プラムちゃん・リローデッド その4

 森が燃え始めていた。


 未だ、死体の山から抜け出せていないカムクは、背後から感じる炎の熱に、急かされている気分だった。実際、急いで抜け出さなければ、やがてカムクも炎に包まれてしまう。


 死体の山と一緒に、生きながらにして火葬されたくはない。


 しかし急げば急ぐほど、焦燥感だけが膨らみ、大雑把な動きを繰り返す。絡まった紐を解くように、落ち着いて手順を辿れば簡単に達成できることも、今はさらに絡ませてしまう結果に繋がってしまっていた。


「あいつらが……森を……ッ」


 さっき見た二人組と、姿は見えないが、森に潜んでいる数十の人影。……盗賊団、と名乗っていた。珍しくもない。

 こんな辺境の村にいることが珍しいだけで、旅人から聞いた話だと、王国には多くいるようだ。金品に限らず、獣の民や人身売買をしている団もある……、中には運び屋や殺し屋を兼任している集団も。


 違法行為をしている集まりを、まとめて盗賊団と呼ぶようだ。


 そんな彼らが、森に残っていたテナガザルたちから欲しかった情報を得られなかったために、腹いせに森に火を放ったのだろう。


 もう森は用済み、ということだ。

 なら次は……、


「…………っ!!」


 すると、死体の山から抜け出る寸前、意思がないはずの親友の指が、カムクの服をつまんでいた。いくな、と言われているようだった。

 抜け出せないほど、カムクをたくさんの獣の体で下敷きにしたのは、彼の身を隠す方法の弊害で抜け出せないのではなく、最初から、抜け出させないためだった……?


 今の状況を見越して、カムクを危険から遠ざけるためだとしたら、プラムのことがなければ正しい判断だった……。

 結局、炎のせいで、死体の防壁は一気にカムクを縛り付ける枷に変貌してしまったが。


「……プラムが危ない目に遭っていても、おれをいかせないつもりだったのか……?」


 親友に掴まれた指を振り払う。


「おれが! なんのために! お前たちに鍛錬をお願いしたと思ってんだ! 東の王国へいくためだって言った……ッ、だけど、それはあいつを守るための手段でしかないんだ!!」


 守りたい相手を守らず、保身のために敵を目の前にして隠れ続けているのなら、なんのために今まで鍛えていたのか、分からなくなる。


「今のおれじゃ、勝てないとでも言うつもりかよ……! お前が言うなら、そうかもしれない……、まだだ、まだ鍛錬が足りないんだと思う――けど」


 プラムを守るために、確実に勝てる相手とだけ衝突するとは限らない。


 自分よりも頭二つも飛び抜けた強さの相手と戦うこともある。逃げることができなければ、もちろん、戦うしかない。そんな状況で、尻尾を巻いて逃げるのか?


