくれる楽さを覚えると、後々にきつくなってくるんじゃないか?
「経験値がゼロのまま戦い続けるおつもりですか?」
「あ、そうか」
彼女の手を借り、経験値を得れば、後々は彼女の手助けがなくとも悪化した妖精を救済できる……、はずだ。とにかく今は、右も左も分からないまま行動するよりは、頼れる相棒がいた方が動きやすい。短期間でもいいから、彼女の力は借りるべきだろう……。
どうやら俺に恩があるみたいだし、これを手離すのは惜しい。
「力、借りてもいいか?」
「構いませんよ。ただ……わたしにも役目がありまして……、それを終えてから」
「あ、手伝うぞ」
「……恩に恩を重ねるつもりはありませんよ」
「気にすんな、あんたの役目をさっさと終わらせて、こっちを手伝ってほしいだけだからさ……遠慮すんな。ここでの問答こそ無意味な時間だろ?」
「……そうですね」
言い返そうとして、言葉を飲み込んでくれたレーモン……、彼女が言った。
大妖精として抱える、目下、解決を優先されている問題だ。
「――華原湊。妖精の悪化を強制している、彼女の説得です」
説得か……、華原湊の……って、――え?
「……どういうことだ?」
「その顔、華原湊とは、知り合いなのですか?」
「まあ……、知り合いか……後輩ってだけの関係だが」
告白された、とまでは言わなくてもいいか。
されたとしても、先輩後輩の関係である。
「そうですか。でしたらわたしよりは説得しやすいかもしれませんね」
「説得するのはいいが、しかしそれは本当か? あいつが、妖精たちを無理やり悪化させて化物に変えているとでも言うのか? なんのために……、する意味がねえだろ」
「あるんだよ、華原湊には」
と、エミール。
彼女に驚いた様子はない……ということはこいつ、知っていたな?
分かっていながら放置していたってわけか……。それとも既に思いつく限りの手を尽くしてしまって停滞していた、のかもしれない。
そうなると、朝見た時に不調だった奈多切のことも気になる……。
華原が、なにかしたせいであんな様子だった……?
表面上の怪我はなかった、が……、傷は表面よりも内面の方がダメージは深刻になる。冷徹さの欠片もなかった奈多切……それはそれでいいような気もするけど……ただ、冷徹でないだけで、態度が軟化したわけじゃない。
放心状態に近く、どんなことも手がつかない、と言った様子だった。
「華原湊が急にあんなイメチェンをしたことが関係しているってことだ……。
そう言えばアンタは、以前の華原湊を見たことがあるのか?」
「いや、ないな……、見たことがあっても記憶には残っていないと思う」
「だろうな。以前の華原湊は、目立たない容姿の、教室の隅っこでおとなしくしている生徒だった……本を広げて一言も発さないような――友達も一人もいない孤独だった」
あの華原が?
「孤独よりは孤立か。恋白は自ら一人になっているが、華原湊は自然と一人になっていったタイプだ。彼女の性格も原因の一つだろうが……、まあアンタには分からないことだろうな。人付き合いが苦手な人間はさ、上手く会話が繋げられないものなんだよ」
「あの華原が?」
「アンタが見た華原湊は、溜めていた色々なものを吹っ切った後だったからな。目標があると高い壁も乗り越えてやろうって気になるだろう? だから華原湊は大胆なイメチェンをして注目を浴び、過激な発言と人の輪を乱すことで悪意を集め出した――」
「……それが分からない。悪意を集めたからって――妖精を悪化させたからって――じゃあ化物を生み出したからってなにがしたいんだよ」
「そんなの、自分をいじめてきたやつに仕返しをするために決まってるじゃんか」
いじめ……、られていた?
クラスどころか学年も違う俺には、知る由もないことだった。
あの明るく人懐っこい華原が……? いや、あの接し方はこれまでの色々を吹っ切った後の、目的のための手段に過ぎなかったのか……じゃあ告白も?
あの好意も、目的のための手段でしかなかったって……?
