エピローグ
「誰かと思えば華原か……そっちの見た目も似合ってるじゃん」
休み時間、廊下でばったりと出会ったのは華原だった……。一応、ここは二年の教室の前なので、後輩のお前が一つ階を上がってきているのが気になるが……。
理由は大体、察するけど、ただの授業の合間の短い休み時間だぞ?
昼休みならともかくさ――、
「そうですか? ……不思議なものですよね……、以前までは世界が暗く見えていたのに――染めて、偏見しかない陽キャラのイメージ象で明るく振る舞って、やっと視界が開けたと思っていたのに……。以前と変わらない見た目で同じ景色が見えているんですから」
「そりゃお前、隣にいる人が変わったからだろ」
「自画自賛ですか? 確かにせんぱいと一緒にいると嬉しいですけど」
「俺じゃねえって。俺がいて嬉しいって気持ちを聞くと、俺も嬉しいけどさ……。
教室内にいるだろ、お前の味方がさ。気が合う友達じゃねえか」
「ああ、奈多切のことですか」
「え、なんだよその反応……お前らまた喧嘩したのか?」
「だってあいつッ!!」
華原が怒っていることも、なんとなく予想ができる。
たぶん昨日のことだ……昼休み、俺は奈多切と一緒に昼食を食べた。華原の姿がなかったのが珍しかったが、実は奈多切が裏で仕掛けていたらしく、華原はその時間、先生から呼び出しをされていたと勘違いし、ある先生を探し続けていたのだった……。
そう、奈多切が俺と二人きりで昼食を食べるために、華原の足止めをしていたわけで……。
華原が怒っているのはルール違反を犯した奈多切の『抜け駆け』である。
「昼食は三人一緒に! って決めたはずなのに! 問い詰めたらあいつ、なんて言ったと思います!? 『呼び出しなら仕方ないでしょ。向こうの不手際を私のせいにしないでね』と、逃れようとしたんですよ! なのでせんぱい、今度はあたしと二人きりで遊びにいきましょうね!」
「ただでは転ばないところはお前らしいな……、まあ、いいぞ。
ただ、知った奈多切がついてこない、とは言えないよなあ……」
あいつのことだから、合流しないまでも、遠目から見ていそうだ。そして華原が嫌がることを的確に突いて邪魔をする……。なんだか俺を中心にして、お前らがじゃれ合っているような気がするけど、俺って邪魔じゃないか?
「……お前ら二人で遊べばいいじゃん」
「嫌ですよ、あんなやつと二人きりだなんて苦痛でしかありません」
「嫌いか?」
「嫌いですよ、せんぱいという繋がりがなければ関わることもないでしょうね」
「ふうん……メリィはどう思う?」
俺の肩に乗るメリィが小さな肩をすくめた。
「わたしを見てくださいよー、竜正さん。ほらほら、悪化していないでしょ? つまり湊ちゃんの『嫌い』はポーズですよ、本当に嫌っているわけじゃないですねー。どころか、逆に好きだって言っていますよ。悪意に染まらないだけじゃなく、救済もされていますし」
「……せんぱいの近くにいれば、救済されるに決まっていますよ。
小さな悪意くらい、なかったことになるんじゃないですか?」
「でも、湊ちゃんの近くにいる妖精たちがみんな救済されていくけど……。
さすがに竜正さんの善意も、そこまで影響範囲が広がってはいませんからね」
集まってくる妖精たちを、華原が手で振り払う……、虫みたいな扱いをするなって。
薄羽だけど妖精なんだから。
「……初めてできた気が合う友達なんです、嫌いも、好きの一部ですよ……」
「良かったな、華原」
「せんぱいは、あたしの気がせんぱいじゃなくて奈多切へ向かっていることに、嫉妬とかないんですか……?」
「あるよ」
正直に言うと、ぱぁっ、と笑みを見せた華原が、無意識に跳んで足音を鳴らしていた。
尻尾を振ってる犬みたいな反応だな……。
「言ったろ、告白されたんだ、頭の中にずっとお前がい続ける……。そんなお前から好意が向けられなくなったら寂しいよ――相手が奈多切でもさ、嫉妬するんだ」
「せんぱい……っ」
「ただ、俺の都合で返事を待ってもらっているんだから……飽きたお前が別のところへ意識を向けても、俺は文句を言えねえ……。それが分かった上で、時間をかけてるんだ。
もっと奥まで、二人のことを知らないと、選べないし、受け入れることも拒絶することもできない。……悪いな……、たぶんまだかかる。
こういうやり方しかしてこなかったんだ、こんな大事な場面で、手に慣れていない方法を使う勇気は、俺にはねえんだよ……」
「大丈夫です、いつまでも待っていますよ、せんぱい」
華原はこう言ってくれている。
優しい後輩だ。縋ってしまいたくなるほど……。
だからこそ、華原のやり方は俺を甘やかしている。
彼女の言葉に従って、だらだらと時間を使ってしまいそうで――。
「――で、先輩、決まりました?」
「いや……」
次の休み時間には、奈多切が開口一番、そう急かしてくる。
……いつものことだが(とは言えまだ一週間だ……まだ一週間、とは言え、待っている側からすれば長い一週間だろう……悪いとは思っている)、心臓に悪い一言だ。
「早くしてくださいね。
私が既成事実を作る力技に出る前に決めないと、華原が荒れますからね」
「分かっているなら待ってくれないか……?」
「嫌です。華原はいつまでも待っています、とか言っているんでしょうけど……、私は待てませんから。いつ爆発してもおかしくない爆弾を抱えていることを自覚してくださいね?
