第15話 二人の大妖精
授業中のことだった。
窓の外から教室内に入ってきたのは、和服の少女である……。
あいつは奈多切の傍にいた大妖精……名前は、エミールだったような……?
「あ、いたいた」
構わず俺の席へ近づいてくるが、周囲の生徒は当然、彼女に目を向けない。
……見えていないのだ。
視界を遮られようと、板書をノートに書き写している生徒は問題なく黒板の文字を目で追えている。俺だけだ、こいつに視界を覆われて板書を写せないのは……。
「なんだよ」
「ん、なんか言ったか、鏑木」
と、前の席の生徒が俺の声に反応した……、違う違う、お前に話しかけたわけじゃない。
「気にするな……それで、エミールだったか?」
「……アンタ、教室内で他の生徒には見えていないアタシに話しかけてくるとか正気か?
周りからすれば、アンタは独り言をぶつぶつ呟いている怖いやつだって思われるぞ?」
「そう思われて困ることでも? 気にしねえよ。
それよりも、せっかく会いにきてくれたお前を無視する方が心苦しい」
「……恋白とはノートで筆談していたけど……、あ、アタシは口頭だけどな」
なるほど、その手もあったか……。まあ、手間がかかるのでどうせやらなかっただろうが。相手が人間だろうと、妖精だろうが大妖精だろうが態度は変えない。考える力があって言葉を喋り、意思疎通ができれば、コミュニケーションの仕方を変える意味だってないしな。
「で、なんでお前が俺のところに? なんか用か? 緊急事態とか?」
「ここじゃあれだし、廊下に出られたり……って、なんでアタシが気を遣ってんだか」
「オーケー、すぐに出るから先に待ってろ」
「いや、傍にいる……そのために寄り添ってるわけだしな」
エミールはくっついてこそいないが、俺の隣に立っている……。確かに距離は近いが、まあ華原のような密着がないだけまだ良心的か……、あー、まただ。
さっきからずっと、比べる相手に華原を出してしまう。
頭の中を浸食された気分だ……——実際、されているのだ。
好きと言われ、俺の頭の中はあいつ一色になってしまった。――印象に残るぜ、まったく。
あいつの策略通りだとすれば、してやられたわけか……俺が単純なだけだったりしてな。
告白だけだから、まだたまに考えている程度だ……。
これがキスでもされていたら、常に頭の中に華原が居座ることになる……。
そうなれば告白の返事は、迷いなくあいつを受け入れていたはずだ……。
相手の全てを知ってから、否定する権利を得られる……。
だけど肯定するだけなら、現時点で分かっている知識だけでも可能なのだ。
肯定されて嫌がる人は少ないだろう。なにも知らずに否定することはできないが、なにも知らずとも肯定はできる。それはもう、第一印象の話になってしまうが……。
ともかく、華原の告白を受け入れるつもりなら、その場で返答していた。だが、俺はあいつのことを知ろうとしている……、絶対に断る、とも言えないが、少なくとも、受け入れるにせよ断るにせよ、もう少し、踏み込む必要がある……。
あいつに関してはほとんどなにも知らないに等しいからな……。
イメチェンの理由――、イメチェンというかあれはもうコスプレの域に近いが、動機が知りたかった。目立ちたかった、でもいいのだが、なんで目立ちたかったのか、と、もう一つ踏み込んでみるべきだ。華原湊の表面だけでは分からないことが出てきそうだし……。
で、だ。華原を探るにあたり、エミールに訊ねてみようとは思っていたのだ。エミールだけじゃない、奈多切にも話を聞くつもりではいた……。
彼女が不調でなければ、朝にでも聞いていたが……、それは叶わなかった。
無理をさせるわけにはいかない。万全な時に聞いてみよう、と思っていたら、まさかあっちから、エミールがきてくれるとは思っていなかった。
ただ……嫌な予感もしてはいる……。奈多切からエミールが離れたということは、奈多切に、異常が出ているのかもしれないってわけで――。
「緊急事態ならアタシももっと慌てているよ。こうしてのんびりとアンタの元へやってきたのはただの保身のため。……今の恋白は、手助けしない方がいいかもね」
「そうなのか? やっぱり奈多切は体調でも悪いのか……?」
「そんなものかな。そういうことにしておいてくれ。あの子の溢れ出る『好意』が一時的になくなってさ、アタシも悪化したくないし、アンタの善意の影響をもらいにきた。
いいよな? 周囲の妖精たちがちょくちょくアンタの肩に止まって休憩と一緒に善意を食べていってるし……アタシだけダメとか言わないよな?」
「全部を喰うつもりならやめろと言うが、配慮できるなら勝手に食えばいいよ」
「ありがと。じゃあいただきまーす」
廊下で和服の女の子に首をかぷ、と噛まれて、血ではなく俺の中にある善意を食べられている……。結ばれて団子になっている赤髪……装飾過多な和服……、こうして密着されると色気がかなりあるな……。うなじの艶、花の香水――、金色のかんざしが手の届く範囲に見えている。
これを引き抜いたら……まるで着物の帯を緩めるような背徳感があるな、なんて考えていたら、エミールが口を一度離して、また再び口をつけた。
「おい。位置をちょっとずらしたからって味が変わるわけじゃないぞ」
「ごめん、美味しくてさ、ついまた口がついちゃった……。
病みつきになる味なんだよ、アンタの善意って」
「俺たちで言う、辛いお菓子みたいなもんか……?」
スナック菓子感覚で人の善意を食わないでほしいが……悪化されるよりはマシか。
大妖精が尾を引き、悪化して化物になったと考えたら――想像もしたくない。
普通の妖精で苦戦していた俺だ、単独でどうにかできるとは思えない。
「う、お……ちょっ、寄りかかってくるなって」
「ちょー美味しい」
「お前っ、目がやばいんじゃないか!?
俺の善意って変なもん入ってないよな!?」
依存性があったりするのか!? 今更だが、食べさせてもいいのか!?
押し倒されそうになったのでなんとか踏ん張ると、背中が壁につく。
エミールを引き剥がそうとすれば、彼女の手が俺の耳の横に叩きつけられ、
「動くな、食べづらい」
壁ドンされた……、それは俺の役目だろうが……っ。
いや、俺の役目でもないが……、男がするべきって発想は偏見か?
「…………」
「ん、どうした?」
急に顎の力が弱まったエミール……、彼女の歯が俺の首から離れ、視線を横に向ける。
そこで初めて俺も気づいた。すぐ傍に立っていた、白服の人影――。
首元に十字架でもかけていれば、間違いなく聖職者という雰囲気の……、
――その人物が顔を覆っていたフードを持ち上げた。
中から出てきたのは女性……、女性だよな?
女子のスポーツ選手でもそうそういない短髪だった……、少し長めの坊主に近いか。
明るい水色の髪だった……、そんな彼女がエミールを見て、
「もし餌付けでもされたら、あなたはその方の言うことを聞くのですか、エミール」
「内容によるけど……、まあ大抵のことは聞いちゃうかもしれないね。それだけの美味をこいつは持ってるから。
……で、アンタはなんの用?
森の奥深くで、ひっそりと暮らして平穏を守っているんじゃなかったっけ、レーモン?」
「……生まれた使命を考えれば、野放しにはできませんから……あなたのこともです」
聖職者にも見える少女は、レーモンと言うらしい……、レーモン?
聞いたことがある、と思えば、思い出した……。
エミールと同じく大妖精の……レーモン!?
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