第2話
伊織が異世界に転生してから既に十二年の時が経過していた。
地方貴族の五女として生を受けた彼女は、偶然にも前世と同じ名前を付けられ、こちらの世界でも淑女として生きることを両親から義務付けられていた。
五女となれば、将来的に政略結婚に使われてどこかの家に嫁ぐことになる。そのために最低限の教養だけ身につけさせられる。
ここでも新しく興味を持ったとしても、楽しくなってきたところで中止させられて習い事もやめさせられてしまう。
(うーん、これでは前世と同じになってしまいそうです……)
育ててもらっている恩を感じていたため、おとなしくしているイオリだが、内心不満を募らせていた。
前世でも、自由に外には出ず、全寮制の学校で女らしく生きることを学ぶように言われていた。
今回も同じように生きることはさすがに避けたいと考えたイオリは、隠れて創作をすることで自らの技術を磨いていた。
そして、十二歳の誕生日の今日――彼女の運命が動くこととなる。
「イオリ、十二歳の誕生日おめでとう。今日は記念すべきあなたのスキル鑑定を行う日よ!」
「はい……」
扇で口元を隠しながら高圧的にそう言った母のイザベラの言葉に、表情を曇らせながらイオリは気の抜けた返事をする。
イザベラは吊り上がった勝ち気な眼差しに長く手入れの行き届いたつやつやの燃えるような赤い髪が背中まで届いている。
見た目通り気が強いが、すれ違ったものが思わず振り返るほどの美人だった。
今日はニコニコしているが、普段はイオリにだけ厳しくあたり、お説教に数時間などという日も珍しくない。
「もっと元気に返事をしなさい! せっかく神父様が来てくれたのだから、しっかりと見てもらうのよ!」
吐き捨てるような口調のイザベラは、イオリを睨みつける。
父譲りの金髪を後ろで編み込んでハーフアップにしているイオリ。
その前髪の一部分だけが赤く、それだけが母から受け継いだ遺伝子と思われている。
顔立ちも母には似ず、派手さのある美人とは言えない。
それでも可愛い顔立ちだったが、母は自分に似ていない娘のことを好ましく思っていなかった。
当然ながらイオリも、そんな母のことがあまり好きではなかった。
(前世のお母さんみたい……)
前の母の面影が今の母に重なって見えることがあり、それは彼女の心を辛くさせていた。
「ふむ、イオリは私とイザベラの娘だからきっととんでもない才能があるはずだ。複数属性の魔法、いや、もしかしたら武術の才能があるかもしれないな」
イザベラがきつくイオリに当たっていることを知らない父のアレックスは笑顔で二人を見ている。
彼は王城に勤めている騎士の隊長。鍛えられた身体は貴族の服に身を包んでいてもわかるほどだ。
さわやかな金髪と青い瞳を持つイケメンタイプの父は、三十歳を越えているにもかかわらず、未だ二十代でも通じる若々しさがあった。
「お前の兄や姉も全員優秀だから、お前にも我がブライト家の一員として恥ずかしくない結果を残して欲しいものだな」
さわやかな見た目とは裏腹に、異常なまでの貴族至上主義者であり、優秀な者しか認めない傲慢さを持っている。
貴族というのは才能に満ち溢れ、人々の上に立って導いていく存在だと強く信じていた。
「はい、お父様……」
そんな父親のことも当然のごとく好きになれず、イオリはなんとかこの場をやり過ごそうと、当たり障りのない返事をする。
「おやおや、既にみなさまお集まりのようですね。大役を仰せつかった私が遅れてしまい、申し訳ありません」
そこへ申し訳なさそうな顔で現れたのは神父だった。
ローブを見にまとい、革のカバンを手にしている。
ブライト家の敷地内にある教会。
そこに王都の大教会に従事する神父を招いて、スキル鑑定の儀式を行うことにしていた。
優秀な兄や姉たちの時も同じように自宅に招いて、スキル鑑定を行っていた。
そんなことをできるのも、アレックス=ブライトが公爵であるからである。
「いや、構わん。こちらの都合で来てもらっているからな。それよりも、早く始めてもらおうか? うちの娘がどんな力を持っているのか、それを知らなければならない」
貴族らしくふっと薄く微笑んでいるアレックスは自分の娘ならば、とんでもない才能を秘めているだろうと自信満々の様子でいる。
「はははっ、それでは早速確認していきましょう。イオリお嬢様、こちらへ……この石板の下の部分に手をあてて下さい」
こういった貴族の対応には慣れているのか、神父は軽く愛想笑いを浮かべる。
彼が持ってきたカバンの中から取り出したのは、聖堂教会だけが所持を許されている石板型の魔道具。
