第28話
洗い物を終えたイオリは、早速工房スペースへと移動して作業に取りかかっていく。
「まずは、薬草をすりつぶすところからですね」
大好きな物作りができるとあってご機嫌なイオリは収納空間から薬草をさっと取り出すと、手際よくそれをすり鉢ですりつぶしていく。
創造のスキルのおかげもあって、イオリの薬草はあっという間に細かくすりつぶされていた。
「ほー」
少し離れた彼専用の止まり木にて見学しているヴェルは、美しいと言えるほど滑らかに進むイオリの錬金作業に見入っていた。
「ふふっ、あまりジッとみられる経験がなかったので、少し照れますね。でも、まだまだ序盤なのでしばらく続きますよ」
少し照れたようにはにかんだイオリは、再び真剣な眼差しに戻り、別の容器にそれをうつすと、新しい薬草を取り出してそれをすりつぶしていく。
この作業は二時間ほど続けられることとなるが、じっと止まり木で羽を休めているヴェルは飽きることなくそれをずっと見ていた。
ちなみに、マイアは外で家の警備をしており、アルグロウも一緒に行動している。
「――ふう、やっとひととおり処理できましたね。次は、これです」
緊張から解放されたように一息ついたイオリは自分の収納空間にアクセスする。
そこから取り出したのは少し意外なものだった。
それも同じようにすりつぶしていくが、これは毒草だった。
その名のとおり、接種すれば身体に毒がまわり、十枚ほど接種するだけで気絶、その後死に至る可能性もある効果の草。
「ポーションを作るのに、普通は毒草は使わないんですけど、実は薬草がたくさんある時に少し毒草を混ぜることで効果がアップするんです」
「ほー」
少し得意げな様子でイオリが説明すると、ヴェルは興味深そうにそれを聞いていた。
「普通のポーションの、そうですね……倍以上の効果はあると思います」
「ほ!?」
まさかの効果量にヴェルは驚いてしまう。
「ただ、あまり一般的な方法ではないらしいので、この製法は秘密にしないとですね」
苦笑交じりでイオリは内緒だと口元で指を立てる。
誰かに知られてしまえば、毒を混入しているなどと悪評がたってしまう可能性が高い。
それも、ライバルともなると、イオリのことを貶めようとするのは目に見えている。
「少しの毒は薬になる――そんな言葉を聞いたことがありますが、今回のこれは本当にそのとおりです」
そう言って先ほどの薬草をいれた容器に少量の毒草をすくって入れていく。
「あとは、これを大量の水につけておきます」
そしてイオリが収納空間から取り出したのは、巨大な壺だった。
そこに先ほどの薬草を全てパラパラッといれて、たっぷりの水を入れていく。
「これで最初の作業は完了です。次はマジックポーションを作っていきましょうか。その前に、すり鉢の洗浄を……」
「ふるー!」
水を入れて洗おうとしたところで、ちょうど周囲の警戒を終えたマイヤが戻って来た。
「あ、おかえりなさい。外は大丈夫でしたか?」
「ふる!」
問題ない、とマイヤが頷く。
このあたりは細かい動きではあるが、契約をしているため、ニュアンスが伝わっている。
「それはよかったです。私のほうはポーションの素材の仕込みをおえたので、次にマジックポーションの仕込みを始めるところで――」
そう説明していると、マイヤはイオリの顔ではなく、じーっとすり鉢を見ている。
「……もしかして、これも綺麗にしてくれるんですか?」
「ふる!」
ポーションを作るのであれば、余計なものが混入しないほうがいいのは明確で、自分なら完全に綺麗にすることができると思っていた。
「えっと、嬉しいのですが……これって、毒草を処理したあとなので……」
自分で作ったポーションは問題ないが、それを処理するのに使っていたすり鉢にはばっちり毒が付与されている。
いくら綺麗にしてくれるとは言っても、毒をマイヤに与えるのはさすがに抵抗があった。
「ふるふる」
しかし、マイヤは気にしなくて大丈夫だと言わんばかりに一度身体を横に振ると、迷わずにすり鉢に近づいていく。
「ふる!」
そしてマイヤはあーっと大きく口を開けて迷わずにすり鉢をパクリと飲み込んだ。
「……あっ!」
思わず声を上げながら手を伸ばすイオリは止められなかったことを悔やんだ。
「ふるふるー!」
それに反してマイヤは苦しむ様子もなく、何度か大きく体を揺らしてあっという間にすり鉢を綺麗にしていった。
そしてポンっとイオリの手元に戻るようにすり鉢を吐き出す。
「ふるるんっ!」
「マイヤさん!」
マイヤが綺麗にしたすり鉢を受け取るや否や、イオリはすぐにマイヤに対して素材鑑定を発動させた。
万が一毒にかかっていたら、毒消し草を煎じなければならない――内心とても彼女は焦っていた。
「…………あれ? なんともないようですね」
しかし、確認したマイヤのステータスからは特に異常は見受けられず、ピンピンしていた。
「ふる! ふーるふる、ふるる」
どうやらマイヤがいうには、この程度の毒は自分の力で中和できるとのことだった。
仮に猛毒だったとしても、少しダメージを喰らう程度ですむらしい。
「す、すごいですね!」
まさかの特殊能力にイオリは驚いていた。
魔物とはいえ、毒を飲みこんでしまえばそれなりにダメージを受ける。
そして毒状態が続いてしまえば、死に至ることもある。
事実、不勉強な者が薬草採集にいって、誤って毒草を食べてしまうなどという事故は、年間数例報告されていた。
「ふる!」
褒められたことで、マイヤは胸を張っていた。
「でも、すごく助かります。毒草は水洗いだけではなかなか綺麗にしきれないので、どうしてもつけ洗いしなきゃらならないんですよね……はあ……」
ホッとする気持ちを胸にイオリがそのことを思い出してうんざりしたようにため息をつくと、マイヤがイオリの足元にきてくるくるとまわる。
「ふるるー!」
今度からは任せて! と元気よく言っていた。
皿洗いの時もそうだったが、イオリの役に立てるのが嬉しいらしく、自ら洗浄の役割を買って出ていた。
「いいんですか?」
「ふる!」
ちょっと不安そうなイオリの確認に、マイヤは即答する。
「わかりました、次からもよろしくお願いしますね。……ただ、本当に危険なものもありますので、そのあたりは私が判断します。マイヤには傷ついてほしくないですから、どうか今みたいに勝手に洗うようなことは絶対にやめて下さい」
「ふ、ふる」
鬼気迫るほど真剣な表情でいうイオリに対して、マイヤは気圧されながら返事をした。
今回のような少量の毒であれば問題はない。
同じ毒が濃くなった程度でも問題はないかもしれない。
しかし、呪われたものや、魔力が込められているものであれば、別の影響がでてしまうことが考えられる。
イオリは今後自分のスキルを駆使していろんなものを扱いたいと思っていただけに、自分の好奇心の結果で大切な人を傷つけるのだけは絶対に許せなかった。
だからこそ、あえて強い言い方をしていた。
「ヴェルさんもアルさんもですからね!」
くるっと振り返ったイオリは真剣な顔で彼らに指を立てて言い切る。
離れた場所でやりとりを見ていたヴェル。
そして、少し前に戻って来たアルグロウにも言い聞かせた。
「ほ、ほー!」
「が、がう!」
普段優しさに満ち溢れているイオリの鬼気迫る真剣な表情に、逆らってはいけないという、強いプレッシャーを感じた二人も慌てて返事をしていた。
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