異世界でもモノ作りがしたいんです! 〜貴族の家に転生したけど、外で自由に生きていきます〜
かたなかじ
第1話
幼いころ、持病を患っていた父を早くに失ってしまった火野伊織は厳格な母のもと、厳しく育てられてきた。
母には独自の教育方針があり、それは彼女自身が厳しい両親からしつけられてきたものであった。それが彼女の解釈を含めて彼女なりのものへと変異していった。
女らしくあれ、との教育方針のもと華道、茶道、書道、ピアノなどありとあらゆる習い事を強制される。やりたくないと泣いて駄々をこねても、一度として許されることはなかった。
そして髪型は黒のストレートが肩より長いくらい。
派手な服装は許されない。
それでも、なにかを作ることが好きだった伊織はそれらに楽しく取り組んでいた。
「お母さん、これ面白いです! もっとやりたいです!」
「もう十分だわ、そろそろ辞めなさい。手続きは私のほうでやっておきます」
しかし、のめりこんでいく途中で母に辞めさせられてしまう。彼女の気持ちなどお構いなしに強制的にである。
母としては、教養としてそれらを持ち合わせていれば十分であり、趣味の範疇を超えるのは女らしくないようだった。
勉強を頑張って、いい学校に入ろうとしたが、進学する先も親に決められてしまう。
『伊織、おじさん今度はこんなものを作ったよ』
「わあ、すごい綺麗です!」
そんな彼女の唯一の心の安らぎが、父方の叔父だった。
穏やかでのんびりとした性格の彼はいつも伊織の前ではニコニコと笑顔を絶やさない。
そして彼は自由に色々と創作することが大好きだった。
彫金、木工、革細工など、好きなモノ作りに専念するため、自宅に工房を持っており、そこで趣味に没頭していた。
その叔父が唯一心を許していたのが伊織だった。
彼女だけが叔父の趣味を認めてくれて、叔父だけが彼女の趣味を認めてくれた。
叔父と一緒に革のティッシュケースを作ったり、リングやネックレスなどのアクセサリを作ったりもしており、それらは彼女にとって宝物のようにキラキラと輝いて見えていた。
叔父の元で自由にモノづくりをしていた伊織は、素人とは思えないほどのクオリティの作品をいくつも生み出していった。
そんな伊織を大事にしていた叔父の本業は絵描きで、絵画が高く売れるため、伊織の家の援助を申し出てくれていた。
そのため、母も彼にだけは強く出られず、伊織が彼の家を訪れるのも黙認していた。
「っ……叔父さん!!」
しかし、高校二年の夏、叔父が亡くなってしまった。
伊織に気づかせることはなかったが長いこと病を患っていて、伊織がこない日に通院もしていた。
知らなかった伊織はまだまだ叔父に教えてもらいたいことがたくさんあった。叔父の作品をたくさん見ていきたかった。
そんなある日、容態が急変してあっという間の死だった。
叔父とともに作り上げてきた作品たちに囲まれながら、悲しみの縁に沈んだ伊織はそのまま引きこもってしまった。
叔父の死のショックから立ち直れなかった伊織を半ば無理やり連れだした母は海外に連れていくことにする。
叔父の痕跡がある日本にいるからそんな風になってしまうのだというのが彼女の考えった。
母方の伯父がイギリスで暮らしており、伝手を頼って伊織をそこに留学させることにする。
そこで前代未聞の事故が起こった。
母親に見送られた彼女が乗っていた飛行機は順調にイギリスへと向かっていたが、もう少しで到着するというところで、急な不調が飛行機に巻き起こったのだ。
原因不明でエンジンがうまく作動しなくなり、車輪も出ず、胴体着陸をすることとなってしまった。
この事故では、パイロット、客室乗務員、乗客のほとんどは無事で、揺れで多少の怪我を負うくらいだった。
だが、死者1名――邦人の学生、火野伊織だけが生きのこることができなかった……。
「――ここは……どこでしょう……?」
現世で死んだはずの伊織はぼんやりと目を覚ますと、まずは自分の身体の確認をする。
服装はチェックのシャツに薄いピンクのパーカーと、紺色のスカートという飛行機に乗っていた時と同じものを身に着けている。
髪も後ろでポニーテールで一つにまとめているのも変わらない。
自分の身体を確認できた次は、周囲に広げていく。
上は突き抜けるような青空。
地面にはふかふかの青々とした芝生。
学校の体育館よりも広いエリアで、周囲を囲っている壁は全て本棚になっている。
(えっ?)
