第九話 覚醒憑着 メタロード 巻の弐

×××

 憑着を解除したメタロードのパーツはメタローの両手に集まると、アーマーリングの様な形へと変化した。

 それを眺めながら屋敷に帰ってきたメタローとすれ違ったのは、ソフトモヒカン頭の一匹の狸だった。

 忘れもしないダッチである。

「お、俺が育てたスターじゃないの! 有名になっちゃって! どした!」

 彼はメタローと肩を組もうと近づくと、姉貴たちに気付いたようで頭を下げるが、姉貴は露骨に嫌そうな顔をしながら無視し、兄貴に「口を利くな」とだけ囁いた。

 一方、ダッチはケロッとしており、目ざとくメタローの腕のアーマーリングを見つけた。

「お! 良いもん持ってんじゃん! ちょっと見せてみろよ! 一回付けるだけ!」

「そういうのが良くねえんだよ」

姉貴は即座に戻ってくると、一言言ってメタローの手を引っ張った。

「ちょっと可哀想じゃないか?」

「デリカシーがないやつに配慮なんてしてやる必要はねえ! はは!」

 兄貴が言うのも聞かず、姉貴はズンズンと部屋へ向かっていく。

ダッチはその姉貴の様子を見て、首を捻る。

「久し振りに見たと思ったら……姉貴、壊れちゃったのか?」

「壊れたというか、正直になったというか……」

 ハカセが何から説明するかと言う顔をすると、兄貴は少し考え、何か閃いたようだった。

「ま、ともかくだ。メタローの新しい力がケリをつけてくれるってことだ。任せときな!」

 兄貴はそう言って二人の背中を叩くと、ダッチの耳元に口を寄せた。

「お前の話聞いたよ。実は提案があるんだが……断らないよな?」

×××

 急に「用事が出来た」と言って忙しそうに走って行ったダッチと別れると、「明日の決戦の為に大事なことがある」という兄貴に一同が付いていくことになった。

「まずは風呂だ!」

 その声で顔を上げた一同は、『快湯湯』と看板のある銭湯に来ていた。

 風呂場の中。

ゴロとハカセが頭を洗いながらメタロードについてワイワイ騒いでいる中、洗い終えたメタローと兄貴は一富士二鷹三茄子が描かれた壁の下、湯舟に浸かっていた。

「この里も今日でなくなっちゃうかも知れないんだね」

 兄貴は片眉を上げて笑う。

「んなわけザウルスありえなドンだろ。勝ちゃあ良いんだ勝ちゃあよ」

「なにそれ? なわけ?」

 おどけた様子にメタローが軽く笑ったのを確認すると、兄貴はふぅ、と溜息を吐いた。

「そういや、どうだった。見てきたもんは。俺には想像も付かねえことかも知れないが……」

「知らないことに想像が付かないと言える時点で、兄貴は想像力があるよ」

 メタローは一度考え、切り出した。

「兄貴。兄貴は運命を信じてるよね。もし運命に裏切られて自分が報われないと知った人はどうなるのかな。自分の運命を、何かを呪わなきゃいけなくなるのかな」

「そんなこと……お前は違うんだろ? 自分が間違わなかったなら良くねえか?」

「ううん、俺は運が良かっただけなんだ。あいつらも、後悔するほどなんだ。何か自分なりに努力したうえで、運が悪かっただけかも知れない」


 メタローのその言葉で、兄貴はふと考えてみる。

 お前は間違わないという言葉は、間違ってはいけないと言う呪いでもある。運命が決まっていると言う言葉は、望まない運命でも受け入れなくてはならないという呪いでもある。

 それでは、それに抗う者による戦いは後を絶たないだろう。

 ああ、その点は俺の良くないところだったかも知れない。

 むしろ、そこまで考えられる程の経験だったのだ。メタローが見てきたものは。

 兄貴は他にもメタローから聞いてやれないかと、言葉を続ける。

「でも、お前はその努力しようとする気持ちがある。あいつらにもそれがあったかは分からねえ」

 今やこいつは、ただの俺の弟分ではなく、全てを背負う覚悟があるのだ。

 それなら、答えを示してみろ。

 そう言わんとする兄貴の眼に、メタローは落ち着いて答えた。

「そうだね。だから、今回俺たちは、上手く行ったんだろうね。でも、上手く行かなきゃ、俺たちはどうして、姉貴はどうなってただろう。姉貴が、俺たちに付いてくれなかったら、それでも俺たちは、姉貴を倒したのかな」