こうでも言ってお尻を蹴ってあげないと、先輩ってば、決められないでしょう?」
痛いところを突かれた感じだった……。
できればずっとこのまま、現状維持を引き延ばしたいと思っていたところだった……。
誰かを選んで、傷つく誰かがいるなら、いっそこのまま選ぶ寸前で時間が止まれば……。
レーモンの魔法みたいに減速でもすれば――。
仮にできても、やっぱり答えを出す時はくるのだ。
ずっとは逃げられない二択である。
……思えばこれ、早くしないと第三、第四の告白を受ける可能性もあるってわけで……、
そうなると俺は二択じゃなくなるってことじゃ……、――いや、ないか。
華原と奈多切が好意を持ってくれていることがまず珍しいことだ。
物好きがそう何人もいてたまるか。
「じー」
と、奈多切が俺、ではなく、肩に乗るメリィを見ている……あ。
そう言えばメリィも……、
「これ以上、竜正さんの負担にはなりたくないので、わたしのことはいないものとして考えてくれていいですよ。ほんと、そういう気持ちはないですから」
「その遠慮の仕方は先輩の好物なんですよ……っ」
「好物ってなんだよ」
確かに垂らされたら食いついてしまう言い分ではあったけど。
ああいう事情を抱えた言動は、首を突っ込みたくなるのが俺の性格だった。
「……はぁ。告白してもこうなることは分かっていましたから、今更、遅いことで文句を言ったりはしませんけど。
本当にっ、待てる限界がありますからね!? 限界を越えたら先輩を眠らせてその間に(ごにょごにょと……)。いざとなれば責任を絶対に取ってくれる先輩の良心に縋ることにします」
「なにをする気……やめろ言わなくていい! 後輩の口から聞きたくねえ!」
ここ、俺の教室の前だからな!? 発言には気を付けろ。
目の前にいるのはあの学園で有名な……奈多切恋白なのだから。
「……結局、お前はちやほやされる人気者なんだな」
「見た目が変わっても、銀髪は珍しいみたいですね」
「それのおかげってだけじゃないけどさ……、やっぱりカリスマ性があるよなって」
目を引くことは最低限。彼女の一挙一動、一言ずつに力が宿っているかのように魅了されるのだ。……エミールの増殖ではない。少ない魅力を増やした結果、ではなく、奈多切が元々から持つ魅力なのだ。だから当たり前に、持っている力を発揮しただけの話。
大人びた見た目でなくとも、奈多切恋白は奈多切恋白らしく、人気者になる女の子だった。
そしてたぶん、以前の彼女は失っていた『周囲への好意』を取り戻したからこそ、冷徹ではなくなった彼女の魅力も上乗せされているからこそだろう。
華原との惚気話も、奈多切の不完全さを魅力に昇華している気がする……。
欠点も魅力……、奈多切は、まさにそれだった。
「先輩」
「ん?」
「言葉で急かすよりも状況を作ってしまった方がいいのかもしれませんね……。
先輩、早くしないと私、他の人に盗られてしまいますけどいいんですか?」
周囲から感じられる男子の視線……、それが全て奈多切に注がれていた。
言われて気づき、意識してみれば、
分かりやすい邪な考えを持つ男子が奈多切を狙っている……。俺が時間をかければかけるほど、奈多切はいつか、俺ではない誰かに手を出されてしまうわけで……。
「……やべえな、もうこれは奈多切も華原も抱え込んでおくか……?」
「なぁんでっ、そこで私だけを選んでくれないんですかぁ先輩ぃっ!!」
地団駄を踏む後輩の頭をぽんぽん、と撫でる。
その動作で落ち着いた奈多切が、でれー、と顔を緩ませて、自分の教室へ戻っていった。曲がり角で、見えなくなる寸前で小さく手を振ってくれたので、俺も振り返す――。
本当に見えなくなってから、俺も教室へ戻った。
さて、ここからだな。
レーモンの指示で減ったとは言え、それでも妖精はこっちにまだいる。嫉妬をする男子生徒が俺へ向けてくる強力な悪意……、それは一瞬で妖精を悪化させ――化物へ変える。
「お手伝いします」
「今日も頼む、レーモン」
「はい。……どこでまた、エミールが生まれてくるか分かりませんから。いえ、もう既に生まれていると思いますが、どこでなにをしているのか、分かりません……。
悪化した妖精の裏にこそ、エミールが潜んでいると思っておいた方がいいでしょう――」
「……エミールが間違っていた、ってわけでもないと思うけどな」
「それは、まあ。思想は間違ってはいません。間違っていたのはやり方です。エミールが間違い続ける限り、わたしは彼女を止めます。……鏑木様が付き合うことはないのですよ?」
「うん、でも、付き合うよ」
「どうして」
「知っちゃったから。……見て見ぬ振りをして、罪悪感で妖精を悪化させていたら、バカみたいじゃねえか。
そこを利用されて、エミールがまた出てきたらと考えたらさ……。最初から関わっていた方がいい。話が早いだろ?」
「…………」
「おい、お前まで俺を好きだとか言うなよ?」
「言いませんよ……――調子に乗るな」
これだ。甘やかされるでもなく、急かされながらも好意だけは絶対になくならないと確信があるわけでもなく、本当に好きでもなくて突き放してくれる感じは、レーモンの専売特許だ。
この関係を維持しておかないと、恵まれている俺はその状況を当たり前であると思い込んでしまいかねない。
そうならないためにも、レーモンには俺のことを厳しく律してもらわないとな――。
「今日も頼むぜ、相棒」
「救済ですか? それとも冷たく罵ってほしいのですか?
どっちにせよ……だらしない人ですね、まったく――」
そう言ったレーモンも、口で言うほど嫌々な感じではなかった。
―― 完 ――
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