第15話
それから、イオリは世話になった宿に軽く挨拶をしてから街で買い物をしていく。
材木を買い足していき、それ以外に今後店舗として運営していく際の展示台や、工房で使えるガッチリとしたテーブルなどを調べていく。
まだ商品になるものはないが、今後色々なものを作っていくなかで、いずれ販売もしていきたいと考えている。
それには、色々な商品を陳列しても壊れないようなしっかりとした棚がいくつも必要となる。
イオリの創造スキルを用いてもまだ自分で作るのは難しいため、プロの作ったもののなかで検討する予定だった。
「……ベッドは、今のでいいですかね」
少々、どころではなく、簡易ベットは結構ぼろかったが、マットなどを使えば十分使えるという判断である。
元々貴族の娘ではあるが、それでもあまりいい扱いを受けてこなかったので、このあたりのこだわりは少ない。
「あとは、食材を仕入れないと……あぁ、キッチン道具も買っておきましょう」
まだまだ必要なものがあることを思い出して、食材を仕入れ、更にはキッチン道具に屋外の掃除用具、食器などを用意していく。
「ふう、たくさん買いましたね」
「ほー」
選ぶだけで、荷物のほとんどはマジックバッグに収納してあるため、来た時と同じ形で家に帰れているが、それでも慣れない場所での買い物にはかなり疲労感があった。
ヴェルもそんなイオリを気遣うようにすり寄った。
「ふふっ、大変でしたけど、美味しいお店があってよかったです」
ヴェルのやさしさに笑顔になったイオリの手には焼き鳥の串があった。
太めの串に刺さっている鶏肉もサイズが大きめである。
甘辛いタレがかかっており、とてもジューシーだった。
「うーん、すごく美味しいですね。ソースに深みがあって、熟成されています」
近くにあったベンチに腰掛けながら焼き鳥串を口にしたイオリは、スパイシーでフルーティーさもあるソースのことを気に入っていた。
「ほほー!」
イオリの隣に置かれた皿にのせられた小さくカットした鶏肉をヴェルもついばんでいる。
産まれたばかりではあるが食欲はしっかりとあり、イオリ同様舌鼓をうっていた。
「この街は美味しいお店がたくさんあってよかったです」
とりあえず四本ほど購入して、イオリが三本、ヴェルが一本食べているが、二人とも満足いく量である。
「色々買うことができましたし、家に戻りましょう。色々と修繕の続き、それから基本的な家具をいくつか用意していきますよ」
「ほー!」
少しずつ街にある店を覚えたイオリたちは満足しながら家路につく。
二人のことを街も受け入れてくれている――そんな風に感じていた。
家に戻ると、早速イオリは家の外壁の修繕を行っていく。
カンカンとハンマーが釘を打つ音が周囲に響き渡る。
ヴェルはそれを少し離れた場所で見守っていた。
最初は近くでみていたが、木くずがとんでくる危険性をイオリに指摘されて、少し残念そうではあったが、安全を考えたうえでの位置取りだった。
「これで壊れている壁はなんとかなりましたね」
木製の経年劣化で壊れている壁部分は、板を引きはがして新しく切り出した木材で壁を作り上げていた。
カラーリングがまだであるため、色合いは浮いてしまっているがそれもこれから塗装をしていく予定である。
「魔法ペンキはあとで作るとして、あとは家の中の壊れた場所ですが……」
掃除をしてしまえば、ほとんど綺麗なままではあったが、唯一例の地下への入り口の蓋が衝突した壁だけは壊れてしまっている。
「あそこは土壁だったので、土をとってこないと……あとでいい場所を聞くことにしましょう」
このあたりでいい土をとってこられる場所がどこにあるか考えを巡らせるが、それについてもケイティに質問しようと結論づけて家に入ろうとして、扉に手をかける。
「イオリ」
ちょうどそんなことを思っていると、ケイティが人を数人連れてやってきた。
「あ、ケイティさん! あと、お友達、でしょうか?」
初めて見る顔であるため、少し不安そうな顔をしたイオリは首を傾げてそんな風に質問する。
「ふふっ、違うわよ。ほら、言ったじゃない。店が終わったら必要なものを持ってくるってね。みんな遠くまでありがとう、中に運び込んでもらえるかしら?」
ケイティが声をかけると、静かに頷いた男たちが荷車を家の前に運んでいく。
その上にはベッドにマットに毛布、そして小型のベッドも乗っている。
普通のベッドは想定外だったが、それ以外は頼んでいたとおりのものである。
ただ、気になるのは荷車は一台だけではなく、全部で三台やってきていたことだった。
「あ、あの、小型ベッドはお願いしていたとおりなのですが、あの大きいのは?」
「あぁ、あれ? あれはもちろんイオリのものよ。せっかくマットや毛布を新しいものにするのだから、ベッドも新調したほうがいいと思っただけよ」
戸惑うイオリを尻目にケイティはしれっと気軽にそういうが、しっかりとした素材が使われており、デザインもされているそのベッドはそれなりの値段がしそうであった。
「あ、えっと、入ってすぐの部屋に置いてもらえれば大丈夫です。移動はあとで自分でできますので……」
まだ手に入れたばかりで、補修をしている最中であるため、あまりずかずか人に入ってもらいたくなかったイオリは、申し訳なさそうにそう言った。
しかし、男性たちは本当にいいのか? とケイティに視線で確認する。
「イオリがそう言うのなら、それでお願い。彼女は考えなしにそんなことを言う子ではないから安心して」
ケイティが納得するのであればよいと思っている男たちは指示にしたがってベッドを入ってすぐの店舗スペースに搬入していく。
「これで一つ目の荷車は終わりね。次は……」
別の荷車の荷物が中に運び込まれていく。
「あ、あのアレって灯りの魔道具ですか? 確かにお願いしましたけど、数がちょっと……」
多すぎるのでは? と聞こうとしたところで、業者の男性から質問が飛んでくる。
「あの、これも全部最初の部屋でいいんですか?」
「あ、はい! そこでお願いします! ……あれ?」
慌てて答えてから振り返ると、そこにはケイティの姿がない。
「ふふっ、ヴェル君はかわいいわ。外で放してあるのに逃げたりはしないのね」
イオリが探していた彼女は離れた場所にとまっているヴェルに声をかけていた。
彼はイオリに懐いており、彼女のもとを離れるつもりはないように見える。
今もケイティが近づいてきても不用意に動こうとはしない。
「ほー」
それを体現するかのように、ヴェルはくちばしでイオリを指した。
「なるほど、彼女とともにいる、ということなのね」
「ほー」
そのとおりだ、と頷く。
「あ、ケイティさん。離れないで下さいよ! それより、これはどういうことなんですか!」
慌てたようにイオリが駆け寄ってケイティに詰め寄る。
灯りはランプではなく、全て魔道具であり、かなりの数が用意されている。
それだけでなく、もう一台荷車が来ているとなれば、それ以上のものが待ち構えていることは明らかで、それらについて聞きたいことがたくさんあった。
「ふふっ、君のご主人様に呼ばれてるようだから、行くわね。またゆっくり話しましょ。イオリ、それは私からのプレゼントだから気にしなくていいのよ。もう一台のほうも色々持ってきたから一緒に確認してくれるかしら」
機嫌よく振り返ったケイティは悪びれる様子など一ミリもなく、優雅に笑ってそんな風に言った。
「ほー……」
悪い人物ではない。
そして、イオリのことを思ってくれている。ならば、黙って見守ろう――ヴェルは笑うケイティとちょっと不満そうにしているイオリを見てそう納得していた。
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