第4話


「えーっと、もう一度確認するわね」

「はい」

 引くつく頬を手でむりやり抑えることでこらえながら、ケイティはなんとか冷静さを保ち、頭の中を整理するため、イオリに質問を投げかける。

 ここまで何も聞かずにいたケイティもとうとう我慢できずに色々質問してしまう。


「この宝石は全て譲ってもらえる。それでいいのかしら?」

「はい」

 即答しながらイオリは真剣な顔でしっかりと頷く。


「次に、お金はいらない」

「はい」

 これまた、すぐに返事をしていた。


「そして、欲しい物は店舗兼住居の物件、ということね?」

「はい」

 最後の質問にも、イオリは迷いなく返事をする。


 彼女の目はキラキラと輝いており、未来を夢見て真っすぐな瞳を向けていた。ケイティはその目に圧されてしまう。


「なるほど……ってあなた、大きなおうちに住んでいるじゃない! さすがに貴族の娘が別の家に住むなんていうのは両親が許さないでしょう?」

 この質問には即答することができず、イオリは悲しみをはらんだ小さな笑顔を見せる。


「その……実はですね。昨日が私の十二歳の誕生日だったんです」

「えっ? そうだったの? それはめでたいわね。イオリ、誕生日おめでとう」

 驚きながらもケイティはふっと表情をやわらげて優しく言葉をかける。


 両親がかけてくれなかった言葉をケイティが口にすることが嬉しくて、イオリはきゅっと手を握り、涙ぐんでしまう。


「うっ……ダメですね。ケイティさんがすごく嬉しいことを言ってくれたので、な、涙が……ごめんなさい」

「いいのよ。ほら、これを使って」

 イオリの悲しみを感じ取ったケイティが優しく微笑みながら刺繍の入ったハンカチをそっと渡してくれた。


 彼女の大人っぽくも優しい匂いがふんわりと香って、それがイオリの心を落ち着かせてくれる。


「ありがとうございます……ふう、落ち着きました。話を戻しますね。誕生日だったので、能力鑑定のために神父さんがうちに来てくれました。そして、魔道具を使って私の能力を確認したんです……」

 ここまで言ったところで口ごもり、イオリは俯いてしまう。


「そう、いうことだったのね……」

 貴族社会において能力鑑定というのは大きな力を持つ。

 その意味を理解しているケイティはハッとした表情でイオリを見る。


 何も言わずとも、イオリはケイティが何を言いたいのかわかってしまい、力なく笑った。

 能力を鑑定した翌日に、家が必要だと店を訪ねて来たイオリ――そこから導き出される答えは一つだった。


「はい、家を出て行けと言われてしまいました」

 暗い話をしている割には、彼女の笑顔にはどこか清々しさがあった。

 しかし、それでも実の両親から受けた仕打ちに少なからず心も傷んでいた。


「…………わかったわ! あなたの店、任せて頂戴! とっておきの店舗を探してくるわ! 宿は大通りにある、幸せの小鳩亭に泊まって頂戴。私の名前を出せば、一番の部屋に案内してくれるはずよ? 見つかったら、すぐに連絡を入れるわね。それじゃ、ここを片付けたら早速行ってくるわ! あ、宝石のほうは成功報酬ということで、ひとまずあなたが持っていてね」

 イオリを励まそうとしているのか、努めて明るい口調で一気にまくしたてるように話すと、ケイティは店の片づけを始めていく。


 イオリが来るまで作業中だったケイティは、作業台の上に転がるいくつかの宝石を片付けて金庫にしまっていく。


「それではよろしくお願いします。楽しみにしています……あと、これは探してくれることに対する報酬です。見つかっても見つからなくても、これはケイティさんがもらって下さい。ではではー!」

 そんなケイティの姿に笑顔を取り戻したイオリは、テーブルの上に一つ宝石を置くと、急いで店から出て行ってしまった。


「あっ、こらイオリ! …………もう、仕方ないわね、あの子ったら。いつも私に得になるような条件ばかり持ってくるんだから……。子どもらしくないけど、いい子なのよね。私にできることをしてあげなきゃね、いいお店を探してこなきゃ!」

