第22話 三人目
メリィを引き連れ、玄関から外に出る。
すると、アパートの外で柵に寄りかかって煙草を吸っていたのは……母親だった。
「え、母さん? 仕事はどうしたんだよ」
ふう、と白い息を吐き出した母さんが、煙草を投げ捨てる……ポイ捨て! と注意するよりも早く、母さんが俺の首に腕を回した。
ノリがヤンキーなんだよな、この人……。
気づけば、当然だが、昔の俺は髪がまだ黒い……。その代わり、母さんが染めた金色だった。
だらしない格好のスーツ姿だが、それが似合って、それこそが格好良いと思えるのは、母さんだけだろう。身内びいきは当然、しているけどな。
「仕事? いくわけないだろ。あんたが困っているなら手助けする……、それが母親ってもんだ。いらないって言っても勝手についていくからな。息子のことを知らない母親は親失格だ。
隠し事をするのも結構だが、無理に暴いたりもしねえけど……困っていないならの話だぜ?
世界には、助けを求めたくても相談が恥だと思っているバカがいる。そんな脆い壁で仕切るだけならこっちもぶん殴って壊してやる……だからまあ、本当に迷惑になっていたらごめんな」
……間違っていたらごめんでいい。
昔から母さんは、間違えることを恐れて挑戦しないことを恥だと言っていた人間だ。
やらないで後悔するならやって後悔しろ……——相手の心の中を踏み荒らして傷つけてしまったら、一生寄り添って、傷を癒していく覚悟を持っている……。
もしも行動を起こさず、追い詰められた人が自ら命を絶ってしまったらと考えると――、傷つける方がマシだと考えているのだろう。
俺もそう思う。
死ぬより最悪な結果があるのか?
生きていれば、関係さえ続いていれば、フォローなんていくらでもできるのだから。
意外と嫌っているやつにこそ本音をぶちまけてくれる人が多いのだ。
「鏑木さんのルーツですね……この人あって、今の鏑木さんができたってことですか……」
「俺も母さんほど容赦なく掘り下げたりはしないけど……」
でもまあ、似たようなものだ。
母親の教育に沿って生きてきたから……、気づけばそれが俺の信条になっていたのだ。間違っていれば間違っていると言える環境で育った……その上で俺は、この教えに納得している。
「人を否定するなら全てを知ってから――ですよね?」
「……ああ、その通りだ」
先にメリィに言われてしまった……それほど浸透しているのか、この言葉は。
「んじゃ、まあ竜正。この世界へくる前のことを教えろ」
「は? この世界の前って……え、それってつまり、成長した俺のことか……?」
今の俺にとってここが過去の世界なら、この世界にいる母さんからすれば元の俺の世界は未来の話になる……。
過去に戻っているわけでないのなら、教えてしまってもいいのだろうけど……。それにそもそもこの母親は、俺の記憶から引っ張り出してきただけの外側であり、中身はもしかしたら違うのかもしれない――。
だとしても再現性が高過ぎる。
マジで母さん、そのままなんだよな……。
「今、お前が抱えているもん、全てを吐き出せよ。好きな子でもできたか? 告白でもされたのか、したのか――。どうして未来のお前がこの時代にいるのか、なにもかもだ。
隠してもいいがどうせばれる、母親なんだからな。
徒労に終わるって分かっているなら最初から全部を話しちまった方が楽だぞ、竜正?」
ピンポイントに恋愛事情について、スポットライトを当ててきたのは偶然か?
それとも俺の顔に出ていた、とか……?
確かに色々と頭の中がごちゃごちゃではあるけど……、母さんに言ってどうにかなることじゃないだろうし、相談して決めた選択が、誘導されていない俺の答えだって言えるのか?
「ぐちぐちうるせえ、いいから吐け」
「母親のセリフじゃないだろ!?」
「鏑木さん? 人の心にずけずけと踏み込んでいく感じはそっくりですよ?」
それから。
全部を包み隠さず吐かされた。
不思議と嘘を吐くと一発でばれるようで……、
母さんの「本当は?」の言葉に誤魔化せず、話してしまった……ごめん、華原と……奈多切。
「その奈多切ちゃんが好意を向けてくれているかどうかは、はっきりしないんだな?」
「……明確じゃないよ。華原がぽろっと言った一言に、それっぽいことが含まれていただけで、本人に確認したわけでもねえし……。でも、辻褄は合っちまう……んだよなあ――」
華原は直接、告白してくれたのではっきりしているが、奈多切の方はあの溢れ出る好意が俺を対象にしているかどうか、まだ分からない。
俺を見てから、頻繁にエミールに首元を噛みつかれていた……、俺と喋る時は冷徹な姿である……、など、これまでのことを思い返せば、俺に好意を向けてくれているから、そんな対応になってしまった、とも言える。
違かったら恥ずかしいな……。
「間違えていたらごめんでいいんだよ」
「俺が恥ずかしいわ!」
奈多切って、俺のことが好きなのか? ――なんて、聞けるか!
