第9話
「さて、まずは掃除からですかね……」
まずは、布を口元に巻いてマスク代わりにする。
髪が汚れないように、こちらも布を頭に巻いていく。
「とりあえず、換気から!」
イオリは勢いよく入り口をあけ放ち、その他の家にある窓という窓を、扉という扉を開け放っていく。
空気のとおりを良くするだけでも、空気中の埃をある程度外に出すことができる。
「二階から順番にやって降りていくようにしましょうか」
そう言って、二階から順番にはたきをかけていく。
掃除に関しては前世で親からしっかりと仕込まれていたため、丁寧かつスピーディーに進んでいく。
蜘蛛の巣をとったり、高い位置のほこりをとったりと次々に綺麗になっていき、床の汚れもデッキブラシによってあっという間に掃除されていく。
ちなみに水は、イオリの収納空間から取り出している。
なんでも必要になりそうなものは蓄えていくのが職人魂であるらしく、水はどんなシーンでも重宝できるため出かけるたびに、湖や川の水を収納していた。
それをバケツに取り出して、床に流して磨いていた。
「にしても、この能力……すごく便利です!」
この能力というは収納、のことではなく、創造というスキルのほうだった。
作り出す動作全てにおいて、サポートが発動する能力だが、それは掃除にも適用されていた。
「まさか、床を綺麗な状態にする、というのを創作の一環として考えるだけでこれほど能率があがるとは思いませんでした!」
彼女からしたらいつも通りに掃除をしているつもりが、効果が目に見えて違うのだから感激しているようだ。
鍛冶、彫金、木工、錬金術などの、いわゆる創作系において能力が発動するのはわかりきっていた。
しかし、イオリの中でこれは創作の一環だと強く認識することで、同じように能力が強化されていた。
つまり、彼女の認識次第でいかようにもなるというとても便利スキルだった。
「とにかく、これを活用してどんどんやっていくとしましょう……っ」
綺麗になっていく自分の家に気分が高まってそう言った瞬間、イオリの腹の虫がぐーっと鳴きだした。
「あ……そういえばなにも食べていませんでした」
既に日は高く、お昼の時間をとっくに過ぎていた。
空腹を認識すると、急に力が抜けてその場にへなへなっと座り込んでしまう。
「はあ、お腹空きました。なにかもっていたような……」
そう呟いて、収納空間から果物でも取り出そうかと考えていると、来客があった。
「そんなことだろうと思って、ほらホットドッグ持ってきてあげたわよ」
呆れたように笑う声の主はケイティだった。
家の手続きなどを全て終えて来た彼女は、街で昼食を食べている時にふとイオリのことを思い出し、片づけに集中して食事をとっていないのではないかと予想してしまった。
職人気質があるイオリの性格から、いったん集中すると他のことが適当になると思ったのだ。
そんな考えが思いついたら、放っておくわけにはいかず、簡単に食べられそうなものを買ってきた。
「あ、ありがとうございます。その前に手を洗わないと……」
掃除用のバケツと、手洗い用のバケツを分けており、綺麗なほうの水を使って手の汚れを洗い流してからそれを受け取る。
「美味しいです!」
そして、あっという間にそれを食べ終えてしまった。
「ふふっ、喜んでくれてよかったわ。それにしても、イオリらしいわね。きっとあなたのことだから、作業に没頭して食事のことなんて忘れていると思ったわ。にしても……朝から今までだけで、ここまで綺麗にしたの? しかも一人で?」
扉や壁などの修繕はもちろんまだ手をつけていないが、床も壁もピカピカに磨き上げられており、掃除が完了しているのがわかる。
「はい! せっかく手に入った私だけのお城って考えたら嬉しくなってしまって、掃除に熱がはいってしまいました」
ニコリと笑うイオリからは、掃除を終えた達成感と、徐々に形になっていくこの建物に対するワクワク感が感じられた。
「よほど気に入ったようね。少し古い建物だったから、心配していたけど……思い過ごしだったようでよかったわ」
イオリが心の底からこの建物のことを喜んでいると改めてわかったケイティも、自然とつられて笑顔になる。
