第33話


「はあ、そういうことなんだよ。あたしみたいな年寄りのどこがいいのやら」

 心底呆れているという風に、ドルウィンはため息をつきながらやれやれと首を大きく横に振っていた。


「そ、それは、惚れた弱みというやつでしょうか?」

 まさかの話を聞いて、ドキドキ緊張しながらイオリは驚きつつ、そんなことを口にする。


「ははっ、面白いことを言う子じゃの。まあ、そんなところなんだろうさ。二人とも結婚して子どもがいる今になっても、あたしの話はよく聞いてくれるんじゃ。なんにせよもらっといて悪いもんじゃないから、とりあえず受け取ってくれると助かるよ」

 テーブルの上に並べられた感謝状と表彰状、そして勲章を指さしてふっと優しく笑ったドルウィンが言う。


「……わかりました」

 今は貴族という立場を捨てた、というより追放された身であるため、王族や貴族と関わりたくないと思っていたが、こう言われては受け取らないわけにもいかず、イオリはそっと箱に戻して受け取ることにした。


「それじゃ、私たちはこれで帰るわね。お店の名前と開店日が決まったら、また教えてちょうだい」

「うむうむ、盛大にお祝いをもってこようじゃないのさ」

 笑顔の二人はそう言い残して店をあとにした。


「――開店、かあ。なんだか遠いようで、近くなりましたね」

 二人がいなくなって静かになった家でぽつりとつぶやく。


 イオリが売り物にできるのは、今はポーションだけである。

 それも在庫は潤沢にあるわけではない上に、素材を集める必要もあるためすぐに店の体を成せるとは思っていない。


 それでも……。


「……お店、本当にできるんですね!!」

 その事実は彼女の内から喜びをこみあげさせる。

 これまでずっと好きにモノづくりをして自分だけのお店を作るのが夢だったイオリにとって、これは渡りに船だった。


「やったー!」

「ほー!」

「ふるー!」

「がう!」

 飛び切りの笑顔で万歳をするように腕を広げたイオリが喜んでいるため、他の三人も嬉しくなって声をあげる。

 ヴェルは彼女の周囲をくるくる飛び回り、マイヤはぴょんぴょん跳ね、アルグロウは彼女の足元をくるくる走り回っていた。


 確実に開店に近づいていることは、彼女が完全に独立した一人として生活をする一歩を踏み出したことを表していた。


「――あ、そうそう。イオリが今回提供してくれたポーションだけど、あれは売り物にしないほうがいいわ。ちょっと効果が強すぎて、おかしなやつらから目をつけられかねないからね。それじゃあね」

 言い忘れた、とケイティが戻ってきてそんな風に声をかけるが、はしゃいでいるイオリたちを見てクスリと笑って手を振ってまたいなくなった。。


 四人はポーズを決めている状態を見られてしまったため、固まっている。


「……そ、それでは、開店に向けて商品の充実を目指していきましょうか」

 その恥ずかしさをなんとか消すように、もぞもぞと服の裾をつかんだイオリは気持ちを無理やり切り替えながら工房へと移動していく。その頬は赤く染まっていた。


(ま、まさか見られているなんて思ってもみませんでした!)

 気合の入ったところを、思ってもみない見られ方をしてしまったため、いつもより足早な移動となる。





「開店に向けて色々と考えていかないとですね。内装に、外装に、ディスプレイ方法に、あとは……お店の名前を決めないとです! あとは、看板を用意して、素材集めを考えると店番さんとかいるといいんですけど……」

 色々考えなければならないことを頭に浮かべながらイオリはそう言って、仲間の三人を見るが、みな申し訳なさそうにすぐ首を横に振る。


(さすがにみんなに店番を任せるのは難しいですね……)

 魔物が店員ともなると、見た目で驚いてしまうだろうことは想像に難くない。

 人語によるコミュニケーションがとれないことでトラブルになる可能性がある。


「やっぱり誰か必要かもしれませんね……」

 うーんと困ったような顔で考え込むイオリを見て、三人はしょんぼりとしていた。


 魔物だけでなく、人手も必要になってくると考える。

 しかし、留守を頼める人物ともなると、それなりに信頼できる相手でなければならず人選が難しい。


「……ま、考えても仕方ありませんね。ひとまず今は工房を充実させていきましょう」

 すぐに解決しないことに頭を悩ませるよりも、できることからやっていこうとイオリは考えることをやめた。


 現在の工房はポーション作成スペースだけしか確保されていない。

 しかし、イオリが行う捜索は、木工、彫金、鍛冶、宝石加工、錬金術と多岐にわたる。

 そのため、様々な設備が必要だ。


「まずは、スペースの区分けから……」

 自分の作業する範囲を想像しながらイオリはチョークを取り出すと、それを使って大雑把なスペース分けをしていく。


「スペースが足りなくなったら地下も使いましょう。ただ、移動に関しては考えないと……あと、なぜあの扉がしまっていたら中の時間が止まっていたのかも考えなければ……」

 サクサクと地面にチョークを使って書きこんでいるイオリは、言葉では悩んでいる風であったが、その表情は笑顔で、目はキラキラと輝いていた。


 ここに至るまで、あっという間に時間が過ぎていた。

 それは家を飛び出してきた勢いで乗り切れた部分もある。

 そしてケイティをはじめとする大人たちの協力があったからでもある。


 だが、ここからはイオリがこの店の主人であり、ヴェル、マイア、アルグロウの主人である。

 いくら前世の記憶があろうと齢、十二歳ながら多くの責任を負うことになったイオリ。

 それでも不安は全くなく、自分の好きなようにやりたいことをやれる今を素晴らしいものと感じていた。


「それじゃみんな、作業にとりかかりますよ!」

 楽しいと思えるモノづくりをするためならば、環境を整えることですら楽しいと思えた。

 チョークで目印をつけ終わったイオリは気合の入った表情で立ち上がると、腕まくりをしてこれからの期待に満ちた未来を想像して思わず笑った。


 片づけ、荷物運び、疲労回復などなどそれぞれの得意分野で各自が行動していき、いよいよ本格的に内装に手が加わっていくこととなる。

 イオリが店を開く日も、近い……。


 彼女がここまでに作ったものは、効果は高いもののそこまで珍しいものではない。世界を探せば手に入らないことはないだろうというものである。


 しかしここから先、彼女は錬金術で作れるものにとどまらず、鍛冶、木工、彫金、魔道具、裁縫などなど多くのものを作っていくつもりである。


 その中には恐らく世界を探しても作れるものがいないほどの商品ができあがっていくはずであり、それを聞きつけた今はまだ見ぬ勇者、賢者、王、貴族などなどが彼女のもとへと商品を求めてやってくることとなるだろう。


 しかし、それはまだ少し先の未来であり、彼女自身はそんなことに巻き込まれていくことになるとはこれっぽっちも思っていない。


 今はとにかく、好き勝手に色々なものを作る『自由』が与えられていることが、なによりも彼女の幸せだった……。



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異世界でもモノ作りがしたいんです! 〜貴族の家に転生したけど、外で自由に生きていきます〜 かたなかじ @katanakaji

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