そして、聞かれた側がそれでうんと答えるとは思えないし……。
仮にそうだったとしてもそこで頷く……頷くか? 咄嗟に違うと言ってしまいそうだけど。
奈多切なら、尚更。
華原なら冗談っぽく、そうですよー、みたいに言いそうだけどな……。
それだとこっちが信用できないな。……難しい問題だ。
「こんなこと、初めてなんだよ……」
「鏑木さんならモテそうですけどね」
「バレンタインデーのチョコは貰えるけどな。恩があるから渡しやすいってメリットにしかなってねえだろ。ふらふらしちゃうから、本気の好意を向けてくれる子は少ないんだよ」
「自覚があるんですね」
「逆の立場なら俺も不安になる。好きな子が善意とは言え、困っている人に手を差し伸べて親密になっていくのを外側から見ているとな……。
俺のことなんかすぐに忘れてしまうんじゃないかって思っちまうよ。だから……俺がモテるとは思えなかった」
華原と奈多切……いや、奈多切はまだ仮だが。
俺を選ぶとは、見る目がねえ。
「実は、わたしも鏑木さんのことが好きなんです」
「これ以上、話を複雑にするな。お前の言葉は冗談にしか――」
すると、視界がいきなり暗転し、星が散った……。
遅れて感じる痛みに、頭頂部に意識が集中する。この拳骨は……母さんの拳……ッ!
「決めつけるのは全てを知ってからと教えたはずだが、忘れたのか?」
「……メリィ……ごめん、今の言葉は本当なのか?」
「いえいえ、冗談ですよ!
……すみません嘘です、好きになっている……と思います」
「それは……一度、お前を救済したからか?」
「それも含め……今もこうしてわたしに飲み込まれてまで、救済しようとしてくれているからです」
動機は、あるな……。しかもちゃんとしたやつだ!
「そうか……ありがとう」
「はい……あの、別に返事とかはいいので! それに妖精と人間ですし!」
「それは関係ないんじゃないか?」
人間と人間、妖精と妖精でしか恋愛ができないわけじゃない。
互いの生活圏内が混ざり合い、こうして意思疎通ができているなら、不可能でもないはずだ。
仲良くなった先の独占欲を、関係として固定させたのが、彼女やら恋人やら夫婦である。
たとえば書類で弾かれようが、関係ない。
互いに一緒にいて好きを維持できているなら、その状態こそが俗に言う夫婦なのでは?
「鏑木さん……っ」
「ま、まあ、妖精だからで身を引く必要はねえって意味でさ……」
引き止めたことでメリィに期待をさせてしまっている……、失敗したか……。
いや、失敗ではないんだけど、じゃあメリィを受け入れる気満々ってわけでもない。
最優先が決められない以上、身近にいる子との関係性を壊したくないだけだ。
それがその子たちを苦しめているとしても……、やっぱり俺にはできないことだった。
「竜正。全員、深くまで知ってから決めればいいじゃないか」
華原も奈多切もメリィも……全員を、よく知ってから……。
それもそうか、とは言えない意見だ。
そんな、値踏みをするようなこと……俺は何様だ?
「じゃあ、あんたは出会った人間に好意を伝えられて、シンキングタイム数秒で『いる』『いらない』を決めるのか? 深く知らないで弾くってことは、時間関係なくそういうことだぞ?」
「極論だろ」
「好きか嫌いか、極論だろ?」
二択。そこそこ好き、どっちかと言えば嫌い――は、通用しない。
それが恋愛関係を築くということ……。
……これが数多の人間の輪を乱してきた、長いこと人間世界にある恋愛か……。
繁栄の主軸だし、ついて回ることなんだけど……恐ろしいもんだ。
選択肢があるほど生きやすいと思ったが、しかし恋愛に関して言えば、一択が良かった……。
候補があればあるほど、悩むし、選ばなかった方が気になる。
選んだ方よりもずっと心に残ってしまいそうな……、嫌な記憶の仕方だった。
「恋、怖い」
「そ、そこまで重く考える必要はないと思いますけど……」
メリィが隣で呆れているが、母さんはうんうんと頷いている。
「悩め若人。二つ返事で受け入れる軽い男に育てたつもりはねえからな」
「……もしかして、肯定するにしろ、全部を知ってからっていう教えは、恋愛のことを言っていたのか……?」
「恋愛に限ったことじゃない。全部に通じることをあんたに教えただけだ。生かすも殺すもあんた次第。間違っていると思えばあんたのやり方で選べば? 後先どうなっても知らないが」
そう言われたら、今までの信条に頼りたくなるじゃねえか……っ。
「信じてきた信条には信頼がある。人の意見よりも自分の意見。間違えた時に人のせいにしないなら、生き方に間違いなんてねえからな――好きにしな、竜正」
「母さん……」
「相手の子を泣かせたら殺す。
たぶん、どの時代のあたしでも、そう言うぜ?」
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