第22話


 まわりを見回してみるものの、特にこれといったものは見当たらない。

 魔法陣があるわけでも、黒い力を使っている何かがいるわけでもない。


「ということは、狼さんの身体になにかがあるのでしょうか?」

 黒い力が靄となっているため、全身を確認することができないが、その隠れている場所でなにかがおこっている可能性がある。


「確認のためにもう一度だけ聖水を使いますね。ヴェルさん、スライムさん、二人も一緒に確認をお願いします」

「ほー!」

「ふる!」

 イオリの声かけに、二人は任せておけと力強い返事をした。


 そして、正面からはイオリが、右後方からはヴェルが、左後方からはスライムが確認することとなる。


「では、いきます!」

 準備が完了したところでイオリは二本目の聖水を取り出し、狼に再度ふりかけていく。


 先ほどと同じように黒い力が晴れていき、その瞬間、霧が晴れたように狼の負担が軽くなる。


「ど、どこに!」

「ほーほほー!」

「ふーるふる!」

 三人はこのタイミングを逃すまいと、慌てて狼の身体を調べていく。


「……ない、ないです……」

「ほーほー……」

 イオリ、そしてヴェルは何が原因なのかわからず、しょんぼりと諦めの言葉を口に出しかけてしまう。


 その瞬間。


「ふるふるーーーー!」

 何かを見つけたようにスライムが大きな声を出して、狼の右後ろ脚のあたりを指し示した。


「えっ? ……あった、ありました! このナイフを、このおおおお!」

 そこには全体が真っ黒なナイフが突き刺さっており、そこから黒い力が染み出して狼の身体を蝕んでいたのが見て取れた。

 気づいた瞬間、再度黒い霧で見つけられなくならないようにイオリは急いでナイフへと手を伸ばす。


「これを抜けばあああ! ぐうううう!」

 触った瞬間からイオリの手は黒い力によってダメージを受け、まるで火傷をしているかのように焼けただれてしまっている。

 それでもイオリは狼の苦しさに比べたら大したことはないと手を離すことはない。

 だがイオリの頑張りとは裏腹に、ナイフは深く突き刺さっており、更に黒い力が狼と同化しようとしているためなかなか抜くことができない。


「ううううううう、わああああ!」

 痛みに耐えて、全力で力をこめていくが、イオリの手に伝わる痛みがどんどん強くなっていく。


「ふるー!」

 すると、スライムがにゅるんとその身体を伸ばしてイオリとナイフの間に滑り込ませていく。

 そして手袋代わりに彼女の手を自身の身体の一部で包み込んだ。


「スライムさん!」

「ふる!」

 この状態ならイオリがダメージを受けない。だから、このまま引き抜くように指示をするように鳴いた。


「で、でも……」

 それではスライムがダメージを受けることになってしまうため、イオリは躊躇してしまう。

 自分が傷つくのはあとで治療すればいいやと割り切れたが、イオリにとって自分以外のものが傷つくのはためらいが強かった。


「ホーホー!」

 すると、ヴェルがナイフの上を飛び回りながら羽から光を撒いていく。

 その光はスライムの身体に降り注ぎ、ホーリースライムの聖なる力を強化していく。


「ふる!」

「ほー!」

 いま、今こそ抜く時だ! そう二人が声をかけているようにイオリには感じられた。


「わかりました! せやあああああああ!」

 痛みはスライムが引き受けてくれている。

 ヴェルがそのスライムの力を強化してくれている。

 彼らが手伝ってくれている心強さを胸に、イオリも全力を持って、その持ちうる膨大な魔力を込めてナイフを引き抜いていく。


「ガアアアアアア!」

 先ほどまで衰弱しきっていて、唸り声をあげるのが精いっぱいだった狼が、苦痛から叫び声を出している。


 それでも、イオリたちが自分のために行動してくれていることは理解できており、邪魔にならないように身体を動かすまいと必死に耐えていた。


「抜けて下さいいいい!」

 イオリが込める魔力がどんどん大きくなっていき、ナイフの耐久限界に到達したのか、スポンっとナイフが抜けた。


 狼の身体にまとわりついていた黒い力。

 そして森に漂っていた黒い力が、まるで巻き戻し映像のようにナイフにギュルギュルと集約されていく。


「収納! それから、スライムさんと狼さんに聖水です!」

 ナイフが他に影響しないように素早く収納スキルでしまうと、黒い力の影響を強く受けていたスライムと、なにより狼に聖水をふりかけていく。


「ふるふる」

 スライムはなにもなかったかのように、元の形状に戻っている。

 ふよふよと何の問題もないように元気に揺れていた。

 確かに負担はあったものの、それでもヴェルのサポートと本来の聖なる属性力によって防ぐことができていた。


「くー、くー……」

 狼はというと、やっと苦しみから解放されたことで、緊張が解けたのか、ぐったりと体の力を抜いてそのまま眠りについてしまっていた。


「……ふああああああ」

 狼が穏やかな寝息を立てている様子を確認したイオリは、安心したように大きく息を吐いた。


「ほおおおお……」

「ふるうううう……」

 それはヴェルとスライムも同様だった。


 一瞬の判断を求められる状況で、三人が三人とも最善手を選べるように全力を尽くした。

 それは、この眠っている狼も同様であった。


「にしても、黒いモヤが晴れてみてわかりましたが……子どもの狼さんだったんですね」

 イオリの膝枕ですやすやと寝息を立てている狼を見る彼女の眼差しには慈愛が満ちていた。


 黒い霧に覆われているときにはいっぱいいっぱいで気づかなかったが、眠っている狼のサイズは成獣にしては小さかった。

 顔立ちにもあどけなさがあることから、恐らく子供の狼だろうとイオリは見当をつけた。


「ふう、でもヴェルさんとスライムさんのおかげもあってなんとかなりましたね。森に漂っていた黒い力もあのナイフが原因だったみたいですし、これで他の魔物さんたちも戻ってくるはずです!」

「ふるー!」

 それを聞いてスライムは喜んで飛び跳ねていた。


 ずっと森に暮らしていたため、今の状況を良く思っていなかったスライム。

 今回イオリに協力したのも、理由の一つに森を改善したいというものがあった。


「とりあえず、狼さんはうちに連れていきましょう。よいしょっと……子どもでも、大きいですね」

 そう言うと、イオリは今も眠っている子狼を抱きかかえる。

 同じく子どものイオリのサイズからすると、狼ということもあってやや大き目であるため、腕いっぱいになってしまい、抱えづらさがある。


「ふるふるー」

 すると、スライムが身体を伸ばしてイオリに声をかける。


「えっと……もしかして、そこに狼さんを乗せてくれということなんでしょうか?」

「ふる!」

 イオリの確認にスライムが元気よく返事をする。


「そ、それではお言葉に甘えまして……」

 さすがにこのまま家まで自分が抱えて連れていくのは難しいと判断したイオリは、ゆっくりとスライムに子狼を乗せていく。


 ポヨンという柔らかい感覚が子狼を受け止める。


「おー、すごいです。衝撃が全て殺されている感じですね。ではでは、申し訳ありませんが、狼さんをお願いしますね」

「ふる!」

 こうして、森でのトラブルを乗り越えたイオリとヴェルは、スライムと子狼という同行者を増やして家に戻って行ったのだった。

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