第8話


「それで、店舗のほうなのだけれど……早速行きましょうか」

 イオリが食事を終えたのを確認してから、ケイティが提案してくれる。


「はい、お願いします!」

 これから自分のための店が手に入るとあって、イオリの返事にもいっそうの元気がこもっている。


「ふふっ、いい返事ね。それじゃ私は少し宿の受付で話をしておくから、荷物を全部持ってきなさい」

「あ、大丈夫です。ご飯食べたら出かける予定だったので、荷物は全部持ってます!」

 そう言って、イオリはマジックバッグを軽くポンポンっと二回たたいて見せた。


「それはいいわね。じゃあ、外で待っていてくれるかしら?」

 ふっと柔らかく目を細めて優雅にほほ笑んだケイティは立ち上がる。

 宿に泊まれるよう手配をしてくれたのはケイティであり、それについて色々と話があった。


「わかりました」

 そのあたりの意図を組んだイオリは、素直に返事をすると宿から出て行った。


「うーん、気持ちのいい日ですね」

 イオリは外に出て少し入り口から歩くと人の往来をみながら、軽く伸びをして外の空気を大きく吸い込んでいく。


 本日の天気は晴天であり、涼やかな風がそよいでいるため比較的過ごしやすい日である。


「――なんだか、家にいたころと違ってすごく自由です……」

 誰に何を言われるでもなく、自分で自分の行動を決められる。

 そんな自由をかみしめたイオリは、眩しいものを見るかのように目を細めた。


 家にいる時は落ちこぼれだから外に出るなといわれ、スキルの鑑定結果がわかると家には置いておけないから外に出て行けといわれた。


 心の休まる時がほとんどなく、周囲を気にしていなければならなかった頃から比べると、ただぼーっとしていられるこの時間は貴重だった。


「……オリ……イオリ……大丈夫?」

「えっ? あ、ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてました」

 数回の声かけでやっと反応したイオリは、それにずっと気づいていなかったため振り返ると慌てて謝罪をする。


「体調が悪いわけじゃないのね?」

「それは、大丈夫です!」

 心配そうなケイティに対して、イオリはわざとおどけた風に力こぶを作って元気アピールをしてみせた。


「じゃあ、行きましょ」

「お願いします」

 そうして、二人はついにイオリの店舗兼住居の候補地へと向かって行く。


 宿を出て、西に進んでいき、市街地を抜けて、家が少なくなってきたところでその店は姿を見せた。

 それはまるでアンティークのような家で、時が止まったかのように静かにそこにたたずんでいる。


「さあ、ここよ」

「…………」

 案内されたところで、イオリは無言で立ち尽くす。


「ちょっと古いんだけど、掃除して直せば色々できると思って……」

 ケイティは説明しながらも、イオリの様子を窺っている。

 先ほどから彼女から反応がなく、気にいらなかったのかな? とそーっと顔を覗く。


「す……」

「す?」

 思わずイオリの一言目に聞き返してしまう。


「すごいです! こんなに大きくて、広くて、周りにおうちがないなんて……すごいです!」

 あまりの感動に言葉を失っていたようで、感激したイオリは目をキラキラと輝かせながらケイティにグイっと迫る勢いで感想を伝える。

 語彙力が奪われてしまうほどに強い感動が彼女に襲いかかっていた。


「そ、それはよかった。だいぶボロボロだから気に入らないかと思ったんだけど……」

 想定以上の好感触にケイティは少々戸惑ってしまう。


「ち、ちなみに、どこまでやっちゃっていいのでしょうか?」

 どこまで、というのはどこまで手を加えていいのか? と、餌を前に待てをしているかのような顔でイオリは問いかける。


「もう、この家はね、あなたが納得すれば土地も含めてあなたのものなのよ? 支払いの方は、あの宝石の買取価格でお釣りが来るくらいだから安心して」

「!!!?」

 その返答を聞いて、イオリは建物とケイティを今後に見比べる。


 それが数回繰り返されたところで、彼女の視線は建物に釘付けとなってしまっていた。


「イオリの反応を見れば答えは歴然ね。それじゃあ、この鍵を使って中へどうぞ。手続きはもうしてあるから、好きにしていいわよ」

「えっ!? は、早くないですか?」

 イオリが気に入るかどうか、それから買うかどうかが決定される、と聞いていた。

 もうカギをもらって自分のものだと言われても実感がなかった。


「だって、もし気に入ったらすぐに入りたいでしょ? すぐに手をかけたいでしょ? だったら、それくらいは用意しておくわよ。私は結果の報告に行ってくるから、じゃあね」

 それだけ言うと、ひらひらとやわらかく手を振ったケイティは街のほうへと戻って行った。


 しばらくはその背中を見送っていたイオリだったが、見えなくなると途端に自分が一国一城の主になった実感が降り注いできたため、一瞬身震いをする。


「……入ってみましょう」

 緊張しながらイオリは一歩一歩建物に近づいていく。


 はやる気持ちを精一杯おさえながら、ゆっくりと入り口の前に立って鍵を開けていく。

 長らく放置されていたため、鍵は硬かったが慎重に回していくとガチャリ、という音とともに開錠していく。


「オープン! ……って、ごほごほ! うわっ、す、すごい埃ですね」

 勢いよく開け放たれた扉とともに、中に日の光が入り込み、積もっていた埃が風となって舞いあがる。

 外観から考えて、恐らくはそうだろうと考えていたイオリだったが、予想を軽く超えてていたため驚いてせきこんでしまう。


「まずは、掃除からですかね。色々準備してきましょう……」

 それでも自分の家となったからには、快適にしたくなるもので、やる気をみなぎらせたイオリは気合を入れ直す。

 ゆっくりと見て回りたい気持ちもあったが、まずはその前段階として家を綺麗にすることから始めていく。


「……そういえば、さすがに掃除用具までは持ってきていませんでしたね。買ってこないと」

 ふと思い出したようにイオリは家を施錠すると、街へと掃除用具探しに向かうことにする。


 その足取りは軽やかであり、これから始まる新生活に向けて希望で胸がいっぱいになっているようだった。


 それからのイオリは、はたき、雑巾、バケツ、モップ、デッキブラシ、洗剤など掃除に必要そうなものを雑貨屋で購入していく。

 更にはカーテンと壁紙用に布を仕入れ、次の段階に向けての準備も怠らない。

 ついでに材木店を紹介してもらい、そこで大量の木材を入手していく。


 いよいよ、イオリの店舗兼おうちの改造計画が進んでいくことになる……。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る