自分の見たものが信じられないため、伊織は目をこすって、パチパチと何度も瞬きをしてから再度周囲を確認していく。
しかし、風景は変わらず、青空と芝生と本棚が変わらずにあった。
飛行機に乗っていたはずの自分が、こんな不思議な空間にいることが信じられずにいる。
「……夢? じゃないみたい、です?」
きょとんとした伊織は、確認のために自分の頬を強めにつねるが、痛みを感じた。
そこから、ここが現実に存在している場所だと判断する。
「おや、人というのは面白い行動をとるものだな。そんなことをしては頬が痛むのではないか?」
「……!?」
声が急に後ろから聞こえてきたため、伊織は飛び起きてその場から離れる。
「驚かせてしまったようだな。それは申し訳ないことをした」
声の主は男性で、見た目の年齢は恐らく二十代半ばほど。
申し訳なさそうな顔をしている彼は、緑色の髪で、フレームのない眼鏡をかけている。
服装は漫画やゲームに出てくる魔導士のローブのようなものを身にまとっていた。
(すごく美形な方ですね……)
伊織は見知らぬ男性を見て、驚くよりもその美貌に目を奪われた。
学校は女子高に入っていたため、年頃の男性と触れる機会があまりなかったが、目の前にいる男性が圧倒的なまでに美しい顔の持ち主なのはわかる。
「褒めてくれるのは嬉しいものだな」
「えっ!? も、もしかして、思ったこと全部聞こえているんですか……?」
口にしていないことまで反応されてしまったことで、目の前の人物が読心術を使えるのかと驚いた伊織は確認する。
「あぁ、なにせ私は神。この空間に限れば、それくらいのことは容易だ」
伊織を真っすぐ見つめてニコリと笑う自称神。
(そ、その顔で笑顔を見せられると、眩しくて直視できません!)
叔父以外の関りがない伊織は男性に耐性がないため、美形の笑顔を前に、顔を真っ赤にして視線をそらしてしまう。
「ふむ、イオリはなかなかに照れやすいのだな。だが、話を聞いてもらいたいからこちらを向いてもらえるか?」
伊織がこちらを向いてくれないのならと神は笑顔をやめて、そんな風に頼んでくる。
その声にどこかもの悲しさを感じた伊織は、気合を入れてなんとか神の方へと向き直った。
「ふむ、これでやっとイオリの状況について説明ができるな……」
これから話すことが重大なことであるのは、神の表情から見て取れるため、同じように伊織も真剣な表情になっていた。
「本当に、申し訳なかった!」
「……ふえっ!?」
先ほどまでの落ち着いた様子の神からはイメージすらできない、THE・土下座に伊織は困惑して、大きな声を出してしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 神様なんですよね? だったら、こんな一介の学生に頭を下げないで下さい! しかも、土下座って!」
美形な神が自分に土下座しているという光景に困惑してしまい、必死の様子で近寄った伊織はなんとか神の身体を起こそうとする。
「し、しかしだな、恐らくだが、これから私の話を聞けば再度謝るように言うはずだぞ?」
伊織にたしなめられて申し訳なさそうな顔で少し頭を上げた神はそう言った。
それだけ、伊織が怒る可能性がある話を神は抱えていた。
「もう、そんなことは言いませんから、ね? それで、ちゃんと起きたら話を聞かせて下さい」
この状態のままではまともに話を聞くこともできないため、ふにゃりと笑った伊織はとにかく起きてもらうように促す。
「そうか? ……それでは本題に入るとしよう」
伊織の許可を受けたことで、立ち上がった神は最初のように威厳のある姿で仕切り直して、伊織についての話をしていく。
「君は飛行機事故にあって、亡くなってしまったんだ――覚えているか?」
悲痛な面持ちで神にそう言われて、伊織は初めてここに来る前の記憶を遡っていく。
「――えっ!? し、死んじゃったんですか? そんな、死んだなんて……」
(お母さんに送り出されてイギリスに向かう飛行機に乗っていました。それで、それから、えーっと……)
ぶつぶつ言いながら死ぬ前の記憶を思い出そうとするが、飛行機が少し揺れたところまでしか思い出せずにいた。
実際はそれからエンジンが不調になり、胴体着陸をしていた。
しかし、その段階で、すでに伊織は死んでおり、彼女の記憶になかった。
「やはりそうか……あの飛行機事故が、私のせいで起きてしまったのだ」
「ええええっ!?」
驚きの表情で口元を押さえた伊織は一体本日何度目かというくらいに、神に驚かされてしまう。
「正確には、私たち神がいる天界から神の石と呼ばれる宝石が逃げ出してな」
「は、はあ……」
(宝石って逃げましたっけ?)
