第6話


 結局、イオリはシェフのお薦めセットを選択することにした。

本日のおすすめのところに、彼女の好きな鶏肉の料理がチョイスされていたので、これにした。


 出て来たのは、夕日鳥のソテーをメインにパンとサラダとスープがついてくるセットである。


「……うん、美味しいですね。パンがふかふかで柔らかいのがすごくいいです。さすがに作り置きだと思いますが、これだけ柔らかいのは保存方法がいいのでしょうか……?」

 一口一口味わうようにしてゆっくり静かに料理を楽しむイオリはただ味を楽しむだけでなく、色々と考えながら食事をしていく。


 屋敷の使用人でイオリに指導してくれた中には、もちろんシェフもいたため料理にも興味津々だった。


「それに、この夕日鳥の焼き具合が完璧ですね。少々大振りにカットされているので、火をしっかりと中にまで通すのは難しいと思いますが、ばっちりな焼き加減です」


 これは客商売として食事を提供しているのであれば、できていて当然のことではある。

 しかし、それらを守らないような店もあることから考えると、ここはしっかりと守っている店であることがわかる。


「サラダに使われている野菜もすごく新鮮ですね。こちらのスープは綺麗にアクがとれていて、黄金色に輝いた美しいものになっています!」

 全ての料理のクオリティが高いため、イオリの声は徐々に大きくなっていた。


「あ、あの、お客様?」

「夕日鳥に使われているソースも格別で……」

 イオリが料理の感想を口にしているところで、声をかけてくる男性がいた。


 その人物も宿の受付の女性と同じように犬の獣人であり、『お客様』と言ってくれていることから宿の関係者であることがわかる。


「あっ! ご、ごめんなさい。声、大きかったでしょうか? 他の方にまで迷惑かけていたようで、本当に申し訳ありませんでした」

 我に返ったイオリはパッと口元を押さえて立ち上がると、自分の先ほどまでの態度を振り返って謝罪をする。


「いえいえ、そうではなくて、食事をお楽しみいただけていたようですので、是非ご挨拶にと思いまして」

 嬉しそうに優しく笑ったコックの服装をしている彼は、このレストランのメインシェフであり、宿のオーナーである。


「はい、とても美味しいです! 夕日鳥はそのまま調理してしまうと臭みがでてしまいますが、血抜きがしっかりとされていて、下処理の段階で臭みを抜くためにジンジャーを使われているように感じました。それと、恐らくこれは数日寝かせているのではないでしょうか?」

 今回の料理の工夫について、彼女は次々に的確に言い当てていく。


「お、驚きましたね。お若いのに、料理に精通されているようです……失礼ですが、お名前を聞いてもよろしいですか?」

 イオリが次々と言い当てることに驚いたシェフは息をのむ。

 これだけ舌と知識を持っている彼女が、なんという名前なのかシェフは気になっていた。


「はい、ケイティさんの紹介できました。イオリと言います」

 ふわっと笑顔でぺこりと頭を下げたイオリは自己紹介をする。


「おー、あなたがあのイオリさんですか。それはそれは……」

(あの? 私のことを知っているのでしょうか?)

