第26話 最終公演
「……本当は譲りたくなかったのではないですか、華原様……」
「うん、当たり前でしょ。吸い込まれた先がどうなっているのか知らないけど、せんぱいを救える可能性が高いのは吸い込まれた先だろうし……。
でも、今のあたしの足じゃ、たぶんなにもできないと思う。だから奈多切に任せるしかなかった……。って、言いながらさ、本当は怖かっただけなんだけど。
だって吸い込まれて、その先で死ぬかもしれないって想像しちゃったら、あたしがいくとは言えなかったからさ……。
そこで躊躇なく『私がいく』って言った奈多切に、そりゃ譲るしかないでしょ……ッ」
鏑木竜正の手の平へ吸い込まれる、強力な引力……。華原湊は地面の凹凸に指をかけてなんとか踏ん張った。周囲一帯の妖精たちを吸い込んだ鏑木は、その手を下ろす。
やっと、華原はまともに立ち上がれるようになったのだった。
「想像しちゃった以上は、吸い込まれた奈多切が中で死んでいることも考えなくちゃいけない。
となると、生き残りはあたしたちだけになるってことでしょ?」
「……かもしれませんが、言いますか、それ」
「別に、あたしにとって奈多切はライバルだし、いなくなってもらった方が得だもん」
恋愛という観点からすればいない方がいい……、ただし、鏑木竜正という一人の人間と、妖精・メリィを救うことを考えれば、奈多切恋白の存在は重要だ。
華原と奈多切。
二人分の好意があってこそ、対抗できる戦力だと見積もっている。
どちらかが欠けた場合、戦力が削がれるどころか、敗北が決まる……。
それほど、二人が生み出す鏑木竜正への好意は膨大なのだ。
「……冷静になるとすっごい恥ずかしいけどね……。あたしたちが膨大なエネルギーを出して強くなればなるほど、せんぱいへの好意が視覚化されるってことだから……」
「今更ですか? そんなこと、もう気にしていないと思っていました。
妖精全員、常に片想いの恋心を見せ続けられているようなものでしたよ。
まだ惚気でないだけマシでしたけど……」
華原はまだ、妖精の世界に関わってから日が浅い。だが奈多切は……?
華原が確認しているだけでもだいぶ前から恋心を抱いていたはずだ。
突然、横から首を突っ込んできた華原に、せんぱいの気を引かされるとは、ライバルでありながら「なにしてんだ」と思ってしまう。
時間はたっぷりとあったはずだろう……、しかもあのせんぱいなら、ちょっとした刺激で別の誰かとくっついてしまうことも予測できたはずだ……——できなかった?
もしかして鏑木先輩を好きなのは私だけっ、とでも思い込んでいたのだろうか。
「……奈多切ってやっぱり、あたしと同種なのかもね」
ちやほやされた人気者……、……華原とは真逆の存在だと思い込んでいたが、奈多切も、年齢よりも大人びて見えた色気があるあの見た目でなければ、教室の隅っこで大人しく本でも読んでいる一生徒だったのかもしれない……。
あの髪色でそれはないかもしれないが……でも。
放課後、二人きりの教室ではもしかしたら、気が合った友達になれたかもしれない――。
そんな『もしも』を想像する。
「……奇襲を仕掛けたあたしの優位じゃあ、不公平よね。だからここは譲ってあげる。
……その代わり、ちゃんとアタックしなさいよ。もしもこれだけお膳立てをしていながら、尻込みして今の関係を維持したいって言うなら、あたしが貰っていくからね――奈多切」
「っ、華原様、鏑木様が動きます!!」
「内側で戦っていることを信じて、あたしたちは表のせんぱいの気を引くとしよっか!