「…………」
決めつけはよくないな。復讐に走る華原の言動の全てがそれに繋がるように使っているわけでもないだろうし……、本音だって混ざっている可能性がある。
人から聞いた話を信じて、酷いやつだと非難するには判断が早過ぎる。
「そうか」
「わたしも説得を試みたのですが、華原湊は聞く耳を持ちませんでした。彼女自身が持つ悪意、そして他人から寄せられた悪意を合わせ、捕らえた妖精を最速で悪化させています。
尾を引く暇がない早さで妖精たちがどんどんと悪化していっているのです……、なぜか森の奥にいた妖精たちまで都市部に下りてきてしまっていて……。
このままでは妖精たちが苦しむだけじゃなく、鏑木様たちにも迷惑がかかってしまう!」
「今更だと思うけど。華原湊が意図して悪化させていなくとも、日常的に悪意に悪影響を受けた妖精が世界の誤作動を引き起こしている……今に始まったことじゃない」
「世界各地で頻繁に起こっていることだから目を瞑りましょう、とは言えません。
わたしの立場上……、いえ、そうでなくとも放置はできませんよ」
「真面目な良い子ちゃんだよねえ……損な役回り」
「……あなたを疑っていますよ、エミール」
レーモンの鋭い視線がエミールを突き刺した。お前ら、喧嘩するなって。
仲良くしろ、とは言わないが、面と向かって揉めるなよ……。
そういう悪意が、お前らを含め、妖精を苦しめるんじゃないのか?
「……失礼しました」
「アタシは別になにもしていないけど……、恋白にお願いして妖精を救済しているんだから、アンタの役目を手伝っているとも言えるんじゃないかな?」
「なら、妖精たちを説得してください。人間とは棲み処を分けるべきだって。
わたしたちが棲み処とするべき場所は森の中だと――」
「それは無理でしょ。娯楽を知り、娯楽に飢えた妖精を従わせるなんて無理な話ね。痛い目を見たって、今もまだ都市部にいる妖精たちの数が証明になるでしょ……諦めなよ『境界派』」
「『同調派』のあなたたちは……このまま苦しみ続けるつもりですか……っ」
「悪意に慣れてしまう方が、将来が明るい気がするけどね」
ひらりとあしらうエミールと、肩に力が入ったレーモン。
境界派、同調派……——。
大妖精にも色々と事情があるのだろう。口を出したいが、今は華原の問題が最優先だ。
「落ち着け、レーモン」
彼女の硬くなった肩を揉んで落ち着かせる。
「ひっ」
「……ごめん。でも、悲鳴を上げることないだろ……」
「い、いえ、びっくりしてしまっただけで、決して嫌では……」
「その子、男に不慣れだから。ぐいっと押せばなんでも言うこと聞いてくれるかもよ」
「そこは気を遣えって言うべきところじゃないのかよ……」
「丁寧に慣れを与えるよりも、一気にいくところまでいった方が早くない?
気を遣って順序通りにやっていたら、時間がかかって仕方ないと思うぞ」
まあ、レーモンの取り乱し方を考えれば、そんな気はする……。
かと言って無理やりこの子に男を教えるのも、背徳感があるんだよなあ……。
聖職者の見た目をしているから尚更。
「話を進めないでくださいっ! わたしのことはいいですから!」
エミールへの良くない感情から羞恥へ切り替わった。それを見越してエミールがからかった……、わけでもないか。そんな気があったとしても、遊んでいる方が多いだろう。
「――華原湊のっ、説得のことです!」
説得、か……、仕返しなんてやめろ、と言ったところで止まるのか?
生半可な言葉では止まらないからこそ、妖精の悪化という手段を使っているのではないのか?
そもそも華原はどうして妖精の存在を知った……?
見えるきっかけがあるはずだろう?
俺が……、……ん? 俺が、妖精が見えるようになったきっかけって、そう言えばなんだっけ……? 気が付いたらメリィの姿が見えていたはずで――。
「最初から見えるやつもいるし、突然、ある日から見えるやつもいるよ。
そこを考えても徒労になる気がするな」
「……それもそうか」
「…………」
レーモンの視線が再びエミールへ……ではなく、俺に向いていた。
「ん、なんだよ?」
「いえ……――華原湊の説得、鏑木様でも難しいですか?」
「簡単じゃねえとは思うが、でもまあ、一度くらいは挑戦してみるか」
願わくば、告白を受け入れてくれたらやめます、と言われないことだな。
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