第27話 必殺の……

「いてて……」と、打った背中をさする鏑木竜正が、奈多切を見つける。


 彼がなにかを言う前に、咄嗟に奈多切が彼の口を両手で塞いでいた。


「――奈っふぐう!?」


「なにも言わないでください先輩っ!!」



 ふしゅー、ふしゅー、と息荒く、目が縦横無尽に動いている後輩の姿を見てしまうと、鏑木竜正も彼女の意見を尊重したいが、だけど止めた方がいいのでは? と思ってしまう。


 ……大丈夫です、という呟きに、鏑木も覚悟を決めたようで――、止める、だなんて野暮なことはしないと決めた。


 なにを言われるのか、正直なところ、大体の予想がつくが、後輩が勇気を出して言おうとしてくれているのだ。


 この様子だと支離滅裂になるかもしれない……、小さく細かい言葉を拾ってきちんと理解しようと心の身を乗り出す。



(す、好き、ですって……好きだ、って言うんだっ! ここで逃げたらもう一生、先輩は私になんて振り向いてくれない――ッ、……でも、どうしたら上手く伝わる!? 

 華原はなんて言っていた!? 

 私が隣にいればどんなメリットがあるのか、デメリットまで伝える!? マイナス点をどうやってゼロに戻すのか改善点を絡めて……だけど長文になったら先輩も集中力が切れるから、できるだけ短文に……。

 でもでもっ、短文にして、伝えることを取捨選択しないといけなくなるし、それらを洗い出してリスト化してまとめて文章にして、何度も見直して……。でも、そんなことをしている暇なんかないし、今だって先輩は私の目を見てずっと待ってくれている! 

 早く、言わないと……っ、言葉よりも、塞ぐ口を手じゃなくて私の口にしてしまえば――言葉なんていらずに好きだって伝わるのでは!? 

 でも、言葉にしなければ……そこは最低限の、線引きだ。ここはきちんと、言葉にしておかないと、鈍感な先輩はキスだけじゃきっと悩ませてしまう……、私が言葉で答えを出さないと先輩だって答えを出せないはずだから――……ッ、あーもうっ、色々考えて鬱陶しくて、めんどうくさいッッ! 伝えたいことを簡潔に短文で……一言で。

 これだけは絶対にはずせないってことだけを、先輩に伝える……、未熟な私に言えることは、これしかない!!)



 完璧を求めるな、自分の実力を見極めろ、下手なりに全力で挑め。


 挑戦しない失敗を知っている……。

 それに比べたら、挑戦した後の失敗など、怖くもなんともないだろう?


 奈多切恋白が選んだ言葉。


 それは最も効率的で、最短で最奥に伝わる、一撃必殺の二文字だった。





「すき」





 目を見開き、反応がない先輩へ……、

 奈多切恋白は首を傾げながら、繰り返した。


「すき?」


 そして、無意識に発した二度目の言葉は。


 ……鏑木に聞いているようにも捉えることもできる。




 ……後輩の言葉を聞き届けた鏑木は……止まってしまう。


 だって……だって、まさかこんな二文字の、破壊力抜群の告白をするとは思っていなかったから。必要以上に耳と意識を傾けていたのが失敗だった……——失敗、ではないだろうが、近づき過ぎたからこそ、衝撃をもろに受けてしまったと言える。


 聞き逃すことなどなかった。


 音など聞こえなくとも、口の動きだけで分かるシンプルな好意の伝え方。


 ロジックに傾きがちな鏑木からすれば、虚を突く一撃とも言えた。


 自分が散々、感情的に動くくせに、相手の感情には弱い……。


 典型的な、押すことを好み、押されることを苦手とするタイプである。



「…………先輩? 私、言いましたけど……」


「え、あ、ああ、そうだな……」


 動揺してしまう。

 今度は鏑木が、奈多切の顔を見られなくなった番だった。


 顔を背けたいが、首の動きを察した奈多切がぐいっと元に戻す。目を瞑ることで回避できるが、閉じる寸前の奈多切の悲しい顔を見たら、目を逸らすことはできなかった。


「本気か? なんて言わないでください……見て分かりませんか?」


 鏑木なら何度も何度も聞き返して、答えを濁すのではないか、と危惧したのだ。


 奈多切が先回りして潰した逃げ道……。

 それは動揺する鏑木を見て、奈多切が余裕を取り戻した証拠とも言えた。


 しかし、完全に上下関係が逆転したわけでもなかった。


「なら、お前も見て分かるだろ……周りが、景色が、言ってるじゃねえか」


 奈多切が顔を上げて周囲を見ると……、——え?


 世界が白に染まっていた。


 悪化した化物も、暗雲も、影もなく――、眩しい太陽が世界を照らしていた。


 妖精・メリィと、人間・鏑木竜正が同化して進化した妖精のその先。


 その精神世界に広がる世界は、黒を消え去り、白で染め上げられた……つまりだ。


 悪化の勢力は全て消え、好意という答えを世界が証明していると言えた。


「え、え……、先輩?」


「帰るぞ……メリィが呼んでる……。エミールの姿はねえが……まあ死んではいねえだろ。

 死ぬってルールが、あいつの中にあるのか曖昧だけどな」


 悪意が全て消え去ったのであれば、エミールも一緒に……。いや、彼女が悪意の権化だったわけじゃない。純粋に進化を求めていただけで……悪意はないのだ。


 奈多切恋白がエミールに抱いていた友情と同じく。


 だから消えた、のではなく、自分から姿を消したのかもしれない……。

 既に外に出ているか、それともこの世界にい続けるのか……。

 ここが鏑木の精神世界なら、いてもらっても困るけど……と奈多切は複雑である。


 ずっと監視されているような気もするし……。


「ほら、早くいくぞ」


 伸ばされた手を自然と掴む奈多切……、思わず顔がにやける……だって、


「あの、先輩……」


「ん?」


 喜ぶ寸前で気づいたが、鏑木竜正は『見えているこの世界が言っている』とは言ったが、景色の意味が奈多切の告白の答えであるとは言っていない。


 鏑木の口から「告白を受け入れる」とも「拒否する」とも言われていないのだ。というか白く染まった世界が、『好意がある』というのは分かるが、それが恋心であるとは限らない。


 勇気を出して伝えた奈多切の前で、鏑木竜正は未だに返事をしていない……。


 少しだけ、白い世界に黒が混じる。


「煙に巻きますか、先輩」


「奈多切!? 黒っ、悪意が漏れてる! というか悪意があんの!? 俺に!?」


「自覚がないようで。あと安心してください、悪意はありますが、変わらず先輩のことは好きですので。好きだからこそ抱く悪意と言いますか……分かりますよね?」


「分からねえよ! と、とりあえず落ち着け……色々と言い訳をするから、最低限、華原もいないとまだちゃんと答えは――」


「華原」


「一気に世界が黒く!? 曇天と影が俺を囲んでいるけど奈多切マジで落ち着け!?」


 ぎゅっと握られた手に、奈多切の黒い心が救済されて……世界が白さを取り戻した。


「……こんなことで……はぁ、単純だなあ、私」

「惚れた弱みだな」

先輩あんたが言うな」


 鏑木はエミールを探した……、今、奈多切の好意を食べたわけじゃないよな……?


 冷徹が戻っている気がするけど……勘違い?


「先輩次第ですよね。

 あまり長いこと逃げていると、私も冷徹で接することになりますが?」


 それ、いつもと一緒じゃん、とは、さすがに空気を読んで言わなかった鏑木だった……。

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