もちろん他力本願じゃなく、あたしたちで全てを終わらせるつもりでね!!」
―― ――
「裏切ったことを糾弾するつもりで入ってきたの? 覚悟があるねえ……。見る側からすれば、あの手の平の穴は、歯車が噛み合った巨大な肉挽き機にも見えたはずだよ。
そこを突っ込んでくるなんて……それとも放り込まれてきた? でも、自分の意思じゃないとそんな強い目はできないはずだよね……、覚悟、決めたんだ?」
「うん」
「なら、好きで好きで仕方なくて、顔を合わせたら表情が緩んで恥ずかしくてなにも喋れない――なんて弱音を吐いて、好きな男の子から逃げ出したりしないよね、恋白?」
「……うん」
「目を逸らすな。いつもみたいに好意を食べてもいいけど、冷徹な対応で好きを伝えて、大好きな先輩が受け入れてくれるのかな?
まあそもそも、好意を食べてしまえば、好意がないまま向き合うから、伝えるべき気持ちもないわけだけど……。というかこの状況でアタシに頼ってくるなら、どうせ恋白は負けるよ。
華原湊に、全てを持っていかれる」
「分かってる」
「分かってる? ふうん……、危機感を抱いて、やっと重い腰を上げるのか。
ぬるま湯に浸かって楽をしていた代償だよねえ……。
華原湊を誘導したのは別に、恋白を焚きつけるためじゃなかったんだけど……、地球儀型のカゴを渡したのが、まさかこんな結果を出してくれるだなんて……。
いや、きっと誰を対象にしていても一緒だったのかな。
妖精に関われば必ず鏑木竜正と当たる。そして彼に関われば、少なからず好意を抱くだろ。ゼロでなければ一気に膨らむことがある……そういうものだろう?
……こういうことは今後、珍しくもないと思うけど……、それでもまだ後回しにするなら好きにすればいいさ」
「だからさ、もう決めたの、エミール」
「これまで隣にいたアタシは、その言葉を何度も聞いてきた……その度に泣きつかれて好意を食べて……——またダメだったって落ち込まれてさ、慰める毎日はうんざりだったよ。
何回、トライ&エラーを繰り返すつもりだ。同じ方法でトライをしたら、そりゃ同じエラーばかりが出てくるに決まっているじゃないか。……アタシがいつまでもいると思わないことだ」
「……どうして気づいてくれないの、先輩、って、ずっとモヤモヤしてたけど……。
言わないと通じないんだね……やっと、気付けたよ」
「そりゃそうだろ。言わないと通じない。
でも、言えば通じる――、簡単なことだったじゃないか。
悪意を飲み込むことは美徳だが、だけど好意は吐いた方が良い……、滲み出る悪意は想像して強く伝わるのに、滲み出る好意は疑惑を膨らませる――ほんと、生きづらいよね、人間ってさ」
「うん、だよね。でも、それでも私は人間だから。妖精の進化のために世界を、大切な人を、奪われるのは嫌だって言うよ……。エミールのことは好きだけど、許せないこともある」
「……アタシに悪意は、抱かないんだな……」
「先輩の好きが勝って、ってわけじゃないよ。エミールには理由があるから。私利私欲で、利益のためじゃないから……。
なんだか、個人的に憎悪があるってわけじゃないのよね。これまで色々と助けてもらったし……、許せないけど、嫌いなわけじゃない」
「悪意を持たずにアタシを否定するか」
「うん。エミールを否定したんじゃなくて、私の意見を重視する。私がこうしたい、だけどその前に立ち塞がるのはエミールだから……。だから、エミールの野望をここで打ち砕いておく。
私の目的には、邪魔だから――」
「……見違えたね、恋白。素でここまで意見を言えるようになるなんて……。
冷徹さを表に出さないと、まともになにもできなかった子がねえ……」
「さすがにもうできるからっ! ……こ、告白でなければ」
「それもできるようにならないとね――ほら」
エミールが指を真上へ向け、悪化した化物を呼び寄せた。
指の先に止まるトンボの化物……は、さすがにできないので、滞空する。
そのトンボが足を開き、鏑木竜正が落ちてきた。
彼を両手で受け止めたエミールが、「ほい」と奈多切の前へ落とす。
「え」
「アタシからの最後の嫌がらせだ。
気持ちを整える前に、その尻を蹴って、舞台へ上げてあげようか――」
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