「そんなそんな、とんでもないです。とーっても良い物件ですよ! 埃とりと水拭きしかしていませんが、すごく広くて素敵です! 二階に居住スペースがあって、一階にはお店と工房のスペースがあるんですよ! 昔ここに住んでいた方も何かを作るお仕事をしていたのでしょうか……!」
興奮交じりのイオリはこの建物のすごさを力説していく。
「へー、見た感じそこまででもなさそうだけど……」
外から見た限りではそこまで大きいようには見えないため、ケイティは首を傾げながらしげしげと建物を眺めている。
「ちょっと入って下さい、中を案内しますね!」
せっかく来てくれたのだから自分の家を見てほしいと思ったイオリは、彼女の手を軽く引っ張って建物の中へと誘導していく。
「まず、入ってすぐが店舗になっているんですけど、外から見るより広いんです。それから、奥に行くと工房があります。ここなんて外から見た限りだとスペース的にありえないですよね」
「えっ? こ、これはなんでなのかしら?」
さも当然のようにイオリが説明していくが、対してケイティは混乱の渦中にある。
外から見たこの家はこじんまりとした古い家といった感じだったが、中はイオリが望むような設備がとことんそろっていたからだ。
「うふふっ、やっぱりそう思いますよね! でも、先に二階を見て下さい!」
そう言って、イオリは階段を上がって二階へと移動していく。
外観からでは、一部屋、もしくは二部屋あるかどうか程度にしか見えない。
「えっ? えええっ?」
二階に到着した瞬間、ケイティの混乱は最高潮になる。
扉が全て開け放たれているが、ざっと見ても部屋が八つはあった。
「すごいですよね! ここって、空間魔法がふんだんに使われて建てられたみたいなんですよ!」
建物の中に特別な魔法が使われており、外観以上に広いスペースが用意されている。
それが、空間魔法の効果だった。
「空間、魔法……で、でも、ここを紹介してくれた人はそんなことは一言も……」
初めて聞く情報にケイティは、紹介相手との会話を思い出すが、その中には空間魔法などという言葉は一度も出ていなかった。
「うーん、すごく埃だらけで誰かが足を踏み入れた形跡がなかったので、もしかしたらその方はここに来たことがないのではないでしょうか?」
それならば知らないのも納得のいくことである。
長い間積もり積もった埃を見るからに、ちゃんと中がどうなっているか確認されず、ただ古い家として売られていたのだろう。
「あー、確かにそういうところある人ね。面倒ごととか、厄介ごととか、いらいない不動産を受け取るけど詳細は気にしない。でもそうなると、イオリにとってはすごくいい建物ということになる、わよね?」
「はい! ありがとうございます!!」
思い出したようにケイティは紹介してくれた人のことを頭に浮かべ、苦笑する。
イオリがこれだけ喜んでくれているからいいかと思いながら彼女を見ると、にっこりと笑顔を見せた。
これだけの広さを持ち、しかも空間魔法が使われているもなれば、恐らく相場の数倍、下手すれば十倍以上になっても不思議ではない。
「そうだちょっと待って下さいね……」
それだけ言うとイオリはどこかへ走り去っていってしまう。
「?」
あっという間にいなくなってしまったため、ケイティはなにかあるのかと首を傾げてしまう。
「ありました! お約束の宝石です。全部持って行って下さい!」
事前に渡したのは手付金代わりの宝石一つだけであるため、イオリは残りの宝石をケースに入れたまま彼女へと渡す。
「こ、これ全部? さすがにちょっと多すぎる気が……」
「いいんです、探す手間もあったでしょうし、こんなにいい物件だったのですから……お支払い使ってもらって、余った分はケイティさんへの報酬として下さい」
この物件のことをイオリは相当なまでに気に入っていた。
それを自分で磨いた宝石と交換するだけで手に入れることができた。
それは、彼女の門出にあたって、まるで誰かに祝福されているかのような幸運だった。
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