第31話
この場での治療がしばらく続いたが、怪我の応急処置がひと段落したところで怪我人たちは治療院へと運ばれていった。
「……全く、この小さな身体でとんでもないことをやってくれたわね」
「えぇ……あんなに効果の高いポーションを持ってきたのは驚きました」
魔物たちに守られながらすやすやと眠っているイオリを見て、ケイティとミルダリアは呆れながらも感心していた。
「――お前たち、この子のことをしっかり守ってやるんじゃよ?」
ミルダリアの祖母は真剣な表情でイオリを見ながらそう言う。
幼い子供であるイオリの持つ力を殺さないようにと切に願っているようだった。
「ドルウィンさん、今日は助かりました。ありがとうございます」
「おばあちゃん……ありがとうね」
ドルウィンの接近に気づいた二人はハッとしたように深く彼女へ頭を下げて感謝の意を述べる。
彼女が助言してくれなければ、イオリのことはただの邪魔者扱いするところだったのだ。
「あたしは大したことはしてやしないよ。それよりもこの子じゃよ。この子の持ってきたポーションは恐らくハイポーション、その中でもかなり効果の高いもの……」
「「ハイポーション!?」」
ドルウィンの説明を聞いた二人は、声をそろえて驚いている。
ハイポーションとは、今はそのレシピが失われており、時折ダンジョンなどで見つかる以外には貴族がいざという時のために保存している程度しかない。
それを製作できるものはもはやこの世界にはいないといっていい。
そんなハイポーションを作れるのがイオリだとわかったら、彼女は実家にいた時よりももっと大変な思いをするだろうことは二人の想像に難くなかった。
「……そういうことじゃよ。それを作れるとなったら、この子はきっと争いに巻き込まれてしまうじゃろう――大人が守ってやらないでどうするんじゃ?」
硬い表情のままそう語るドルウィンに、二人はイオリの寝顔を見ながら真剣な表情で深く頷いていた。
「……う、ううん」
そのタイミングでイオリが目を覚ます。
「ええっと……?」
ぼんやりと寝ぼけまなこで周囲を見回しているイオリは状況を理解しようと思考を巡らせていく。
「ヴェルさん、ありがとうございます」
「ほー」
まずヴェルが風を送ってくれていて気持ちいいことに気づき、ふにゃりと笑って風のほうを見ると羽根を休ませたヴェルが優しく鳴いて近づく。
「アルさん、支えてくれてありがとうございます」
「がう」
それからアルグロウがイオリを倒れないように支えてくれていたことに気づく。
ふかふかの毛皮を優しく撫でながら笑うイオリに、嬉しそうにアルグロウは一鳴きした。
「わ、わわわ!」
次の瞬間、マイアがにゅるりと身体の下から出て来たことに驚く。
きゅぽんと隙間から出てきたマイアは楽しそうに身体をぷるぷる揺らしてイオリの肩に乗ると頬をすり寄せている。
「マ、マイアさん! もしかして……身体の下に?」
「ふる」
イオリの質問にその通りだと返事をする。
(どおりで、ひんやりとして気持ちよかったんですよね……)
「マイアさんもありがとうございました。みなさんのおかげでゆっくり休めました」
「ふるー!」
少し寝て元気になったイオリは笑顔で三人へとお礼を言う。
次に彼女は、立ち上がってケイティたちを見る。
「怪我をしていたみなさんはどうなったんですか?」
優しく自分を見ている彼女たちと周りを見回し、人混みがなくなり、穏やかさを取り戻した周囲を見てイオリは問いかけた。
これが彼女の最大の関心事だった。
「イオリの持って来てくれたポーションのおかげでみんな助かったわ。本当にありがとう――そして最初は疑ってごめんなさい」
「私もごめんなさい」
申し訳なさそうな顔をしたケイティとミルダリアという大人二人が頭を下げている。
普段の彼女たちならばイオリのことを無下にすることはなかったかもしれないが、非常事態といってもいい状況でケイティたちも余裕がなかったようだ。
「い、いえいえ、反対の立場だったとしても子どもが急に持ってきたものを信じられないと思いますので、大丈夫です。最終的に使ってもらえたみたいですからね……」
ふにゃりと笑顔になって、そこまで言ったところでイオリはもう一人この場にいるダークエルフの存在に気づく。
「えっと、そちらの方は確か私のポーションのことを推してくれた……」
「あぁ、ミルダリアの祖母のドルウィンじゃよ。こう見えて三百歳を超えておる」
「ふえええっ!?」
若い見た目に反して三百歳を超えているというまさかのギャップにイオリは驚いてしまう。
「お、驚いてごめんなさい。私の名前はイオリといいます」
ハッと口元を押さえたイオリは失礼な態度をとってしまったと申し訳なく思い、頭を下げる。
すぐに謝ることができた彼女にドルウィンは笑顔になる。
「ふむ、しかし気になるのはあれじゃな。イオリさんは何者なんじゃ? あれだけ効力の高いポーションを持っているとは……」
不思議なものを見るようにドルウィンはただ者ではないと、イオリに質問を投げかけた。
「うーん、なにもの、と言われると少々困ってしまいますが……えっと、製作者見習いといったところでしょうか? ポーション以外にも色々とモノ作りはしています。お店も出したいと思っていて、今回のポーションも商品として並べようかと思っていて……ひゃっ!」
そこまで言ったところで、ドルウィンがイオリにぐぐっと顔を近づける。
「ふむ、店かね。許可はもう申請してあるのかい?」
この問いかけに苦笑気味のイオリは首を横に振った。
まだ商品を準備している段階であり、それがひと段落したら行こうと考えていた。
「なるほどね、それじゃあたりのほうで処理をしておこうじゃないか。こうみえて商業ギルドには顔がきくからね。それ以外にも困ったことがあったら言うといいよ」
イオリに頼まれればなんでもしようと思うくらいには、ドルウィンは彼女のことを気に入っているようだった。
「あ、ありがとうございます。まずは商品を揃えないとなんですが……」
そのためのポーションは今日ふるまってしまったことを思い出す。
「あ、あの! ポーションの瓶売ってもらえませんか? 買った分を全部出してしまったので……」
材料はあっても、いれる瓶がなければ販売することができないため、先ほど世話になったミルダリアに頼んでみる。
だが彼女は困ったように笑った。
「うーん、今日渡した分で在庫は全てなんですよ」
この答えにイオリはガックリと肩を落としてしまう。
「なんだいなんだい、あれだけのことをしてくれた子に報いることができないのかい? イオリさん、いいかい? 明日までには色々と話をつけて用意するから、家で待っておいで。案内はケイティ、あんたにさせればいいね?」
「は、はい、大丈夫です!」
その問いかけにケイティは背筋を伸ばして返事をする。
どうやらあちこちに顔が利くケイティでも、ドルウィンには頭があがらないようで完全におされておとなしく返事をしている。
「ほら、ミルも行くよ。色々とやらなきゃならないことがあるんだ。あんたたちにも手伝ってもらうよ!」
「はい!」
「はあい、イオリさんまたね」
緊張気味のケイティとのんびり返事をしたミルダリアはイオリに手を振って、ドルウィンのあとについていく。
「とりあえず……帰りましょうか」
ゆっくり眠ったとはいえ、やはり身体には疲れが残っているため、イオリはベッドで休みたいと家へとヴェルたちと一緒に帰ることにした。
家についたイオリたちは簡単に料理をすませると、早々に眠りにつく。
自分の作ったもので人を助けることができた思い出を胸に、イオリは良い夢を見ることができた。
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