 納得がいった様子のシェフを見たイオリはきょとんとしてしまう。

 城下町に降りてきてから、それほど活動をしていないためシェフにまで知られていることに疑問を持つ。


「私のことを知っているのでしょうか?」

「それは、もちろん! あの……」

「すみませーん! シェフ、次の料理お願いします!」

 シェフがイオリについて語ろうとした瞬間、ウェイトレスから声をかけられる。


「あ、申し訳ありません。そろそろ仕事に戻らないといけないようです。お話の途中ですが、失礼します」

「あ、はい」

 仕事であれば仕方ないと、イオリは食事に戻っていく。


 しかしながら、先ほどまでと違って、気になるワードを聞いたため、思考を食べ物以外に割きながらの食事となった。





 食事に満足したイオリは、部屋に戻ることにする。

 本来なら、街の店を色々と回りたいところであったが、外は暗くなってきているため今日のところは部屋でゆっくりと過ごそうと決めていた。


「――にしても、なんだかケイティさん関連で色々と大きく動いていきそうなのが少々怖いですね……」

 自分だけの空間に戻って来たことで、思わずそんなことを呟いてしまう。


 当初は、ケイティには宝石を買い取ってもらって、その資金で店舗を探そうと思っていた。

 しかし、彼女が全力で動いてくれるようで、よりよい物件が見つかりそうな予感がしている。

 それと同時に、思っていた以上の影響力を持っている様子のケイティの一面を知り、想像以上のとんでもない物件を用意されるのではないか? とすら思っていた。


「なんにしても色々なことができる場所だといいです!」


 民家が近くにあるような場所だと、作業音が迷惑になってしまうかもしれない。

 そうなると、防音設備の追加などが必要になってくると色々考えを巡らしていたが、ふと彼女はカバンをあさりだす。


「それはそれとして、荷物の確認をしておきましょうか。素材なんかは適当に持ってきたので、あまり把握していないんですよね……」

 そう言いながら、イオリは部屋に備えつけられているテーブルや椅子などを部屋の隅に移動させていく。


「あとは、これを……」

 家具を寄せたことで部屋にぽっかりと何もない空間が出来上がり、そこに両手で広げるほど大きな布を取り出して床に敷く。

 これから色々な素材を取り出すため、床が汚れないようにという配慮であった。


「それじゃ、とりかかりますか!」

 腕まくりをして気合を入れたイオリは素材を種類ごとにわけて布の上に並べていく。


 まずは宝石の原石。

 これを磨きあげることで、今回売ったような宝石へと加工している。

 彼女の主な収入源といっても過言ではない。


 次に、薬草類。

 薬草、毒草、麻痺草、魔力草、炎草、水草、風草――取り上げればきりのない草や花が綺麗に採取された状態で並べられる。

 これらはポーションなどを作る際に使われる。


 そして、魔物の素材。

 魔物の心臓と言われている魔核、毛皮、角、牙、骨など、こちらも綺麗に加工されている。


 次に、鉱石や金属。

 鉄や銅などはもちろん、珍しい金属も少ないながら入っている。


「ふう、こんなものですかね」

 今回は工具類は出さずに、あくまで素材類のチェックだけにとどめておく。


「我ながら、ジャンルが広いですね」

 彼女は作ること全般が好きであり、それこそ武器や防具などの鍛冶。

 そしてアクセサリーや宝石などの彫金。

 更にはポーションなどの錬金術に加えて、特殊技術が必要な魔道具にまで手を伸ばしていた。


「それもこれも、この”創造”のおかげですね」

 ふと自分の両手を見ながらイオリは思いをはせる。


 それが彼女に与えられた本来のスキルだった……。


 この創造というスキルはなんでも作り出せる万能のスキル、というわけではない。

 彼女の作る、創る、造る能力を強化してくれるという自動発動スキルである。


 元々多方面の創作に興味を持っていた彼女は、手先も器用であった。

 それが強化されることで、色々なものを作る際にコツを習得しやすくなっていた。


 それでも、研鑽を積まなければ技術力があがらないので、日々宝石を磨き続けることで今日ケイティに渡した宝石のような良品が作れるようになっている。


 更に神は創造というスキルだけでは心もとないと、おまけとしてもう三つのスキルをイオリに与えてくれた。


 一つ目が『素材鑑定』で、これは素材がどんなものなのかを本物なのかなどを確認するために与えてくれたものである。

 これがあれば、素材を間違うこともなく、騙されることもない。


 二つ目が『能力偽装』で、創造というスキル名を見たまわりから、よく思われなかったり利用される可能性を考慮して与えてくれていたものだった。


 家でスキル鑑定を行った際に『工作』と表示されたのも、彼女のこの能力のおかげだった。

 本来の能力が表示されてしまっていれば、父親から利用価値があると判断されて、一生あの家に閉じ込められて政治の道具にされていたはずである。


 それを避けるためにも、彼女は本来の能力を誰にも知られないようにする必要があった。


 そして、最後の三つ目が彼女の行動の幅を大きく広げている……。

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