第23話
「思っていたより、衛兵さんは優しかったですね」
「ほー」
「ふる」
家に到着したイオリの言葉に、ヴェルとスライムが同意の返事をする。
街の入り口で、街を守る衛兵がイオリに声をかけてきた。
子供のイオリがスライムと子狼を連れているということで、魔物を連れているのはどういうことなのか優しい声音で確認を求めていた。
それに対して、イオリは森で傷ついている子狼を見つけたことと、スライムが運ぶのを手伝ってくれたことを話す。
すると、イオリに懐いているようだし悪意を感じないから連れていっていいと許可を出してくれる。
ただ、魔物を連れ込むとなると、契約しなければならないとの説明も受けることとなる。
知らないで連れてくるケースは過去にもあったため、衛兵の詰め所でも契約を行えるように設備が整えられていると教えてくれた衛兵の勧めで、イオリはスライムと子狼と仮契約を結ぶこととなった。
眠ったままの契約ではあったが、本人が心を許していなければ仮契約も行えないという衛兵の言葉からも、狼は助けてくれたイオリに対して感謝の気持ちを持っているようだった。
正式な契約は魔物ギルドで行えるとの話を聞いて、無事街に入っていまに至る。
何も知らないイオリたちに対して、衛兵は優しい声音で丁寧に説明をしてくれたため、彼女たちは街の衛兵に対する好感度が爆上がりしていた。
「とりあえず狼さんは落ち着いているみたいでよかったです。スライムさんには色々とご協力していただいて、本当に助かりました。ありがとうございます」
感謝の気持ちを込めてイオリは改めてスライムに礼を言う。
森で協力してくれたのも、ここまで運んでくれたのも、仮契約に納得してくれたのも、そのいずれにも感謝をしていた。
イオリ一人では狼を連れてくるのは相当骨が折れることだったろうと想像できる。
「ふーるふる」
スライムは気にしないでいいよ、と身体を横に振っている。
「ふふ、優しいんですね……って、あれ?」
ここでイオリは今までと違う感覚に気づく。
「あの、完全にではないのですがスライムさんの言っていることがなんとなくわかるような……」
驚きながらもイオリはスライムをじっと見つめる。
それは気のせいではなく、今回の仮契約のおかげだった。
契約とは魔法技術によるもので、両者の間に繋がりを作る技術である。
その効果として、互いの思いを伝えやすくなるというものがあった。
「一方的な会話だったので、すごく助かりますね! 仮とはいえ、すごい便利です!」
これまでなんとなく動きから察するしかなかったスライムの言葉をなんとなくでもわかるようになったイオリは感動から嬉しさいっぱいの表情でスライムを撫でる。
これが正式なものになると、より強い繋がりになるのだが、まだ彼女は知らない。
「ふるふるー」
だがこれまでコミュニケーションがうまく取れていなかったことをもどかしく思っていたのか、きもちがつたわるようになったことをスライムも喜んでいた。
「そういえば、お名前はないんでしょうか?」
鑑定した時には名前のところは空欄だったが、スライム自身が決めているなにかがあるのではないかとイオリは考えていた。
「ふーるふる。ふるふるー?」
名前はない。ヴェルはどうやって名前を決めたのか? そう質問している。
「えっと、ヴェルさんは私がこの世界で初めてあったので、私が名付け親になりました」
卵からかえって、そして最初にイオリと会い、イオリが名前を決めていた。
ヴェルが自慢げに羽を広げて見せる。
「ふるふる!」
じゃあ、自分の名前もイオリが決めて、とスライムが依頼してくる。
「……えっ? ええええええっ!?」
まさかの提案にイオリは大きな声を出してしまう。
周辺に民家がないのが幸いして、苦情はもちろんない。
「わ、私が決めるんですか?」
「ふる」
思っていたより大きな声が出たことに焦って口元を押さえたイオリの問いかけに、機嫌よくスライムが頷く。
「いやいや、だって、契約したとはいえ仮ですよ? あくまでこの街に入るための手段であって……このあとスライムさんは森に帰るんですよね……?」
「ふるふる」
この質問には身体を横に振った。戻らない、というスライムなりの意思表示である。
「ええっ? こ、ここに残るということですか?」
スライムはともに問題を乗り越えた関係であり、仲間になってくれるならありがたいとはイオリも思っていた。
しかし、スライムは森を大事に想っている様子であったため、強く誘えないと考えていた。
「ふる。ふるふるふるー」
そのとおり、イオリやヴェルと一緒にいたい。そんな気持ちをイオリたちに伝えてくる。
「…………わかりました。私も一緒にいたいと思っていました。是非、私たちの仲間になって下さい! お願いします、スライムさん。いえ、マイヤさん!」
「ふる!」
このイオリの呼びかけに、スライムの心が強く震えた。
名前を与えたことで、二人の間にあった仮契約は本契約へと昇華されていく。
マイヤ、と呼ばれたスライムの身体は光に包まれる。
「ふるふるふるうううううう!」
名前を付けてもらえたことをうれしく思ったマイヤは元気よく高く跳ねる。
徐々に光が落ち着きをとり戻し、マイヤの身体は元のぷるぷるスライムボディになっていた。
*************************
名前:マイヤ
種族:ホーリースライム
性別:
契約者:イオリ
*************************
(よかったです。ちゃんと命名も契約も成功しました)
イオリは素材鑑定を再度使って、マイヤのステータスを確認していた。
性別はスライムには存在しないようで、今も空欄のままになっている。
「にしても、マイヤさんはすごく珍しい種類なんですね」
「ふる?」
イオリがマイヤの種族を口にするが、マイヤ自身はなんのことを言っているの? と身体を傾げている。
「えっ? も、もしかして、マイヤさんは自分がただのスライムだと思っていたのですか?」
「ふる」
今度は肯定。
本契約をしたため、先ほどよりもはっきりとマイヤの気持ちが伝わってくる。
「そうだったんですか!」
まさか、自分がなにものなのか知らなかったとは思わなかったため、イオリは驚いてしまう。
「え、えっとですね。マイヤさんの種族なんですが、ただのスライムではなくホーリースライムといって、珍しくて見たことのない人も結構いるほど希少なんです。本でもいるとはあったが、どこに生息しているのかはわからないと書いてありました」
「ふ、ふる……」
真剣にそう語るイオリに、マイヤもまさか自分がそんな存在であったとはと、驚愕して固まっている。
「ふるふる」
しかし、次の瞬間にはイオリの傍にいられるならばなんでもいいやと切り替えており、ぴょんぴょんと跳ねながら子狼のもとへと移動していく。
イオリの寝室にあるヴェルのベッドに子狼を寝かせていたため、マイヤもそのそばに寄り添うようにしてぷるんと居場所を定めると狼とともに眠りについていた。
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