 逃がすのはプラムであって、自分じゃない。


 落ちていた木剣を拾い上げ、力強く握る。


「おれが強くなるのを、おれは待っていられない」


 光を失った親友の瞳と目が合う。


「……ごめんな」


 いってくる――。そう呟いて、彼に背中を見せた時だった。



「やっぱり隠れてたのか、生き残り」


 背後から聞こえた声に慌てて振り向くと、死体の山の上に立つ、青年がいた。


 森を包む炎と同じ、腰まで伸びた赤髪を持つ……、女性にも見えたが、大量の宝石を身につけた上半身は、裸だった。線が細いが、筋肉質な体は男のそれだ。


「違和感があったんだよな、死体の山は別に、オレや団長が築いたわけじゃねえって。

 なのに、こいつら――ブラキエーションマンキー……じゃなくって、『ここ』ではテナガザルって呼ぶんだっけか?」


「……そこから、下りろ」


 青年はカムクの言葉に反して、死体の上で屈み込んだ。


「こいつらが意図的に重なって山を築いたんだとしたら、その下になにか重要なものでも埋まってたんじゃねえかって思ったんだ。

 宝箱かと思って期待してたんだが、あてがはずれたな。しっかし、それもそうだよな、こんななんの変哲もない、大木の下でもねえ場所に宝箱を埋めるとも思えないしよ」


「そこから下りろって言ってんだよッ!!」


 握り締めていた木剣を向け、臨戦態勢に入る。


「お、やるか、後輩」


 青年も、腰に刺していた剣を抜いた。

 カムクが持つ木剣とは違い、肉を切り裂く、本物の武器だ。カムクが持つ木剣も、カテゴリで言えば武器だが、鍛錬に使うようなものだ。使い方にもよるが、攻撃力はそう高くない。


 比べて、刃を備えた銀剣は、相手を殺すことを目的とした武器だ。

 こうして向き合って、初めて分が悪い勝負であることを実感する。

 格上と戦うことは百も承知で、その上で挑むと大口を叩いたものの、こうしていざ目の前にすると、銀剣に飲み込まれそうになる。


 相手が本気なら勝負にならないだろう……、しかし、幸いにも相手は、こっちをガキだとなめてかかっている。そこに勝機があるはずだ。


「下敷きになっていたなら、話も聞かれたよな……? 村を守るためにオレと戦うか? かっけーなあ。でも、お前一人じゃどうせ無理だ。こっちは団体行動してんだからさ」


「……別に、おれは大切な一人を守れたらそれでいい」

「ひゅー。好きな子でも村にいるのか?」


 カムクは取り合わない。今の内に先手を打ってしまおうと駆け出そうとするも、相手に隙がまったくない。

 テナガザルと鍛錬をする前であれば、がむしゃらに突っ込んでいただろうが、親友と木剣を打ち合い、一年半も研鑽を積んできた今なら、分かる。


 間合いに踏み込めば、銀剣がカムクを襲うだろう。


「それとも」


 青年が続ける。


「お前の言う大切な子が、オレらが欲しがる商品を匿ってんのか?」


 カムクの呼吸が乱れた。すぐさまはっとして気付き、すぐに平静を装うも、雀の涙ほどの効果しかないだろう。思わず動揺を見抜かれた。


 同時に、相手が持っていた油断も、今ので完全に消えてしまった。


 じゃらじゃらと宝石を鳴らしながら、死体の山から飛び降りた。


「素直に喋るなら客人としてもてなすが、抵抗するなら全身を切り刻む。けどよ、お前が言わなくたって、村を襲うのは確定してるんだ、どうせお前の大切な相手もすぐにばれる」


 なら、この提案にどんな意味があるのか。


「なるべく穏便に済ませたいのは本当だからさ。一人でも抵抗すると、うちの団長は短気だから全員を殺しちまうんだよ。

 協力者も反逆者も一緒にな。でも、お前が喋ってくれるなら、お前と、もう一人は助けてやる。というか、くるか? そろそろ団員に最年少が欲しかったところでよ――」


「誰がいくかよ」


 かろうじて見せた隙を見て踏み込み、木剣を突き出した。

 身を引いた青年には当たらなかったものの、上半身に巻き付けた宝石の一つにぶつかり、ぱきん、と亀裂が入った。


「…………おい」

「親友を殺したやつの言うことを、聞くと思うのかよ……」


 正しい判断ではない、という自覚はある。だが、間違った判断でもなかった。


 提案に乗れば、プラムの命は助かるはずだ……、しかし同時に、ゴーシュの身は保証されないし、村のみんなの危険も同じ。今後、彼らの仲間になってついていくことになれば、ただ問題を先延ばしにしただけに過ぎない。


