第7話


「これだけあれば、しばらくは素材には困らなそうです」

 ひとつひとつちゃんと品質が保たれているか丁寧に確認していくイオリ。

 

 それぞれがそれなり以上に量があるため、すぐになくなるようなことは考えられない。

 もし店舗が見つかって、色々なものを作って売りに出したとしても、当分の間は素材の仕入れを考えずとも問題なくまわるだけあった。


 そんなことを考えていると、ドアがノックされる。


『失礼します。宿のものですが、お風呂の使い方について説明に参りました』

 特別室にだけ用意されているお風呂。

 特別な魔道具を使用するため、それについて、恐らく声からすると受付女性の娘がやってきていた。


「どうぞ、鍵は開いているので入って下さい」

「失礼します…………?」

 ゆっくりとドアを開けて少女が入ってきた彼女は、視界の端で何かが大きく動いたのを見たような気がして首を傾げている。


「どうかされましたか? 特になにもなければお風呂の説明をお願いしたいのですが……」

「あっ……えっ、っと、そう、ですね。は、はい、それではこちらへどうぞ」

 イオリの言葉で、自分が何をしにきたのか思い出すことができた少女はお風呂場へと案内していく。


 テーブルなどの家具が端に避けられていたが、床にはなにもおかれていなかった。


(危なかったです。あれだけの素材を見たら驚いてしまいますよね)

 これが彼女の三つ目の特別なスキルによるものである。

 収納スキルで、特殊な収納空間へ自由自在にアイテムをしまうことができる。


 普段はマジックバッグを使うことで、この能力を誤魔化している。

 これは彼女の能力の中でも誰にでも恩恵をもたらしてしまうものであるための配慮である。


「えっと、こちらです」

 まだ先ほどの違和感が残りつつも、気のせいだったと判断した少女は案内をしてくれる。

 

 お風呂場はタイル張りになっており、水はけが良さそうだった。白系で統一された桶もいくつか置いてある。

 湯船らしきものと、その近くにボタンがいくつかあるのが見て取れた。


「まずは、ここのボタンを押すと水が湯船にたまっていきます。自動で止まりますので、そのあとはこちらの魔道具に魔力を流すと、適温まで温めてくれます。もしぬるい場合は魔道具が停止してから、再度魔力を流してみて下さい」

 イオリの家にも風呂はあり、魔道具で制御されていた。

 だが基本的に家の者が用意していたため、こういった温め方は初めてみるものだった。


「なるほど、これはとてもすごい技術ですね。水の量を把握するために、こちらにも魔道具が埋め込まれているのですね。ですが、確かにこれだと一般的には流通しづらいですね」


 魔導具は決して安価とはいえず、しかも風呂のためだけの魔道具ともなると一般の家庭で取り入れるのは難しい代物である。


「そうですね、うちの宿でもこの部屋だけに設置されているものです。大浴場もありますが、そちらは火を使って温めています」

 あくまでこの特別室だけに適用されている、特別仕様だと少女は語る。


「それは、なんともすごいですね……」

 まさか自分だけがそんな特別なものを使えるようになっているとは思ってもみなかったため、イオリは驚いている。


「はい、なのでうちの宿の一番のウリにもなっているんです! ゆっくりお湯につかって休んで頂ければと思います」

 基本の説明を終えた少女はにっこりと笑ってイオリにくつろいでほしいという。


「ありがとうございます。まさか、こんな素敵なお風呂が使えると思っていなかったので、すごく楽しみです」

 イオリの反応にさらに笑顔になった少女は、ぺこりと頭を下げると部屋を出て行った。


「説明していただいたのですし、お風呂に入らせてもらいましょう」

 ボタンを押してお湯の準備をしたイオリはまったりと湯船に浸かってここまでの疲れを癒やすこととなった。





 翌朝、身支度を整えてから下の食堂へと向かうイオリ。

 案内されたのは既に、先客がいるテーブルであった。


「イオリ、ちゃんと案内してもらったようね。よかったわ」

 そこにいたのは、宝石店の店主であるケイティだった。

 ゆっくりと紅茶を飲みながら優雅に座っている。


「ケイティさん! もう、すごく驚きましたよ。ケイティさんの名前を出したら、なんだかとんでもないお部屋に案内されてしまいました……」

 数日過ごして気づいたことだが、イオリに割り当てられた特別室は貴族の家でも見れないような品質の家具が並んでいて、貴族出身のイオリですら、恐縮してしまうほどいい部屋だった。


「あらそう? なんだか、まるで自分の部屋のように家具を寄せて使っていたような話を聞いたのだけれど……まあいいわ。それより、見つかったわよ」

「見つかった、とは?」

 ケイティの向かいに座ったイオリは、突然の言葉にきょとんとした顔で首を傾げてしまう。


「あなたが言っていたでしょ? 店舗兼おうちが欲しいって。それを見つけて来たのよ」

「えええっ!?」

 まさかこんなに早くに、目当ての物件を見つけてくるとは思ってもいなかったため、イオリは大きな声を出してしまう。


「はっ、す、すみません……」

 しかし、すぐに周囲に他の客がいることを思い出して声を小さくしながら謝罪をする。


「そ、それで、見つかったっていうのは、本当ですか?」

 そして、顔を赤くしたままながら、本題に話を切り替える。


「もちろんよ。だけど、みつかるまで思ったより少しだけ時間がかかったのと、このあたりからは少し離れているのが難点ね。まったく、私の腕も落ちたものだわ……」

 ケイティはため息をつきながらそんなことを口にするが、下手したら数週間は覚悟していたイオリは、彼女の手腕に驚いていた。


「そういえば、朝食に来たのでしょう? そう思ってモーニングセットを……来たわね。いいタイミングだわ」

 ちょうど話をしていたところでウエイトレスが持って来てくれたため、ケイティは機嫌よくパチンと指を鳴らす。


「ありがとうございます。昨日は寝る前に色々片づけをしたり、手入れを始めたら止まらなくて、お腹空いてたんですよね。すぐ食べられるなんてよかったです! それでは、いただきます」

 イオリは彼女の気遣いに感謝しつつ、手を合わせて挨拶をしてから食事に手をつけていく。


 朝食は、焼きたてのパンと焼いたベーコンと目玉焼き、それとシチューがついてきている。

 店内で丁寧に焼き上げられたパンは食べ放題になっており、注文すれば席まで届けてくれるシステムになっている。


「おいしいです!」

 昨日の夕食もそうだったが、一つ一つの料理のクオリティが高く、イオリは大満足で食べ進めていく。


「ふふっ、ここのシェフは各地で修業を積んだそうだからね。私もお気にいりで食事にだけきたりするのよ」

 既にケイティは食事を終えているのか、紅茶だけ飲んでいるが、ここが好きだという気持ちはイオリにも伝わっていた。





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