目をぱちぱちと何度も瞬きさせた伊織は自分の知らない常識を突きつけられて混乱してしまう。
「まあ、そういうものだと思ってくれるといい。で、その神の石が落下途中で飛行機を突き抜けて君の心臓に直撃してしまった。その時の衝撃が原因で飛行機に影響が出たわけなんだが……」
そこまで聞くと、伊織は慌てて自分の胸のあたりに手をあてる。
年齢相応の平均的なサイズの胸。
傷でもできているかと思ったが、特にそんな跡はなく、まっさらでいつも通りの綺麗な状態にあった。
「あぁ、亡くなったのは君の身体で、ここにいるのは魂だから傷は治っている。それでだ……申し訳ないのだが、君をそのまま元の世界に生き返らせることは難しい……」
神はバツの悪そうな表情で、辛い事実を伝える。
「そう、なんですか……」
神のせいで死んだのなら、神なら生き返らせるだけの力を持っているのではないかと考えていたが、難しいと聞いて少々ショックを受けてしまう。
不器用ながらに色々伊織を思ってくれていた母を一人残してきてしまったことも心残りだった。
「その代わりといってはなんだが、私の管轄の別の世界に転生してみる気はないか?」
「てん、せい……ですか?」
聞きなれない言葉に伊織は首を傾げている。
「そうだ、他の世界で生まれ変わって新しい人生を送るのが転生だ。そっちの世界に行く際には、詫びとして私から特別な力をあげようと思う。少しでも暮らしやすいようにね」
代替案として少しでも伊織が納得してもらえるように神は気づかいしてくれていた。
別の世界、生まれ変わる――その二つの言葉を聞いて、伊織の目に小さな火が灯った。
「あ、あの、その世界はどういった世界なのでしょうか?」
不安と少しの期待に心揺れながら、伊織はそっと口を開く。
生きていたころと同じような世界で、これまでと変わらない人生を生きるのはさすがに辛いと思っていた。
親に隠れるようにして趣味であるモノづくりをこそこそと隠れるようにしてやるのはもう我慢の限界だった。
もしまたそうなのであったら、転生をしても意味がない――その強い思いを込めて神を真っすぐと見つめる。
「そうだな、私の管轄している世界には魔法やスキルがあって、魔物や武器とかそういったものがある。いわゆるファンタジーの世界なのだが……」
伊織が興味を示してきてくれたため、なんとかうまく説明しようとするが、なかなか難しい。
神にとってそれはそこに当たり前にあるもので、今更事細かに説明するのは違和感があった。
「そのスキルというのは、文字通り技術、と捉えていいのですか?」
ここでも聞きなれないワードが出てきたため、小さく手を上げた伊織は質問する。
「そうだな……ならばとりあえずおおよそのイメージを君の頭に送ろう。それを見て、判断してくれるか?」
「は、はいっ」
言葉にするよりも実際見てもらった方が早いと判断した神は伊織の額に人差し指で触れて、あちら側の世界のイメージを流し込んでいく。
「えっ、わっ、わああああ!」
まるで映画を早送りで見せられているような感覚で、あちらの世界の基本的な情報が彼女の頭の中に流れていく。
それはゲームの導入チュートリアルムービーを大量に見せられたかのような情報量だった。
脳内に直接大量の情報が流れ込んできたせいで、魂への負担が大きく、伊織はそのまま気絶してしまった。
「あー……ちょっと、やりすぎた、のか?」
伊織の飲み込みの速さに油断して、つい情報を与え過ぎたことに気づいた神は申し訳なさそうな顔をしている。
そのまま床に寝せておくのも悪いと思った神はふかふかのベッドに伊織を移動させた。
結局、このあと伊織が目覚めるまで数時間を要することとなるが、目覚めた彼女は転生に前向きになっていた。
「あっちの世界では、錬金術や鍛冶なんかも盛んなんですね! ワクワクします! あっちの世界に行ってみたいです!」
寝ている間に情報を整理できたのか、目覚めたばかりの伊織はワクワクした様子で神に笑顔を見せながらそう語る。
前世でモノづくりを母親に取り上げられ続けた彼女にしてみれば、未知の技術が活発な異世界に憧れすら抱いていた。
「あぁ、情報の中に特別な力の候補もいれておいたのだが……なにがいい?」
「はいっ、もう決めました!」
情報の中にあった一覧で能力を確認した際に、これしかないと一目で決まっていた。
「それは……」
好奇心いっぱいの顔で目をキラキラと輝かせた伊織は口を開く。
こうして伊織は神より譲り受けた力を持って、異世界に旅立つこととなった……。
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