第21話
三人は無言になって、一歩一歩奥に進んでいく。
しかし、その足取りはやや重そうに思える。
奥から漂ってくる黒い力は、イオリたちが近づいていくのを拒否しているかのような重さを持っていた。
「うーん、ちょっと、動きづらいですね……」
立ち込める嫌な黒い濃霧に、困ったような顔をしたイオリは、少し考えた後にカバンをあさり、小瓶を取り出した。
「ほー?」
「ふる?」
中身がなにかわからず、二人は首を傾げる。
「これは聖水です。この奥からやってくる力は恐らくは闇の力なのではないかと……なので、それを中和するために自分に聖水をかければいいんじゃないかと思って」
説明しながらもイオリは自身に聖水をふりかけていく。
「……うん、少し身体が軽くなりました」
すると先ほどまでずっしりと重たい空気だったのが、少し和らいだのを感じ取った。
聖水は彼女の予想していたとおりの効果を発揮して、イオリはこの状態でも普段に近い形で身体を動かせるようになっていた。
「ほーほー!」
自分にもかけてくれと、ヴェルが頭を前に出してくる。
「わ、わかりました。ほらヴェルさんにもふりふり」
食い気味に迫ってくるヴェルに戸惑いながらもイオリは聖水をふりかけていく。
「ほほー!」
すると、ヴェルも身体が軽くなってパタパタと飛んで見せた。
「ふふっ、よかったです」
それを見てイオリもホッと一安心する。
「ふるふるー!」
そして、ここでスライムまでもが聖水を希望し始める。
「えっと……魔物さんに聖水って、アリなんでしょうか?」
そんな疑問が浮かんでしまったため、躊躇してしまう。
本来、聖水とは聖なる力で、魔を討つものという認識をイオリは持っている。
それを魔物であるスライムにふりかけてしまえば苦しくなってしまうのではないかと考えていた。
「ふるふる、ふるー!」
そんな心配をよそに、スライムは問題ないからかけてくれといわんばかりに何度も跳ねている。
「うーん……わかりました。異変があったらすぐに水で流しますからね!」
すぐに対応できるように水筒を反対の手で持つと、聖水をスライムにふりかけていく。
「ふるふるふるー」
すると、スライムの身体はキラキラと輝いて、ぴょんぴょん跳ねることで身体の軽さを表現していた。
「だ、大丈夫みたいですね……ちょっと、失礼して」
ここでイオリは素材鑑定を発動させる。
素材とついているが、この力は基本的になんでも鑑定することができる。
ただ、素材についてだけ特に詳しく調べることができるというものであった。
ゆえに、スライムの正体も把握することができた。
*************************
名前:
種族:ホーリースライム
性別:
*************************
(なるほど、だから聖水をかけても無事なんですね)
確認することができた情報量は少なかったが、種族名がわかったことで聖水が問題なかった理由がわかった。
それと同時に、このスライムが会話ができるほどに知能が高い理由も、そこから来るのではないかと考えている。
スライム種は、一般的なスライム、毒や麻痺などを使うスライム、属性を持つスライム、特殊変化型のスライムなどその属性は多岐にわたる。
その中でもホーリースライムはレアな種類である。
存在だけは確認されているが、実際に見たという情報はほとんどない、と以前読んだ本に書いてあった。
「……それじゃ、行きましょうか!」
それでも、イオリはそのことに触れることなく今までと変わらない対応をすることにする。
少し他と違うからといって扱いを変えられることはイオリ自身好まなかったからだ。
「ほー!」
「ふるー!」
二人も身体の重さが軽減したことで元気を取り戻して、森の奥へと軽い足取りで向かって行く。
奥へ行くにつれて徐々に黒い力は濃くなっていくが、三人はそれに負けずについに最奥部へと到着した。
「あ、あれが黒い力の元凶みたいですね……」
「ほー……」
「ふるー……」
三人はそこにいるモノを見て、驚き立ち尽くしている。
いたのは白い狼の魔物。
動物と違うと思ったのは、身体の中に強い魔力を秘めているのを感じ取ったためである。
「黒い、ですね」
「ほー」
「ふる」
白い狼ではあったが、その身体が黒いモヤのような力に包み込まれていた。
その表情は苦しそうであり、息をするのも苦しそうに口をだらりと開けて荒い呼吸をしている。
イオリたちの存在に気づくと低くうなるように拒絶の姿勢をとっていた。
「…………」
それを無言で見ていたイオリは、拳をぎゅっと握ると、勢いよく走りだす。
「ほーほー!」
「ふるふるー!」
彼女が戦うすべを持たないと知っているヴェルとスライムは危険すぎると言うように慌てて声をかける。
だが、それは彼女の耳には届かない。
「この狼さんは苦しんでいます! だから、助けます!」
二人が呼び止めているのが聞こえてきたイオリは聞こえるように大きな声でそう言いながら必死に狼に駆け寄る。
イオリは誰でもかれでも助ける善人ではない。
それでも、足を止めないのは狼がなにもできずに苦しんでいる姿が、母親の言葉に対してなにもできなかった自分を重ねてしまっていた。
(私の時とは全く状況は違いますが……でも、あの時誰かに手を差し伸べて欲しかった! そして、私は狼さんに手を差し伸べることができます!)
そんな思いをかかえたイオリは真っすぐ狼のもとへと向かっていく。
その手には自分たちにふりかけた聖水の入った小瓶が持たれていた。
狼は向かってくるイオリに気づいているが、唸る以上の抵抗ができないほど弱っている様子だ。
「――黒い力よ、はれて下さい!」
そして、惜しむことなく瓶の中身を狼に向かってふりかけていく。
聖水に反応するようにして黒い力が徐々に消えていき、狼の表情も心なしか和らいだように見える。
「やった……えっ!?」
喜んだイオリだったが、驚いて目を丸くしてしまう。
消えたと思った黒い力が再び強さを取り戻して、飲み込まんとばかりに狼の身体を包み込んでいた。
「ど、どうして……」
聖水がこの力に対して有効なのは明らかである。
それにもかかわらず、押し負けてしまっている理由がわからなかった。
「も、もう一度!」
再度ふりかけようとするイオリ。
「ほー!」
「ふるー!」
しかし、ヴェルが彼女の腕にとまり、スライムが彼女の前に移動して、その行動を制止した。
「ど、どいて下さい!」
「ほーほー!」
「ふるふるー!」
しかし、二人とも首と身体を横に振ってどかない意志表示をしている。
「どうして! ……いえ、もう一度かけても同じことですね。ありがとうございます」
必死すぎて状況を把握できていなかったイオリは二人の真剣な様子を見て、冷静さをとりもどしていく。
「……そうですね、同じことをしてもダメですよね。どうしてこんなことになっているのか、そこから調べていかないと……」
諦める気はないと決意を秘めたまなざしのイオリは、冷静になるように気をつけながら周囲を見回していく。
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