第17話


 広い地下室内を見回したイオリは、ヴェルの卵があった位置を指さす。


「あっ、あの藁が敷かれているところにヴェル君の卵が置いてあったんです!」

 少し離れていたそのエリアへイオリは駆け寄っていく。


 昨日は周囲がほとんど見えなかったが、今だったらなにか見落としたものが見つかるかもしれないと考えていた。


 ヴェルがどうして、長い時をここで過ごしていたのか。

 ヴェルは一体何者なのか? そのヒントがあるかもしれないと、周囲を探してみる。


「…………うーん、なにもないですね。なんでヴェル君はこんな場所にポツンといたのでしょうか?」

「ほー?」

 イオリがしているように、ヴェルも彼女の肩の上で同じように首を傾げている。


「二人はまるで親子のようね。でも、なんでこんな場所にいたのかは本当に謎ね。壁にも床にも特別なところは……素材くらいかしらね。これまた珍しい素材でできているけど……」

 じっと周りを見回しているケイティは長年培った観察眼で素材を見極めている。


 天井、床、壁、その全てが入り口の蓋と同じ素材――重オリハルコンでできているようだった。


「もしかして、上が開かれるまでこの中の時が止まっていたとか?」

 少し考え込んだイオリは思いついたようにそう口にするが、冗談まじりで言っているため、本気度は低い。


「……そのとおりかもしれないわね」

 しかし、真剣な顔をしたケイティがその思いつきに同意する。


「えっ……!?」

「これを見て。床のどこにも埃がたまっていないわ。その藁はもちろん、ここにいたるどこにもね」

 思いついただけのことを言ったイオリは驚き戸惑いながら真剣な様子のケイティを見る。


 促されるようにして改めて後ろにある自分たちが来た道を振り返るが、塵一つないため足跡もついていない。


「空気の流れはもちろん、時間の流れも止まっていたのなら、卵が状態を維持したままここにあったとしても不思議ではないわ」

 そう言うと、しゃがんだケイティは改めて床を指でこすってみる。

 ね? と見せた指にはほとんど汚れがついていなかった。


「な、なるほどです。つまり、私が封印を解いてしまったということなんですね……」

 ケイティは地下を見つけ、開ける方法がわかり、それを実行しただけだが、イオリは立ち入り禁止の場所に土足で踏み入れたような気持になり、どことなくショックを受けていた。


「うーん、いいことだと思うけどね。だって、だから彼はあなたに会えたのでしょう?」

「ほー!」

 ふわりとほほ笑んだケイティの言葉に、羽を広げたヴェルが同意する。

 他の誰かではなく、イオリと一緒にいたいと思っているからこそ、彼女といられることを嬉しく思っていた。


「……そう、ですね。私もヴェルさんに会えて、一人ぼっちじゃなくて助けられています」

 少し落ち込んでいたイオリを励ますようなヴェルの様子に、ようやく彼女の顔が緩む。


 互いに互いのことを大事に想っている二人。

 そんな彼女らを見て、ケイティは一緒にいるべき存在に出会えたのだろうと考えていた。


「とりあえず、天井の灯りの魔道具は魔力が切れるまであのままだから、しばらくは持つはずよ。かなり効率が良くて、私がさっき込めた魔力だけでも一か月は大丈夫だと思うわ」

「一か月も! そ、それは、なんともすごい長期間持つんですね……」

 クスクスと笑ったケイティの言葉に、イオリは目を大きく開いて驚く。


 通常の灯りの魔道具は、朝魔力をこめれば一日持つ程度である。

 それが一か月ともなれば、破格のアイテムだ。


「魔力がなくなったら、ゆっくり下に降りてくるからもう一度魔力をあげれば同じように使えるわよ。ま、引っ越し祝いということにしておいてちょうだい。それより上に戻りましょう、そろそろお腹が空いたわ」

 伝えたいことだけを言うと、ケイティはすたすたと上に戻って行く。


 そのまま話していれば、きっとイオリが申し訳ない気持ちになってしまうとわかったがゆえに、すぐに話を切り上げてくれていた。


 上に戻ってからは、ケイティが持ってきてくれた食料をイオリが調理して二人で夕食を食べることになった。

 並べられた手料理はどれもそれほど豪華ではないが、しっかりと作りこまれたスープやパン、おかずが並んでいる。


「おいしいわっ!」

 イオリの手料理を食したケイティは頬をおさえながらとろけるような顔をして咀嚼している。


 食材と調理道具があって、キッチンがあるということで、イオリが料理の腕前をふるうことになったが、こちらの世界にきてから料理をした経験は少ない。

 実家にいた時に家族の目を盗んで、シェフに教えてもらうことはあったが、十分な経験とはいえない。


 そんな彼女がこれだけの料理を作れるのは、やはり前世の記憶のおかげだった。


 前世では家のことができるように料理技術をある程度しこまれていた。

 これ以上はいらないと言われたが、それでもコツコツ隠れて学んでいた成果が今に繋がっている。


「これなら、お店が出せるわよ! あんな短時間にこれだけのものが作れるだなんて――うちにお嫁にこない?」

 店のくだりも、お嫁のくだりも、ケイティは真剣な表情で言っていた。


「ふふっ、嬉しい申し出ですけど、料理はこうやって自分のためやお友達のために作るくらいで今のところは十分です。お嫁さんは……そうですね、私とケイティさんの両方に相手が見つからなかったらお世話になりますね」

 ニコリと笑いながら言うイオリに対して、ケイティは眩しいものをみるかのように目を手で覆っていた。


「あははっ、半分冗談で言っているものを本気で返されて、それがとても最高な答えなのはすごいわ。末恐ろしい子ね……」

 そんなことを言いながらも、飛び切りおいしい食事を前に、ケイティの手は止まらなかった。


 イオリは短時間ながら、デザートも用意しており、食事の最後でフルーツの盛り合わせをだしてくれる。


「あらあら! まあまあまあまあ! すごいわ! 果物が綺麗にカットされて、美しく盛りつけされているのね!」

 ケイティは先ほどの食事だけでも感動しっぱなしだったが、最後に出て来たデザイン性も高いデザートにこれまでにないほどの感動をしていた。


 この家が空間魔法で広げられていること、地下に広大な空間があること。

 この数日でとんでもなく驚くことがたくさんあったはずだが、それはイオリの料理技術によって飲み込まれていた。


「ふふっ、喜んでくれてよかったです。ケイティさんが用意してくれた果物ナイフがとても使いやすかったんですよ」

 イオリ自身は特別なことはしていないと思っているが、どれも彼女の優しい気持ちがこもったものだった。


 ケイティが用意してくれた調理道具は、鍋、おたま、しゃもじ、フライパン、包丁数本など、基本的なものがしっかりと揃っており、どれもこれも職人が作った特製品。

 そろえればそれなりの金額がかかり、家を飛び出したばかりのイオリでは到底揃えられないほどのいいものだった。


「ふふっ、そう言ってくれると、用意したかいがあったわ! うーん、どれも美味しい!」

 素直なイオリの感謝の気持ちがいっぱい伝わってきたケイティは温かい気持ちになりながらデザートを頬張る。

 そんな様子をイオリは笑顔で見守っていた。

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