 解決にはならないのだ。


 プラムを守り、ゴーシュを救い、村のみんなの安全を保証するためには。


「おれが……こいつらを倒すしかない……っっ」

「自惚れるなよ、ガキ……ッ」


 割れた宝石を引き千切り、地面に叩きつける青年の表情が一気に変わる。


 さっきまでの飄々とした軽い雰囲気がなくなり、カムクを対等の敵と見たようだ。


 彼の心境を表現するように、森を包む炎がさらに侵食を早めた。


「『アルタートゥム』の人間じゃ、勝負にならねえよッ!!」


 炎が爆ぜ、大木の幹が割れる。

 みしみしと音を立てて倒れてくる大木が、死体の山を押し潰し、カムクと青年を巻き込もうとする。距離が遠かったカムクは見て避けることができたが、大木に背を向けていた青年は、逃げる素振りを見せず棒立ちまま――。


 大木が倒れ、地面を激しく揺らす。


 咄嗟に相手の安否を確認しようとするも、次々と大木が倒れ、視界が赤く染められる。


「…………死んだか?」

 

 相手の姿が見えなかった。

 だが、


「この程度で死ぬわけねえだろ――なめるな」

 

 背後から聞こえた声に振り向き――、見えなかった刃がカムクの額を斬る。

 横一文字に刻まれた傷から太い血が流れ落ちてくる――。


「直撃は免れた、と思ったか? はっ、オレが加減したに決まってんだろ」

「……な、」

「やろうと思えばお前の額から上を斬り落とすこともできた。だがしなかった……この意味が分かるかよ後輩。——こっちには余裕がある、それだけオレとお前には差があるんだ」


 実力差。

 親友との差、以上の――実力者との隔たりだ。


「降参するなら今の内だぜ」


 銀剣が炎を映す。

 まるで赤い剣のように見えていた。


「それでも喧嘩をしたいなら――死ぬまで付き合ってやる」


 死ぬか従うか、選べと言われている……。

 答え次第ではその刃が命を奪うとも表明していた。


 額の痛みに顔をしかめる。

 炎以上に、目の前の青年から注がれる威圧に恐怖を覚える。巨大な猛獣が口を開け、鋭い牙を見せているのと同じだ。蛇に睨まれた蛙のように、この場では相性が悪い……。

 カムクには、この青年を倒すための実力は、まだない――。


 ……それでも。

 カムクは間違っても、従うなんて選択だけはしなかった。


 実力がない?

 差がある?

 勝てない勝負に挑む意味があるのか、だと?


 ……決まっている。

 そんなことなど考える余裕もない。

 たった一つ。好きな子を守るために戦うことが今のカムクにできることだ。

 それだけのために一目散に進むだけなら――できる。


 恐怖?

 ……好きな子が殺される恐怖に勝る恐怖があるなら、教えてくれ。


 少なくとも、カムクは知らなかった。


「……、バカなやつだ」

「バカでいい。バカでこそ、目の前しか見えなくなるんだから」


「ったく……、分かったよ。後悔するなよ。お望み通りに殺してやる――」


 銀剣が動いた。


 カムクが、武器を手離した――。


「は?」

「剣じゃ勝てないって分かった。なら、別のところで勝負をするしかねえだろ」


 剣にこだわりがあったわけじゃない。

 親友から教わったのはなにも剣技だけではなかったのだ――単純な、戦い方だって……。


 生きるためにはなんでもする。

 たとえ、卑怯な戦法だって……っ。

 プラムを守るためなら、なんだってやってやる!


 銀剣がカムクの肩に食い込んだ。

 それで済んだのは、カムクが両手で相手の手首を取っていたからだった。


「接近、できたぞ」

「ッ、この……ッ」

 

 ぷっ、と吐いた唾が、青年の視界を潰し、

 蹴り上げたつま先が相手の顎を打った。口の端から血を流す青年が、声を漏らす。


「ぎ、が……ッ」

「刃よりも手前に入っちまえば、お前を倒すことくらいできるんだよぉッッ!!」

 

 カムクが踏み込む。

 青年の懐。そこはもう、カムクにとっては必殺の位置だった。



 ―― 完全版へ ――


「剣士プラムちゃんの世迷いゴト」

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054919079675

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冷徹不遇の奈多切(なたぎり)さん 渡貫とゐち @josho

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