第30話


「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 急いでイオリが走って戻ると、そこにはまだ多くの人々が集まっていた。


 本来であれば医療施設に連れていったほうがいいのだが、緊急を要するため、この場所に簡易ベッドなどを設置して簡易治療スペースを作成していた。


「ちょ、ちょっと通して下さい!」

 なんとかハイポーションを届けようと人混みを塗っていこうとするが、いかんせん彼女は子どもであり、大人が集まって壁になっていては通り抜けることができずにいる。


「――こ、困りましたね……」

 このままでは手遅れになってしまうかもしれない。

 しかし、イオリの子どもの身体ではこの人の壁を突破するのは難しい。


 そんなことを考えていると、ヴェルがイオリの肩を離れて飛び上がった。


「ほおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ヴェルは勇ましい表情をしたと思うと、翼を大きく広げ、渾身全力最大の力を込めて大きな声を放つ。


 全員の視線が声の主へと集中していく。


「がうーーんっ!!!」

 加えて、地上ではアルグロウがひと吠えし、彼の姿に驚いた人混みが壁を左右にわかれさせていく。


「ふるー!」

「わ、わわわ!」

 更に、今度は一緒についてきたマイアがぷくーっと膨らむと、その柔らかい身体でイオリを持ち上げて目立たせることで人に避けさせることに成功していた。


「あ、あはは、みんなすごいですね……」

 まるで神輿に乗せられたように進むイオリは、彼らが助けるためとはいえ、衆人環視の中進むことにちょっとした罪悪感を感じ、乾いた笑いを浮かべてしまう。


「イオリ!」

「イオリさん!」

 色々ありながらも冒険者たちの傍に行くと、そこには見知った二人の顔があった。


「ケイティさん、ミルダリアさん!」


 イオリに気づいて驚きながらも笑顔を見せるケイティは街の顔役として、色々な指示を出していた。

 そして、忙しそうに動いているミルダリアはポーションを用意して持ってきているようだ。


 二人とも突然現れたイオリに驚いているようだった。


「イオリ、どうしたの? 今はちょっと忙しくてあなたと話していられないのだけれど……」

 ケイティはイオリの話を聞いてあげたいと思いつつも、各所への指示を出さなければならない状況だった。


「このポーションを飲んで下さい」

 最初はイオリのほうを一瞬だけ見ていたミルダリアも今では怪我人になんとか持ってきたポーションを飲ませて、手当てをして、と忙しそうだった。


「あの! 私もポーションを持ってきました。効果が高いはずなので使って下さい!」

 イオリがハイポーション(強)を一つ取り出すが、ケイティもミルダリアも困った表情になってしまう。


 彼女たちからしてみれば、イオリは錬金術師としての実績がなく、本当にこれが効果のあるものなのか信憑性がなかった。


「気持ちは嬉しいのだけれど、あなたはお店もまだ開いていないし……」

 なんとかケイティが振り絞って出した言葉は、イオリを受け入れるものではなかった。


 これまでずっと信頼しあって、協力してくれた彼女の反応にイオリは悲しくなってしまう。

 それ以上に、自分自身がなんの力も持たない十二歳の子どもであることを思い知らされたようでとても悲しかった。


 しかし、こんなことで折れるイオリではない。


「わかりました。それならこのポーションの効果を今見せますね!」

 ぐっといろんな思いを噛み殺したイオリはマジックバッグの中からナイフを取り出すと、それを自らの手に突き立てた。


「な!?」

「きゃあっ!?」

 まさかの行動にケイティとミルダリアは驚いてしまう。

 この慌ただしい中では彼女たちの声はかき消されていたため、騒ぎにはなっていない。


「見ていて下さいね。私の左手はナイフによって傷つきました。ここに、これをかけます……」

 自分でやっていたこととはいえ深く突き刺さったナイフは相当の痛みをもたらしている。

 痛みをこらえ、額に玉のような汗を浮かべながら、それでもポーションの効果を示そうとなんとか気合をいれて自らの傷口にポーションをふりかけていく。


「…………これでどうでしょうか?」

 すると、確かにナイフは彼女の手を傷つけたはずだったのに、今は傷一つなくなっている。

 流れていた血もポーションによって洗い流されていた。


 瞬時に効果を表すポーションというのはとても珍しく、彼女たちは目の前のイオリの肌をじっと凝視していた。


「こ、こんなすごい効果が……」

「こ、これは、本当にポーションなのですか?」

 信じられない結果に二人は事実を受け入れられずにいる。


「ばっかもん! その子のポーションは本物じゃ! さっさと冒険者にぶっかるんじゃ!」

「お、おばあちゃん……」


 唾を飛ばさんばかりに叱責しながらそこに現れたのはミルダリアによく似たダークエルフの女性だった。

 言葉遣いは年寄りのそれだったが、見た目はダークエルフらしく若々しさを保っており二十代後半に見える。


「錬金術師のあたしがこの子のポーションの信憑性を請け負うよ。わかったらさっさとせんか! ――お嬢さん、バカ二人が申し訳なかったね。あんたの作ったものはあたしの何十倍もの効果があるようだ。是非、提供してもらいたい。もちろん報酬は別途用意させてもらうよ」

「は、はい、これでよければ使って下さい」

 言い聞かせるようにケイティとミルダリアにそう言ったミルダリアの祖母は真剣な表情になるとイオリに丁寧に申し出る。

 突然認められて驚きながらも急いでイオリは自分が使った一本を除く十九本をマジックバッグから取り出していく。


「あと、あの使うかわかりませんが、一応マジックポーションも用意してみました」

「……もしや、これも?」

 ミルダリアの祖母の確認に、真剣な表情のイオリは無言で頷いた。


 つまり、こちらも通常のものよりも効果が高いということを確認しあっていた。


「ありがたい、魔力ぎれを起こしている治癒士と冒険者に飲ませなきゃね。あんたは疲れているようだから、少し休んでいなさい」

 嬉しそうに表情を緩ませた彼女は大事そうにマジックポーションを抱えると、近くにいた手の空いている人物に数本渡して指示を出していく。


「――よかった……」

 それだけ呟くと、ほっと力が抜けたイオリはよろよろと壁際に移動してそのまま座り込んだ。


 全力疾走の移動や急ごしらえのポーション作成、慣れていない人壁を乗り越えること、自分の実力を信じてもらうための説得にひどく疲れ、それら全てを乗り越えたところでドッと襲いかかっていた。


「ほー」

「ふるー」

「がう」

 すると、彼女を心配した三人も集まってくる。

 彼女が突然自分を傷つけても、訳があるのだろうと彼らは温かく見守ってくれていた。


「し、心配いりませんよ……ちょっと準備したり走ったり色々急いだので疲れてしまっただけですから……」

 三人の顔を順番にへにゃりとした表情で見てそう言うイオリの顔は少々青くなっていた。

 疲労しているところに、先ほどの出血がよくなかったようだ。


「す、すみません……ちょっと、休ませて下さいね……」

 そう言って目を閉じると、イオリはそのまま眠りについていく。


 ゆっくりと力が抜けたイオリの身体が倒れそうになるが、アルグロウがすぐに支えに入る。

 マイアはイオリの身体の下に滑りこんでから、ゆっくりと身体を膨らませてクッション代わりになっている。

 ヴェルはそんなイオリの顔に羽でそよ風を送っていた。


 この光景を見た者たちの心には同じ言葉が浮かんでいた……。


『尊い』

 突然現れたイオリたちに驚いていた人たちも、優しい情景に荒れた心が落ち着いていくのを感じていた。

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