第19話
宝石店をあとにしたイオリとヴェルの姿は街の外にあった。
その理由は、動物や魔物を仲間にするにしても、どんな魔物がいるのかを知っておく必要があるためだった。
「たまに山のほうには行っていたのですが、森のほうはあまり行ったことがないんですよね」
イオリは思い出すようにそう言いながら街を歩く。
お忍びで家を抜け出した時に、東にある山には足を運んだことがあった。
そこで魔物の素材を手に入れていた。
だが今回は西にある森に向かうことにしていた。
その理由としては、魔物を探しに行ってみようかなとポツリと言った際にケイティに森がいいのではないか? と提案されたためである。
どちらかといえば、森にはさほど強い魔物はおらず、安全である。
護衛の魔物をと考えれば、反する行動だったが、ケイティの心配を押し切って別の場所に向かうのも申し訳なかった。
それに加えて、森に向かうと言った時に、ヴェルが賛成の反応を強く示したことも森に向かう理由の一つだった。
「にしても、ヴェルさんはなぜ森がいいのでしょうか?」
なぜ森に強い反応を示したのか、イオリは疑問に思っていた。
「ほーほー」
ヴェルが何かを訴えるようになにか返事をするが、さすがに全ての言葉を理解できるわけではないため、イオリは首を傾げてしまう。
「うーん、まあ行ってみればわかりますかね」
考えていても仕方ないと切り替えたイオリは苦笑しながら森へと歩を進めていく。
「ほー!」
今度はイオリにも理解できる。『そのとおり!』と言っていた。
あまり疑問に思っていても解決するものではなく、森に答えがあるとわかっているため、イオリは気持ちを森にいるまだ見ぬ魔物たちに向けていた。
街から森まではそれほど遠くなく、イオリの足でも半日かからないうちに到着することができる。
「ふう、移動だけでもいい運動になりますね」
それでも、やはり子どもの足ではだいぶ距離があるため、疲労感がある。
「ほー、ほほー!」
そんなことを言っていると、ヴェルがイオリの頭の上に飛びあがり、何度か羽を羽ばたかせる。
すると、羽からキラキラ光る粒が降り注いでくる。
「あ、あれ? なんだか、身体が軽いような」
ぼんやりとイオリの身体がシャワーのように降り注ぐ光に包まれる。
「ほー、ほー……」
それを終えると、力を使った後のようにぐったりとしたヴェルは息を乱しながらイオリの肩に戻って行く。
「つ、疲れさせてしまいましたか? ご、ごめんなさい。今度からはやらなくても大丈夫ですからね?」
「ほーほー」
自分が元気になることよりもヴェルが倒れてしまうことが嫌だったイオリが気遣うが、ヴェルは首を横に振る。
「ほー!」
そして、右羽を前にだして大丈夫だ! とポーズをとってみせる。
既に呼吸も落ち着いているようだった。
「うーん……わかりました。でも、あまり無理はしないで下さいね?」
「ほー!」
せっかくの気持ちを無下にするわけにもいかないと、イオリが妥協することにした。
その分も、彼女が魔力をあげたり、食事をあげたりしようと心の中で強く誓う。
「では、気を取り直して……森の中にいきましょう!」
「ほー!」
こうして二人は森の中へと入っていく。
森の中は穏やかで、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そよそよと吹く風が木々を柔らかに揺らしていく。
「うーん、気持ちいいですね」
木々の隙間から時折降り注ぐ日差しはほどよく暖かかった。
思わず笑顔になったイオリはのんびりと歩いていく。
「ほっほほー」
それはヴェルも同様である様子で、楽しそうに身体を揺らしている。
魔物の気配はなく、時折茂みが動く音から動物がいるであろうことは伝わる。
しかし、その姿を見ることはなく、ただ散歩を楽しんでいるかのようであった。
「うーん、静かなのはいいのですが……魔物がいなさすぎますね」
ピクニックに来たのであればこれでもいいのだが、イオリの目的は護衛をしてくれるような魔物探し。
だがまるで全ての魔物が退避してしまったかのように、全くといっていいほどいない。
いくら比較的安全な森だといっても、普通はもう少し魔物がいるのが当たり前だった。
「でも、目的とは違いますが、薬草があるのは助かりますね!」
静かな森の中で、いつも来ないこの山でしか生えないような薬草に目を付けたイオリは道沿いに生息しているそれらを採集していく。
誰もいないので採ったそばから収納空間にしまっている。
既に薬草類はたくさん持っているが、生息地による違いなどがないかなども調べており、手に入るのであればどんどん集めておきたかった。
「ほーほー」
イオリが嬉しそうに採集しているからか、興味を持ったヴェルも降り立つと、イオリにならってくちばしで根元から摘んでいき、それを渡してくれる。
「ふふっ、ヴェルさんもすごく上手ですね。あ、こっちには毒草がありますね。こちらはくちばしだと危険なので、私が集めますね」
毒草も使い方によっては薬になるため、イオリはそれも回収していく。
この森は自然が豊富であり、薬草類も生き生きとしているものが多く、イオリたちはそれらを回収しながら徐々に移動して行く。
空振りで帰ることになるかもしれないと思っていたが、思っていた以上に収穫があるようで安心していた。
「――あれは……泉、でしょうか?」
そうしているうちに、気づいた時には森にぽっかりと開いた空間にある小さな水場に到着する。
岩の間から水が少しずつ湧きだしているようで、そこに動物が数匹集まっていた。
日差しを優しく反射してキラキラと水面が輝いて揺れている。
「この森の動物さんたちには大事な水源なのでしょうね」
「ほー」
穏やかな声でそう言ったイオリに同意するように、ヴェルもその中に加わって水を飲んでいく。
「私も少しお水をいただきますね」
動物たちの邪魔をしないように気をつけながらイオリもそっと泉に近づいて、取り出した水筒に水を汲んでいこうとする。
彼女が近づいても、動物たちは逃げることなくそのまま水場で休んでいる。
「みなさん私のような人間が来ても警戒しないのですね、安全な場所という認識なのでしょうか……あれ?」
動物たちのことを見ながら水が出ている場所に水筒をあてようとすると、むにむにと柔らかい抵抗があるのを感じる。
「もしかして……スライムさん?」
イオリがその正体に気づいた時、にゅるんと動いてスライムと目が合う。
水だと思っていただけに驚き固まっているイオリは水色の身体に水筒を押しつける形になってしまっていた。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて離れるが、ぽてっと泉から出てきたスライムはぴょんぴょんと器用に跳ねながらイオリのあとをついてくる。
「あ、あれ?」
イオリはなぜついてきたのか、もしかして申し訳ないことをしたのか、と色々考えてみるが、なぜスライムがついてきたのかわからず立ち止まってじっとスライムを見ながら困惑してしまう。
「ふるふるふるふる」
すると、スライムは何かを訴えるように身体を横にふるわせた。
「え、えっと?」
どう意味を持った行動なのかわからないため、目線を合わせるようにしゃがんだイオリはきょとんとしながら首を傾げてしまう。
「ふるふる」
今度はぽいんぽいんとその場で何度か跳ねたあと、水場へと戻って行く。
「水場をつかっていいよ、ということでしょうか?」
「ふるー!」
正解だったらしく、少し離れたところからスライムは大きく跳ねてみせていた。
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