第24話


 夕食はイオリの寝室にテーブルを用意して食べることにして、なるべく子狼から離れないようにしていた。

 子狼はよほど身体に負担がかかっていたのか、すやすやと眠り続け、目を覚ましたのは夕食の片づけを終えて部屋に戻った頃だった。


「あら、目が覚めたんですね。ふふっ、元気そうでよかったです」

 子狼はベッド上で身体を起こすと、キョロキョロと周囲を見回している。

その表情には本来の元気が戻っているように見受けられた。


「くーん……」

 心もとないのか、犬が心細い声を出してるかのように、小さな声をあげる。


「あ、そうですね。目覚めたらこんな場所にいたらビックリしちゃいますよね」

 そう呟くと、イオリは小走りで子狼のもとに向かう。

 子狼もイオリの姿を見つけると、嬉しそうに尻尾を振って安堵したように彼女の手に顔をすり寄せた。


「狼さん、大丈夫です。刺さっていた黒いナイフはもう抜きましたし、傷も薬でふさがってますよ。私の名前はイオリといって、こちらのフクロウのヴェルさん、スライムのマイヤさんと一緒にあなたのことを助けたんです――覚えていますか?」

 イオリはできるだけ優しく落ち着いた声音で子狼に語り掛ける。

 助けたといったものの、イオリは自分がやりたかっただけで少し押しつけがましかったかもしれないと申し訳なさを感じている。


「あのまま森で眠っていては危ないと思ったので、一度私のおうちに案内しました」

 それでも、まずは説明をしないといけないと考え、気持ちを切り替えてここに至るまでの状況を話していく。


 じっとイオリを見つめたまま話を聞いた子狼は、彼女の優しい気持ちに触れて嬉しそうにさらに手にすり寄る。

 完全には理解できていないが、暴れる様子もないことから、徐々に状況を把握しているようである。


「ここは私たち三人しかいませんので、狼さんはゆっくりしてもらっていて大丈夫ですよ。あー、それと街に入るために仮契約というものをしなくてはいけなかったので、狼さんは寝ているなか、申し訳ありませんが勝手に仮契約してしまいました。身体にはなんの影響もないですし、仮なのですぐ解除できますから安心して下さいね」

 仮契約に関しては子狼の知らないとこで行われたことであるため、申し訳なく思っているイオリはやや早口で説明する。


 早口だったからかなにを言っているのか、これまたあまり理解できていない様子だったが、それでもイオリが悪いことをしないと思っているようで子狼はじっと彼女を見るだけだった。


「ミルクを持ってきているので、まずはそれを飲んで休んで下さい」

 瓶に入ったミルクを持ってきており、それを皿に注いでいく。


 子狼は少しの間躊躇していたが、何度かミルクの皿とイオリの顔を見比べたあと、イオリの笑顔を見て安心したのか、ぴちゃぴちゃとミルクを飲み始めていく。


 皿がほどんど空になったところで、子狼は再び眠りについていく。

 その様子を見てホッとしたイオリたちも、昼間の疲れを感じていたため隣のベッドでゆっくりと眠っていった。



 翌朝


「ガウガウ!」

「ふるふるー!」

「ほーほー!」

 なにやら騒がしい気配を感じてイオリが目覚めると、三人が部屋の中でぐるぐると走り回っていた。


「……これは、一体どういうことなのでしょうか?」

 子狼が元気を取り戻したのはいいことだったが、ヴェル、マイヤと仲良くなったようで、イオリの寝室内を元気に走り回っていた。


「ほ? ほーほー!」

 イオリが目覚めたことに気づいたヴェルが彼女のもとへと飛んでくる。


「わ、わわ、ヴェルさん。おっとっと」

 とびつかんとばかりに勢いがよかったため、慌てたような声を出してしまったが、ヴェルは直前で速度を落としてイオリの手の中にすっぽりと収まった。


「ふるー」

 そして、ぴょんぴょんと跳ねながらマイヤもイオリの傍にやってくる。


 対して、子狼は少し離れたところでイオリたちと向かい合うような位置にお座りしている。

 その表情はなにやら決意を秘めているように見えていた。


「狼さん? どうかしましたか?」

 なにか言いたそうにしているため、イオリは耳を傾ける。


「ぐるる……」

 しかし、子狼はその場を動かず、なにか言いづらい様子である。


「ふーるふる」

 仕方ないな、とぴょんと跳ねたマイヤが子狼の横に移動して体の一部をにょいんと伸ばすと、鼓舞するようにバシッと背中を叩く。


「ふる、ふるふるー!」

 大丈夫だから話せ! と言っているようである。


「ガウ……ガウ、ガウガーウ、ガウ!」

「ふるふるふるー、ふるーる」

 イオリと言葉が通じるわけではない子狼が言った言葉を、本契約がすんでいるマイヤが通訳してくれているようだ。


『マイヤと同じように正式契約したい。自分にも名前をつけてほしい』

 そう子狼が言っているとマイヤはイオリに教えてくれた。


「えっと、でも、森で親御さんや兄弟と暮らしていたのではないのですか……? 私と契約するとなると、一緒にこの家で暮らす、ということになりますが……」

「ガウ!」

 イオリの確認に対して、子狼は迷いなく問題ないと返事をしている。


「ふう、わかりました。私と一緒にいたいと思ってくれるのはすごく嬉しいですからね。では、名前を考えましょう…………決めました!」

 少し考えて、イオリはすぐに名前が思いついたようだった。


「狼さんの名前は……」

 イオリの溜めに、三人が息をのむ。


「アルグロウさん。略してアルさんでどうでしょうか!」

「あおーん!」

 イオリの命名に大きな声で子狼こと、アルグロウが応えた。


 昨晩のマイヤの時と同様に、アルグロウの空が光に包まれ、仮契約だったものが本契約へと移行していく。


「やりました! これで、契約完了です!」

「ガウ!」

 マイヤに続いて、アルグロウとも契約することができたイオリ。


 森に到着した時には、あまりに魔物がいなさすぎるためにどうなることかと思っていたが、二人の魔物と契約できたことは結果的に目的を達成できたことになる。


「そういえば……」

 アルグロウの正式な種族はなんなのか、性別はどちらなのか、それが気になったため素材鑑定を使ってみることにする。


*************************

名前:アルグロウ

種族:聖獣

性別:オス

契約者:イオリ

*************************


「――えっ?」

 その結果は思ってもみなかったものであり、マイヤの鑑定結果を見た時以上の驚きがイオリに襲いかかっている。


「せい、じゅう?」

 思わず結果について呟いてしまうが、アルグロウはなんのことかわからず首を傾げている。


 この世界で魔物たちが自分の種族を正確に把握することは難しく、親や周りと同じ種族だと思い込んでいることがほとんどだった。

 

 ホーリースライムという珍しい種族のスライムであるマイヤに続き、聖獣のアルグロウと契約したイオリ。

 その結果を知ってしまった彼女は、しばしの間、口をポカンと開けてアルグロウのことを見ていた……。

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