第32話
翌朝
「――イオリ、イオリー!」
彼女の家を訪ねて来たのはケイティだった。
笑顔の彼女は玄関で大きな声を出してイオリを呼んでいる。
「はいはーい、今でまーす!」
朝食の洗い物をマイヤとともにしていたイオリは声に気づくと慌てて手を拭き、入り口に向かって行く。
「――ケイティさん、それからドルウィンさん。いらっしゃいませ、なにもないところですがどうぞ中に入って下さい」
来訪者の正体に気づいたイオリは扉を大きく開け、笑顔で二人のことを歓迎する。
「へえ、綺麗にしてるんじゃねえ。だいぶ古い建物だと思っていたけど……」
先に入ってきたドルウィンは、綺麗に掃除されている部屋を見て感心している。
「イオリの掃除技術は目を見張るものがあるわね……」
改めて確認したケイティも、同じような感想を持ったようで、あちこち見ながら自分が最初に紹介した時と雰囲気が変わっていることに驚いていた。
「お茶を用意するのでちょっと待っていて下さい!」
「ちょっとお待ち。用事を済ませたらすぐに戻る予定だから、話を聞いてもらってもいいかい?」
ケイティたちのお茶を用意しようとしていた彼女のことをドルウィンが引き留める。
「は、はい……なんでしょうか」
真剣な空気が漂っているのを感じ取ったイオリは神妙な顔で足を止め、緊張をにじませた表情で戻ってくる。
そんな空気を感じ取ったのは、ケイティがいつものような笑顔をしておらず、どこか表情が堅いことも関係していた。
「――イオリ、あなたには昨日の件に対しての報酬が支払われることになったわ。あなたが持って来てくれたポーションのおかげで多くの死に向かう冒険者を救うことができたの。それに、マジックポーションのおかげで治癒士も魔力切れを起こさずにたくさん治療をすることができた、ってみんな口々にお礼を言っていたわよ」
ケイティがふっと小さく微笑みながら、昨日の光景のことを脳裏に浮かべて話す。
大きな怪我に対する治療のほとんどがイオリのポーションがあったおかげであり、多くの人間の感謝の思いを抱えてケイティはここに来ている。
「冒険者ギルドからは、これを……よいしょっと」
そう言うと、ケイティは自分のマジックバッグからテーブルの上にドサリと袋を置いた。
パンパンに膨れた袋の中には恐らく硬貨が入ってるらしき金属の擦れる音が聞こえてきた。
「それから、冒険者たちからはこれを――んしょっと」
再度カバンをゴソゴソとしていたケイティが、もう一つ別の袋を置く。
こちらも最初の袋と同じくらい大量の硬貨が入っているのがわかる。
「……えっ?」
どちらもかなりの重量であるのは、ケイティが掛け声かけながら力を込めて持ち上げていることからもわかる。
なぜ、これほどの金が自分のもとに届けられたのかイオリは理解できず驚いている。
「なにも驚くことはないわ。あなたは少なくとも数十人の命を救ったのよ? これくらいの報酬は当然だわ。次に、これは私たちから」
困ったように笑いながら、ケイティは入り口の扉を開けてパンパンと手を叩いた。
すると、前回も荷物を運んでくれた筋肉質な男性が大きな箱を持って次々と中へと入ってくる。
「ここでいいすか?」
「は、はい」
なにが入っているのかわからないが、最初入ってきた男からの質問にイオリは気圧されながら反射的に返事をしてしまう。
そして、男たちがかわるがわる来たかと思うと、五つの箱が部屋の中に置かれていた。
「説明しておくと、三つの箱にはポーション用の容器が入っているわ。昨日のあなたの要望に応えたものね」
「ええっ!?」
てっきり使った分しか来ないと思っていたイオリはそう聞くと、慌てて箱の蓋をあける。
五つのうち、三つの箱の中には新品の綺麗な容器が、一つにつき五十個ほど入ってた。
つまり、百五十個入っていることになる。
「四つ目の箱には薬草類を詰めてきたわ」
今回使ったポーションの数以上の材料が詰め込まれている。
あれだけのポーションを作れるイオリならば、材料がどれだけあっても困るものではないだろうと用意したものだった。
「それから、最後の一つは……」
その一つだけサイズが小さく、ケイティがゆっくりと蓋をあけていく。
「これは?」
そこには数枚の用紙と、賞状のようなもの、そして小さなバッジのようなものが入っていた。
「一枚はこの土地の権利書、一枚は建物の権利書、一枚は開店許可証、一枚はギルドからの感謝状、最後の一枚が国からの表彰状――それと勲章ね」
ケイティによって一気に説明されるが、イオリはどんな反応をするのが正解なのかわからず、頭がパンクしそうになっている。
「ふふっ、まあそんな反応になるわよね。一つずつ説明させて? まず、土地の権利書と建物の権利書はあなたが買ったこの建物と土地部分のものね。完全にあなた所有のものになったという証拠なので、絶対になくさないように」
「は、はい」
確かにこれがなくなってしまえば、この場所にいられなくなるかもしれない――そう考えるとイオリはそれを大事そうに受け取る。
「次に開店許可証は、私とミルダリアとドルウィンさんの三人であなたのためにとってきたの。あなたの腕前が一流なのはわかっているし、今回の一件で証明もされたからね。あなたの希望を先に叶えるために用意してきたの」
「あ、ありがとうございます!」
まさか、このような形で店を開く許可を得られるとは思っていなかったため、イオリは戸惑いつつ感謝する。
「それから冒険者ギルドから、あなたのおかげで多くの有望な冒険者の命が救われたってことで感謝状が送られることになったそうよ。でもって、こちらは王国から今回の功績を表彰されたみたい。勲章もその一貫ね」
最後がやや駆け足になっているため、イオリは再び疑問を抱えて首を傾げてしまう。
「あの、百歩譲って冒険者ギルドのほうはわかるのですが、……国、ですか?」
自分にできることを考え、お節介に近い形で押し付けたポーションだったため、イオリは自分が表彰されるほどのことをしたとは思っていない。
加えて、表彰されるとしてもたった一日で決まることなのかと疑問に思っている。
「ほっほっほ、構うことないよ。あんたがやったことはそれほどのことってことじゃ。あまりにとんでもないことをしたから、あたしのほうでギルドマスターと王にちょっと声をかけたんじゃよ」
なんてことないようにあっさりというドルウィンだが、そんな立場の二人に意見することができ、さらにその意見が聞き入れられている。
そんな彼女がいったい何者なのかとイオリの疑問は更に深まっていた。
「ふふっ、きっとイオリはこう考えているんでしょ? このドルウィンという人はなんでそんなに権力者に通じているのか? って。その理由はね……ギルマスも王様も、ドルウィンさんが初恋の人なのよ」
クスクス楽しそうに笑ってそう言ったケイティは、ドルウィンを知る人ならば誰もが知っているエピソードを語りながらニヤリと笑った。
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