 イオリが置いていったのはその対価には見合わないほどの宝石。

 それに気づいたケイティが急いで呼び止めようとするが、もうイオリの姿はみえなくなっていた。

 

 ケイティがこの街で店を開いてから、二十年以上になる。

 その間に様々な人脈を築いており、それらをフル活用して店を探そうときあいをいれて手帳を取り出していた。


「さてと、それじゃケイティさんに教えてもらった宿に行ってみましょうか」

 まずはしばらくの住処を決めておかないことには、安心して過ごすことができないため、最初に宿に向かうことにした。


 平日だが人通りは多く、さすが王都というべきであったが、そんな人波に飲み込まれることなく、イオリはするすると人と人の間を縫う様に進んでいく。


(東京の混雑ぶりに比べたら、これくらいはどうってことないですね)

 前世での彼女の家は都内にあり、駅や休日の買い物でこれ以上の混み具合を知っていたため、ひるむことなく移動していた。


 そして、あっという間に目的地である”幸せの小鳩亭”に到着する。


 入り口の大扉は開かれているため、イオリはそのまま宿に入っていく。

 中は温かな雰囲気をにじませた木目調のデザインで統一され、花々が色どりを添えている。

 ちょうど人がいない時間帯なのか、イオリ以外に客は見えなかった。


「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」

 入るなり、受付の女性がイオリに気づいて声をかけてくれる。

 子どもが一人でやってきているというのに、そんなことを気にした様子もなく優しく対応してくれている。


 使い古されたエプロンを身に着けた少しふくよかな人族の女性で、その優しそうな雰囲気は宿とマッチしていた。


「えっと予約はしていなくて、宝石店のケイティさんから紹介を受けて来たんですけど……しばらくの間宿泊をしたくて……」

 来るまではさほど緊張していなかったイオリも、受付の女性のような優しい人に触れた経験が少なく、途中からなんといっていいのかわからなくなる。

 そのとき、ケイティが自分の名前を出せばいいと言ってくれのを思い出しながら、イオリは自分がどうして来たのかを話していく。


「あら、あらあら! ケイティさんのご紹介ということは、もしかしてあなたがイオリさんですね!」

「えっと、多分、そうだと思います……?」

 なぜ初対面の女性が自分の名前を知っているのか? そんな疑問を抱えながら返答する。


「それなら、予約がなくても問題はありません。今すぐお部屋を用意するので、あそこの椅子に座って待っていて下さいな!」

 ふんわりと優しい笑みを浮かべた女性は、カウンターから出てくると上の階へと駆け上がって行った。


「…………えっと、とりあえずあそこでいいんですかね」

 取り残されてしまったイオリは、とりあえず言われたとおりにソファに腰かけて待つことにする。


 どうしたらいいのか迷いつつも、手持ち無沙汰のまま待たされること十分ほど経過すると、イオリのそばに女の子がやってきた。


「あの、どうぞ。飲んでお待ち下さい」

「あ、ありがとうございます」

 イオリが声のした方に振り返ると、先ほどの受付の女性をそのまま小さくしたような女の子が果実水を用意してくれた。


「あの、先ほどの方はどこに行ったのでしょうか? 部屋を用意するとは言われたのですが……」

 料金の説明なども受けていないため、どんな状況にあるのか、イオリは不安に思っていた。


「あー、何も言っていなかったのですね。もう仕方ないなあ……母が迷惑をかけたみたいでごめんなさい。さっき見た時お母さんは一番上の部屋の片づけをしていました。ちょっと広い部屋なので、もう少しかかるかと思います」

 細かい説明をしていかなかった母に対して苦笑しながら、彼女は説明をしてくれる。


「そう、ですか……」

(広い部屋って、一体どんな部屋がでてくるのでしょうか?)

 あまりに広すぎては料金がかかってしまうと考え、イオリは果実水を飲みながら財布にいれてあるお金を頭の中で計算していた……。

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