第14話


 建物を出て施錠したイオリは、ヴェルを連れ立って街中へと買い物にでかけていった。


「くー」

 イオリの肩にとまっているヴェルは、機嫌良さそうに笑顔で外の様子を眺めている。

彼にとって、ここからが世界の始まりであり、全てが新鮮に映っているようだ。


「今日は食料の買い出しと、家の補修や家具を作るための材料集め、それからお世話になっているケイティさんへの挨拶ですかね。あとは、一昨日泊めていただいた宿にも挨拶をしてこないとです」

 思い出すように指折り数えながら、ニコニコと笑うイオリは今日の予定をヴェルに説明していく。

 ずっと一人だと思っていた彼女の生活に、一緒に暮らす相棒ができたことは彼女を笑顔にしていた。


「ほー」

 なるほど、といわんばかりにヴェルは穏やかな鳴き声を上げる。

 フクロウは賢いと聞いていたが、どこまでイオリの言葉を理解しているのかわからない。

 それでもヴェルはかなり高い理解度を持っているように思える。


「ふふっ、ヴェルさんが一緒にいてくれるとすごく心強いです!」

 なんだかんだ、少女一人での生活には不安がつきまとうものだが、誰かが一緒にいてくれるというだけでもかなりの安心感がある。


 今日にしても、ヴェルが起こしてくれたおかげで午前中から行動できていた。


「ほっほー!」

 任せてくれと、羽で胸を軽くたたいている。


 そのやりとりをすれ違う人たちは微笑ましく見守っている。

 可愛い少女が、可愛い動物とコミュニケーションをとっている姿は、まさに天使のような愛らしさがあった。


「えっと、まずはケイティさんのお店に行きましょうかね。一番お世話になっている方ですからねえ」

 宿を紹介してくれて、家の用意までしてくれたケイティには足を向けて寝られない。それほどに彼女のことを慕っている。


「ほーほー」

 それは大事だ、とヴェルも頷く。


「あ、ここです。この宝石店がケイティさんのお店なんですよ。ケイティさん、こんにちは」

 既に開店しているのを確認すると、イオリは店の中に入っていく。


「ん? あら、イオリじゃない。今日は作業はお休みなのかしら? それに、なんだか見たことのないお連れさんが一緒なのね」

 来訪を告げる鈴の音につられるように顔を上げてイオリに気づいたケイティは質問と同時に、ヴェルの存在に気づいてひらひらと軽く手を振ってみる。


「ほー」

 それに対して、ヴェルは右羽を振り返して見せる。


「あら、可愛い!」

 まさか、振り返してくれるとは思っていなかったため、ヴェルの反応にケイティは口元に手をあてて打ち震えてしまう。


「ふふっ、紹介しますね。こちらは昨日から一緒にいてくれているフクロウのヴェルさんです。私の言葉をすごく理解してくれていて、頭のいい方なんですよ」

「くるるー」

 イオリの挨拶に促されるように、よろしくと、ヴェルが頭を下げていく。


「……本当に頭がいいようね。私はケイティ、イオリとはお友達よ。よろしくね」

 ヴェルの反応に感激したように近づいてきたケイティはフクロウのヴェルに対して優しい口調でそう言ってほほ笑む。


 仲良くしたいと思った二人はそのまま手と羽で握手をかわす。互いに相手のことを気に入ったようだった。


「それで、今日はどうしたのかしら? なにか困ったことでもあったの? 家のことでなにか問題でも?」

 昨日の今日で宝石を売りに来たということもないだろうと考えて、こんな質問を投げかける。

 もし困っていることがあれば、力になろうと考えているゆえの発言である。


「いえいえ、おうちを自分の手で直していくのはすごく楽しいですし、すごくやりがいがあってすごく幸せです! あ、でもちょっと気になることが……」

「なにかしら? なんでも言ってちょうだい」

 家を紹介したのはケイティであるため、なにか問題があれば彼女にも責任があると自身で考えていた。


「えっと、あの工房を一緒に見たと思うんですけど、地下への入り口が隠されていて」

「地下? へえ、上の部分だけでもだいぶ広かったけれど、そんな場所もあったのね」

 どこか落ち着きのないイオリを意外そうに見ながらケイティは頬に手を当てて感心したような顔をしている。


 空間魔法によって建物部分はかなり広くなっているため、あれ以上にスペースがあるのはかなり便利である。


「で、その地下部分が上の建物部分よりもずっとずっと広くて、そこにヴェルさんの卵があったんです」


 ここまで聞いて、訝しげな顔をしたケイティは首を傾げる。


「あの家には私たちより前には長いこと立ちいってないはずよ。持ち主は権利と鍵を譲り受けただけで、中には入らなかったって、その前の人も所有していただけって聞いているわ」

「そう、ですね。かなり汚れていましたから、恐らく何代も誰も入っていなかったのだと思います……」


 つまり、イオリが入るまで何十年、へたすれば何百年という長い間建物は放置されていたことになる。

 思い返してみると、埃がかなり堆積していた建物の中は足跡があった形跡すら確認できなかった。


「ということは、ヴェルさんもずっとずっとそのまま放置されていた、ということなんでしょうか?」

「うーーーーん、そこなのよねえ。そんなに長い間、卵が放置されていて無事なんてことがあるのかしら?」


 二人揃って腕を組んで考え込んでしまう。

 ヴェルは悩んでいる二人をみてのんびりと首をかしげている。


「……その地下室になにか特別なものがあるのかもしれないわね。今日の仕事が終わったら行ってもいいかしら?」

 考えていても始まらないと思ったケイティは自分の目で確認したいと考えていた。


「もちろんです! あっ、もしよければ灯りを持ってきてもらってもいいでしょうか? かなり広いんですけど、地下に灯りがなくて真っ暗なんです。私の持っているものだと、光量が少し足らなくて」

 昨日のことを思い出してみると、端が見えないほどの広さで灯りで照らすこともできなかった。

しかし、彼女が持っている灯りは部屋用の小さなランプと、灯りの魔道具が一つだけである。


「そんなに広いのね……わかったわ、いくつか用意していくわね。そのほかに必要なものはある?」

 この機会に色々なものを買って行こうとケイティは考えており、サラサラと近くにあったメモ用紙に書いている。


「そ、そうですね。家具はこれから作ろうと思っているので問題はなくて、修繕も自分でやるので……あ、ヴェルさん用の小さなベッドと、私が使えるマットや毛布があれば素敵だと思います」

 なるべく高価ではなく、かつ必要と思えるものをイオリはピックアップしていく。

 ケイティにお願いをすると話が早いが、想像以上の結果が帰ってくることが多いので、遠慮してしまうのだ。


「なるほどね……わかったわ。色々用意していくわね」

「は、はい、ありがとうございます」

 ニコリとケイティが笑顔になったことで、なにかイオリは不穏な空気を感じていたが、悪いことはしないだろうとぎこちない笑顔で感謝の言葉を述べるに留まった。

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