第12話


「さて、気を取り直して地下の確認をしましょう!」

 好奇心に胸を膨らませながら、イオリは嬉しそうに中へ視線を向ける。ワクワクした気持ちが抑えられずに自然と笑顔が浮かんできている。


 蓋がとれたことで階段が見えていた。

 地下で暗いため、魔道具のランプをとりだして、照らしながらゆっくりと階段を降りていく。


 蓋がなくなったことは、閉じ込められる危険性がなくなったと考えれば行幸だったのかもしれない。


「なんだか、かなり深くて広そうですね……」


 階段はしばらく続いており、体感で三階分ほど降りたように感じられている。

 そして、一番下に到着するとそこから部屋のような場所に繋がっていた。


「…………えっ?」

 たどり着いた先に広がる光景に、イオリは蓋の素材に続いて、今回も驚いて声が自然と出てしまった。


「ひ、広すぎじゃないですか!?」

 イオリの口から飛び出た驚きの声。それは地下室に反響するように響き渡っていき、やがて消えていく。


「これって、上より広いんじゃないでしょうか……」

 地下室は、部屋というには広大過ぎるほどで、体感でも学校の体育館よりも遥かに広いような気がしている。


 恐らくここも空間魔法で広げられているため、これだけの空間を地下に用意することができているようだ。


「埃……はあまりないですね」

 灯りで床を照らしながら進んでいく。

 広すぎるため、全体を照らすことができない。


「これだけ広いと色々やってても、外に聞こえないから誰かに怒られることはなさそうですね。今のところ使い道はありませんが……」

 さすがにこれだけの広さの一室をなにに使えばいいのかは、すぐには思いつかない。


「……まあ、使用用途に関しては追々考えるとして、まずは上の方からやっていきますか」

 途中まで進んだところで、イオリは引き返して階段へと戻ろうとする。


「――あれ?」

 しかし、なにかに気づいてその足を止めた。


「いま、なにかの気配を感じたような……」

 誰もいない、なにもないはずのこの空間で、イオリは確かになにかがいるような感覚を覚えていた。


「あっち、ですかね?」

 特に怖い感じもしなかったので、イオリはその気配に導かれるように、奥へ奥へと進んでいく。


「……たま、ご?」

 一番奥にあった広大な一室の壁際に、大量の藁が敷かれて、その上に大きな卵が安置されていた。


 イオリが両手抱えればなんとか持てるかもしれないくらいの大きなサイズで、不思議な輝きをまとう乳白色の卵だ。


「どう、しましょうか……」

 放っておくには大きすぎる存在にイオリは悩んだ。


 このまま放置しておいて、なにかが生まれて地下室を荒らされても困る。

 かといって持って帰ってもどうしたものかと、考え込んでいた


「なにが生まれるのでしょうか?」

 そう呟きながらイオリはそっと卵に手をあててみる。


 触れた手の先から、ぬくもりを感じる。

 確実にこの卵は生きており、生命の息吹が感じられた。


「うーーーーっ、さすがにこのまま放置するのは……………………」


 確かに生きているのを知ってしまった以上、放置することはイオリの良心が咎めた。


「……連れていきましょう」

  考えること数分で出した結論は、このまま卵を放置するわけにはいかず連れていくというものだった。


「確かあれが……」

 少し考えたのち、イオリは収納空間から大きな籠を取り出す。

 それはリュックのように背負うことができるものである。


「中に布を敷いて、それから藁を敷いて」

 これまた適当に取り出した布を籠の底に敷き、卵が乗せられている藁を少々拝借してなかにいれる。


「これなら割れる心配もないでしょう。あとはここに卵をいれて」

 持ち上げてみると、それなりの重量はあったが持ち上げられないほどではなく、慎重に籠へと移していく。


 すると、一瞬だけ卵がぶるっと震えた。


「あ、そうか。ちゃんと声をかけなくちゃですね。ごめんなさい、ここに置いていくわけにはいかないので移動させてもらいますね」

 説明をせずに移動されれば誰でも驚くだろうと考えたイオリは、謝りながら優しい口調できちんと説明していく。


 端から見れば卵に話しかける怪しい光景だったが、この声かけは正解であり、まるで言葉を理解したかのように卵は先ほどよりも小さく震えた。


「了承、ということですかね。では、いきましょう」

 籠を背負ったイオリはふわっと笑ったあと、できるだけ振動が卵に伝わらないように気をつけながら階段へと移動し、地上階へと戻って行く。


「とりあえず、藁を敷いて卵をおいて」

 まずは工房の片隅に卵を安置する。

 卵が最初置いてあった部屋は特に暖かいというわけではなかったので、寒すぎなければいいのだろうと広い場所が確実に確保できる工房を選んだ。


「えーっと、温めればいいんでしょうか?」

 卵を育てた経験のないイオリは、悩みながらそう口にすると、卵が横に動く。


「ひゃっ! う、動いた……え、えっと、横に動いたということは、温めるのは違う、ということでしょうか?」

 言葉に応えるように動く卵にびっくりしながらも、イオリが尋ねると今度は卵が前後に動く。


「ということは、なにか別の……」


 ここで、イオリは今日あったことを思い出していく。


 昨日の朝は食堂に向かうとケイティがいて、ご飯のあとにこの建物を紹介された。

 気にって購入を決定してから掃除を始め、途中で食事の差し入れをもらう。

 建物内は空間魔法で広げられていて、外見よりもかなり広い。


 修繕を夕方まで続けて、今日は終わろうと思ったところで再びケイティからの差し入れを食べた。

 それから、収納スペースを探していたら地下への扉を見つけて潜っていった。


「地下への階段を塞ぐ蓋を発見して、確かアレは魔力をいれると軽くなって、軽すぎたせいで扉が壁に衝突しちゃって……」

 ここでふと工房の片隅に置かれている取れた蓋に視線を向ける。


「魔力を流すと、軽く、なる……?」

 この呟きに、卵がこれまでで一番大きな反応を示した。


「きゃっ……えっ? も、もしかして、魔力が欲しいんですか?」

 あまりの反応に驚いて身をすくめたイオリがそっと質問すると大正解だといわんばかりに、卵が大きく前後に揺らぎ始める。


「わ、私の魔力でいいんですか?」

 イオリは自分の魔力に自信がなく、困ったような顔で問いかける。

 すると卵は跳ねんばかりの勢いで揺れる。


「そ、それじゃあ、魔力を……」

 イオリが手を当てるとおとなしくなった卵。

 反応に促されるままに手をあてた部分から卵へ魔力を流し込んでいく。


「じゃあ……いきますね」


 蓋の時は一気に魔力を流してしまったため、急激に軽くなってしまった。

 その結果として壁に衝突させるという失敗を行ってしまった。


 その反省を踏まえたイオリは、今回慎重に少しずつ魔力を流していく。


「――あ、あれれ?」

 だがそう思っているのは彼女だけであり、彼女が少しずつと思っている量は、同年齢一般的な女の子が全力で魔力を込めたのと同義だった。


 つまり、急激に魔力が注入されたことで、イオリの魔力で輝きを増した卵はどんどん大きくなっていき、一定まで膨らんだところでピタリと止まる。


「あ、これで限界ですかね?」

 ちょっと魔力を流したつもりのイオリはこんなものでいいのかと思いながら軽い調子で言ったが、実際のところ卵のサイズは彼女が見上げるほどに大きくなっていた。


 反応がなかったことでもう少しだけと変わらずに魔力を流していくと、卵はピシピシと音をたてながらヒビが入り始めた……。


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