これに手をあてることで、そのものが持つスキルを鑑定することができるというものである。
「はい……」
静かに頷くと、イオリは神父のもとへと移動して言われるがままに石板へと手をあてていく。
すると、石板がぼんやりと光を放ち、文字が表示されていく。
「――はっ?」
「えっ……?」
驚きの声を漏らしたのは、横から覗いていたアレックスとイザベラの二人。
通常の鑑定では、結果が数行記される。
特別なスキルのあるものであれば、自然とその行数も多くなっていく。
しかし、イオリの結果はたった一行。
そのうえ、一つしかスキルが表示されていなかった……。
「こ、これは、また……その、なんと言いましょうか……」
「神父様、なんと書かれているのでしょうか?」
神父が石板をまじまじと確認しており、自分からは見えない位置にあるため、結果が気になるイオリはそんな質問を投げかける。
「あ、あぁ、これは失礼しました。こちらになります」
そう言うと、神父はイオリへと石板を手渡す。
「ありがとうございます」
イオリは礼を言うと、内容を確認していく。だが表情は全く変わらない。
(……工作。能力としては最低ランクですね。ものを作るのが得意、というだけの能力。しかも、いわゆる子どもの宿題レベル程度)
内容を把握したイオリは、無言のままそれを両親に渡す。
「こ、工作……」
「な、なんでこんな……」
ショックでそれ以上の言葉が出ず、二人はしばらく呆然と立ち尽くす。
「あ、あの、わ、私はこれで、失礼します!」
夫婦から嫌な予感を覚えた神父は魔導具を奪うかのように取り返すと、ブライト家から慌てて飛び出していった。
その日の夕食はまるでお通夜のようでもあり、全員が一言も話さない静寂に満ちたものとなった。
そして、そろそろ寝る時間だと、イオリがベッドに入ろうとしたところで現れた使用人が彼女を呼びに来た。
寝間着のままで構わないということで、父の書斎に呼び出される。
ノックをすると、中から母の声が聞こえ、母が部屋の中へと迎え入れた。
「失礼します、呼ばれたと聞いてきました」
ここでも表情を変えず、イオリは淡々として少しうつむいている。
「寝るところだっただろうが、急に呼び出して悪かったな。母さんと話し合った結果を伝えようと思ってな」
気遣うような言葉とは違い、アレックスは冷たい目でイオリのことを見ており、イザベラは少し困ったような表情で視線を泳がせていた。
「はい」
イオリはおよその内容を予想しており、素直に返事をする。
「結論から言おう……お前には数日のうちに家から出て行ってもらう」
衝撃的な言葉であったため、バッと顔を上げたイオリは目を大きく見開いてしまう。
「――なぜ、と聞いてもよろしいですか?」
家を追い出されるとあれば、事情をくらいは説明してもらいたかった。
「そんなことわかりきっているだろう? お前は我が一族の恥さらしだ。あのような下等な能力しか持っていないなどと……存在するだけで恥ずかしくて仕方ない! お前はうちでは死んだものとする!」
貴族至上主義のアレックスにとって、才能のかけらも感じられないイオリのことは許容できなかった。
嫌悪感に満ち溢れたまなざしで声を荒らげる。
「……わかりました。荷物をまとめて明日にでも家を出ようと思います」
「ふん、普段からそれくらい素直に言うことを聞いていればよかったのだがな。だがまあ、私も鬼ではない。多少の旅の資金くらいは用意しよう。使用人に後で届けさせる。話は以上だ、お前のことなどもう二度と見たくもない。さっさと部屋へ戻れ!」
怒鳴りつけるアレックスはそう言って椅子から立って背を向ける。
扇で表情を隠していたイザベラは最後までまともにイオリの顔を見ることがなかった……。
一礼してから部屋を出たイオリは、自室に戻ると倒れこむようにぼすんとベッドに仰向けで横たわる。
「――くっ……」
もらしたのは声なのか、嗚咽なのか。
しばらく身を震わせていたイオリはパッと顔を上げる。
「あははっ! やったー! やっと自由になれます!」
両手を上げてゴロゴロと嬉しそうにベットの上で笑顔を見せるイオリ。
先ほどまでの能面ぶりはどこかへ消えて年相応の可愛らしい笑顔だった。
「これで自由に創作ができますううううう!」
ずっと我慢していたフラストレーションを解放するように大きな声を出す。
イオリの部屋は奥の奥にあるため、大声を出してもこの家の誰にも声が届くことはない。
そしてこの家から追い出される流れ――それは、彼女が望んでいたものだった……。
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