第5話


 飲み物のお代わりを二度ほどもらったあたりで、先ほどの女性がバタバタと音をたてて戻って来た。


「お、お待たせして申し訳ありませんでした……!」

「んもう! お客様にちゃんと説明していかなきゃダメでしょ!」

 戻って来るなり、仁王立ちした娘にしかられて女性は大きな体をすくませ、しょんぼりと肩を落とし、小さくなってしまう。


「うぅ、ご、ごめんなさい。でも、ケイティさんの紹介できたと聞いたから……」

 女性が謝りながらも、ケイティの紹介だと口にすると、娘も慌ててバッと勢い良く振り返り、イオリの顔をじっと見て確認する。


「あ、あはは、そういうこと、みたいです」

 思った以上に大ごとな様子のため、苦笑しているイオリもどんな反応が正しいのか混乱してしまう。


「お母さん、だったらもっとお客様自身も丁重にご案内しなきゃダメでしょ! 母が失礼をして本当に申し訳ありませんでした。今、お部屋にご案内しますね」

 二人揃って深々と頭を下げ、娘が案内してくれることとなる。


(ケ、ケイティさん、あなたは一体なにものなのでしょうか……)

 待たされたことより、説明がなかったことより、紹介主であるケイティの名前の重さにイオリは幾分かの不安を抱いてしまっていた。


「さあ、こちらへどうぞ!」

 部屋までの道すがら、イオリのことはまるでVIP待遇であるかのような扱いだった。


「は、はい……」

 遠慮しても申し訳ないと思ったイオリは混乱したまま、部屋へと案内される。


 それは最上階にある特別室で、一人では持て余すほどの広さであり、ベッドルームが二つあるという豪華っぷりだった。

 ただ高級ホテルというよりは落ち着きのある広い部屋、といった様相で、どこか温かみのあるふんいきのおかげか、身構えることはなかった。

 イオリが部屋に入ったのを確認すると、娘はそっと部屋の扉を閉めてイオリを一人にしてくれた。


「…………ケイティさんは一体なにものなのでしょうか」

 母娘の反応がやけにすごかったことにいまだに驚いているイオリは先ほど心の中で思ったことを改めてボソリと口にしていた。


 とりあえず、イオリは一つのベッドルームを拠点にすることにして、ゆっくりと休むことにする。


「――昨日は、遅くまで色々準備を、していたので、眠気が……」

 やっと休める環境にたどり着いたことで、ずっと張っていた気持ちの糸が切れて、急激に眠気が襲ってきた。


 そして、そのままベッドの柔らかさに誘われるまま、イオリは眠りの世界に誘われていった。


 部屋に案内されるまでに、娘のほうから色々と説明を受けたが、どうやらケイティの紹介というのは特別なことだということで料金は無料ということだった。

 そのうえで案内される部屋は、空いている部屋の中でも最高グレードが用意されることになっている。


 なぜそのような厚遇を受けられるのかと質問すると、意味深な笑顔でスルーされてしまい聞くことができなかった。

 そんなことを夢うつつに思い出しながら、徐々に眠りが深くなっていく……。






 ブライト家の五女として再度生を受けたイオリにはいくつかの秘密があった。


 前世の記憶を持っていること。

 彼女の本当の能力は”工作”などではないこと。

 貴族の堅苦しい家で暮らしたくないため、外に出ようと常々準備をしていたこと。

 使用人は全て彼女の味方で、色々な技術を叩き込まれていたこと。


 更には日ごろから家族の目を盗んで、城下町に遊びに出かけていたこと。


 それによって、謎の美女宝石商ケイティとも繋がりを持つことができていた。


 それから実は外にも遊びに出ていたこと……。

 木や石や鉱物を集めて、それをもとに様々なものを創作していた。

 思えば、あの頃のものであれば工作といわれても不思議のないできだった。


 しかしながら、十二歳になるまでその力は家族には内緒にし続け、まんまと家を追い出されることに成功する。


 転生してから、今日まで――全てが彼女の思惑通りにことが運んでいた。






「――う、ううん……あれ? 寝てしまいましたか?」

 夕日の光が窓から差し込んでいたため、その眩しさによってイオリは寝ぼけまなこで目を覚ました。


 もう一、二時間すれば夕食という時間になっている。

 彼女のお腹もぐーっとなり、空腹であることをアピールしてくる。


「さすがに、お腹がすきましたね……」

 朝ごはんは家で軽く食べたが、それ以降は水一口すら口にしていないことを思い出していた。


「なにか、食べ物……」

 そう口にしながらマジックバッグに手を突っ込んでみるが、服や工具などを入れることに頭がいっぱいで、食べ物や飲み物はいれていなかったことに気づく。


「確か、部屋に来る途中の説明で宿には食堂があるって言っていたような気がします!」

 なんとかそれを思い出すと、イオリはベッドから飛び起きて、髪をくしでとかして、服装を鏡で確認してから部屋を出て行く。


 お腹が空いていたのと、前世の記憶もあって気づいてはいなかったが、イオリのいる特別室に置かれていたのはかなり質の高い鏡だった。


 一晩寝てスッキリしたイオリは足取り軽く階段を降りて、受付に到着すると、そこには昨日部屋の準備をしてくれた女性が待機していた。


「あ、お客様。おでかけでしょうか? それともなにかお困りごとでもありましたか?」

 彼女は穏やかな口調でイオリに声をかけてくれる。


「えっと、お腹がとても空いてしまいまして……」

 少し恥ずかしそうにイオリが言う。

 今も、気を抜けば腹の虫がいつ声をだしてもおかしくない。


「あらあら、そういえば部屋にご案内してから一度も起きていらっしゃいませんでしたね。さあ、こちらへどうぞ。併設しているレストランになります。もちろんケイティさんのご紹介であるため、どれだけ頼まれても無料ですよ」

 そう言いながイオリのことをレストランへと誘導してくれる。


 レストランに足を踏み入れると、まだ夕飯時には少し早い時間であるにもかかわらず、それなりに客が入っていた。

 泊り客以外も利用していることからも人気店であることがわかる。


「はい、こちらは宿泊客専用のテーブルになっています。メニューはこちらになりますのでごゆっくりどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 流れるように案内と説明を終えてくれたため、イオリは慌てて女性に感謝の気持ちを伝えた。


「いえいえ、お客様にこれくらいするのは当然のことです。他にもお困りごとがあるようでしたら、気兼ねなくお申しつけください」

 ニコリと笑うと彼女は受付へと戻って行った。


「さて、なににしましょうか。わあ、たくさんありますね!」

 お腹の虫に促されるように伊織はメニューを開いて確認していくが、色々な料理が並んでいてどれを選ぶのが正解なのか、少々困ってしまう。


(あ、これなら!)

 メニューに目移りしながら吟味していると、ふとあるメニューが目に留まる。

 今のイオリにとってピッタリなメニューがあり、迷うことなくそれをチョイスすることにした……。

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