第26話
「ここがそのお店ですね」
地図と現在地を見比べながら街を歩いたイオリは紹介してもらった錬金術師の店の前に到着していた。
ケイティが書いてくれた地図はわかりやすく、迷わずに到着することができた。
「それでは、失礼します」
いいものが見つかればいいなと思っているイオリが店へと入る。
カランカランというベルの音とともに扉が開かれた。
それほど大きい店ではないが、比較的新しい建物で、綺麗な作りだった。
パッと見ただけでも清潔感があり、物がたくさん置いてあるが、ごちゃごちゃしている感じはない。
「はい、いらっしゃいませ」
店に入ってきたイオリたちを確認すると、店員が優しく声をかけてくる。
そこにいたのは、美しいダークエルフの女性だった。
やや紫がかった銀髪が光を反射して輝いているように見える。肌の色は種族特有の黒色である。
ローブに身を包んでおり、肌の露出は少ないが、布を押し出す胸の大きさが妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「あの……ケイティさんの紹介で買い物に来ました」
ここでも名前を出すように言われていたため、まずはケイティの紹介であることを話していく。
「……もしかして、イオリさんですか?」
「えっ? そ、そうですが、私のことをご存知なのでしょうか?」
考え込むように指を口元にあてた彼女は、思いいたったようにふわりとほほ笑んでイオリを見る。
名前は名乗っていないはずであり、ケイティがこの移動時間の間に話しておいたとも考えづらい。
なにより初対面であるため、名前を知られていることに驚いたイオリはキョトンとしている。
「ふふっ、うちはケイティさんとは色々と取引をしているんです。錬金術では、宝石も使うことがあるので、安く融通してもらっているんですよ。イオリさんが持ち込んだ宝石を買ったこともあって、お名前はその時に聞きました」
「ふえっ!? わ、私の宝石を使われたんですか? そ、それはなんとも、ご迷惑を……」
嬉しそうに笑う彼女に対して、イオリは思わぬ形で自分の客に会ったため、居心地悪そうに身をすくませる。
もしかしたら、品質のあまり良くないものが買われたかもしれないと考えると、申し訳なさがこみあげていた。
「そんな! とてもいい宝石でした! あの価格であのクオリティの宝石はなかなか手に入らないので、すごく助かりました!」
イオリが謙遜しているため、勘違いされないように慌てた店員は、とてもいい宝石だったことを熱弁していく。
「あ、あはは、ありがとうございます。自分ではまだまだだと思っているので、修練していきたいと思います」
店員の優しい気遣いを感じたイオリは苦笑交じりに頑なになっていた気持ちをほぐしていく。
そしてこの人がまたほしいと思ってもらえるものを作ろうと決意していた。
これは心から思っていることであり、上を目指せると思っているからこそ出てくる言葉だった。
「ふふっ、イオリさんはとても頑張り屋さんなんですね……そうだ! 私ったらまだ自己紹介していませんでしたね。私はミルダリアと言います、気軽にミルダと呼んでください。見てのとおりダークエルフで、ここにお店を構えた頃からケイティさんにはずっとお世話になっています」
ニコリと笑顔で挨拶をするミルダリアはそういって優しく手袋に包まれた細い手を差し出す。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
これまでにミルダリアからの優しさを感じ取ったイオリはそっとその手を握り返した。
ダークエルフとは冷たい種族だといういうイメージを持っていたが、彼女と出会ったことで一気にそれが覆されることとなった。
「それで、お買い物ということですが、今日は何を買いに来られたのですか?」
子どもであるイオリに対しても、ミルダリアは大人に対応するのと同じように話してくれる。
「えっとですね。こういったお店の方に言うのは失礼になってしまうかもしれませんが、ちょっとポーションを作ろうと思っていまして、作るのに必要な道具をいくつか……」
同業者が買い付けに来ることを嫌がる人もいるため、どこか気まずそうなイオリは遠慮がちにそう言う。
収納空間にある道具を思い浮かべながら、なにが必要か考えている。
「あらあら、イオリさんは宝石だけでなくポーションまで作れるのですか? それはすごいです!」
だが対するミルダリアは失礼などということなど全く感じておらず、むしろ感激したように頬を紅潮させて興奮していた。
「は、はい、独学なんですけど、一応……それで、ポーション用の容器をニ十本ほど。あと、すり鉢とすり棒、あとは大きな鍋なんかがあるといいんですけど」
それ以外の火をおこす道具などは、持ってきているため、このあたりが必要だった。
「容器にすり鉢とすり棒と鍋ですね……少々お待ち下さい」
イオリが列挙したものをメモすると、ミルダリアは店の奥に入っていった。
店頭に並んでいるのは、ポーションやマジックポーションなどであり、既に加工されたものばかりなため、イオリが求めているような道具などは奥にしまってあるようだ。
待つこと十分ほどで、ミルダリアが戻ってくる。
小物があしらわれたカウンターで取引を行うためにイオリを案内する。
「お待たせしました。まずは容器ですね、数が足りてるか確認して下さい」
大きな箱に依頼の容器が入っており、カチャカチャとガラスがぶつかる音がしている。
「わかりました」
「その間に残りのものを……」
イオリが確認を始めたところで、ミルダリアは再び奥に戻っていった。
「いち、にー…………あれ? 三十本ありますね」
想定よりも多く入っているため、イオリは首を傾げてしまう。
「ふう、お待たせしました。こちらがすり鉢のセットになります。でもって、こっちが大きな鍋です」
少しして戻ってきたミルダリアは、鍋の中からすり鉢セットが取り出し、これでイオリの欲しかったもの全てが揃ったことになる。
「――あの、容器が多く入っていたのですが、よければ三十本に増やしてもいいですか?」
もとよりかなりの数を作るつもりだったため、多いのはイオリとしてもありがたいことだった。
「あ、はい、大丈夫です。数を数えずに持ってきてしまったので、買い取ってくれるのであればすごくありがたいです!」
どうやらこの容器は彼女にとってはいらないものだったらしく、二十個と聞きながら多めに持ってきたのは在庫処分も兼ねていたようだ。
「えっと、もしかして並んでいるポーションはこちらで作っているのではないのですか?」
荷物を受け取りながらイオリはふと思いついた疑問を問いかける。
ここで作っているのであれば、容器はいくらあっても足りないほどだと考えているため、こんな質問が出てくる。
「はい、これは祖母が作ってくれていて、私は販売代行をしている形ですね」
ふわりとほほ笑んだミルダリアはそう言って頷く。
つまり、錬金術師が経営している店ではなく、錬金術師の商品を売っている店だった。
「なるほどです。うちは私が作って、店頭に並べようと思ってるんです。だいぶ街の外れにあるので、ミルさんのお店とは競合しないと思います。まだ、開店していないんですけどね」
ようやく納得がいったイオリは茶目っ気たっぷりにそう言って笑う。
「ふふっ、そうなったらライバルですね。お店が始まったら是非伺わせて下さい」
「はい!」
競合店になりうる関係だったが、二人の間では優しい友情が生まれていた。
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