「……倒したんだろうな」

──じゃあ、今回はどうして姉貴を助けられたか、だよな。

 兄貴はそう考えながら、メタローに答える。

「お前が状況を良くしようと頑張ったから、今がある。暗い闇の中でも、光を目指してただ歩く。そのお前の姿勢に、皆が付いていきたくなったんだろうな。だから俺も姉貴も、救われたんだ」

 兄貴は自分に言い聞かせるように言うと、メタローの返事を待たずにザバッと立ち上がった。


×××

「んじゃあ……飯だ!」

 一同が顔を上げ、やってきたのは、いつものおばちゃんの食堂だった。

 シズクたちが案内したのか、狐たちは先に席についていた。

「大層温まったんでしょうな」

「おう! おかげさまで!」

 狐の皮肉にゴロは気付く様子もないどころか、ハカセに「声かけてもらっちゃったよ」と自慢すると、勿論ハカセは眼を逸らして笑いをこらえていた。

 そして、全員が席に着くと、料理が並べられていく。

 和洋折衷の料理が片っ端から並んでいく食卓に、狸は目を輝かせ、狐たちは何か不満げである。しかし、それを気にすることもなく狸一同は最後の皿が置かれた瞬間に箸を構えた。

「「「いただきます!」」」

 狸たちが一斉にかき込みながら箸で奪い合っている横で、狐たちは十字を切ろうとするが、みるみる皿から料理が減っていくのを見る。狸たちを睨むが、反応がない。

 遂に狐たちは聞こえる様な大きい溜息を吐くと、箸を取り、再び聞こえがましく声を上げた。

「「「いただきます」」」

皿にあるものより、狸が箸で掴んでいる料理を奪い合っていく様子にメタローは苦笑いを浮かべながら、不意に台所の方を見る。

そこに一瞬、おばちゃんの隣にアカネの姿を見た気がした。

 目を擦ると、おばちゃんはひとりである。

 そうだ。今度こそ救いに行くんだ。

 メタローは一度拳を握り、鼻息を噴き出して気合を入れると、狸の料理を奪う狐の料理を更に奪いにかかった。


×××

「さ、寝る!」

 そう言いながら兄貴が明けた部屋には、沢山の布団が敷き詰められていた。

 誰もがまず枕を手に取った。

 兄貴は見栄を切りながら「やあやあ我こそは……」と言い出すが、姉貴がローブを使って枕を投げると、一同は一斉に兄貴を集中狙いし、沈められていった。

 やがて一通り騒ぎ、一同が寝静まった後。

 姉貴はゆっくりと布団から這い出ると、一人で食堂へやってきた。

 そこには明日の仕込みをしているおばちゃんがいたが、彼女の手は背後の靴音ひとつでピタッと止まった。良い母親は全て見抜いているものなのだ。

「文句があるなら食べなくて良いとは言ったけど、まさかこんなに何日も留守にするなんて思わなかったよ。まったく頑固なんだから」

 背中を向けながらの母親の言葉にどう返事をして良いか、姉貴は迷う。

 謝るべきか。どう切り出したら良いのか。

 しかし、おばちゃんは姉貴の躊躇いさえ見透かしている。

「あんた、親にはいくら迷惑かけても良いけどねえ。狸ちゃんたちに心配かけんじゃないよ?」

「うるさいなあ。言われなくても分かってるよ。あーあ、帰って来て損したかなー」

 舌打ちをする姉貴だったが、わざとらしく不満そうなその表情は、どこか嬉しそうですらあった。

「家族はこうじゃないとね、兄貴」

「……ああ、全くだ」

 先回りしていた弟分たちは、静かに笑いあった。


×××

 明くる日の朝、昨日よりも増えた狸と狐たちが庭で準備運動をしている中、メタローたちは屋敷の奥の部屋へ向かった。

 シラユキの報告によれば、増えた狸や狐たちは、口々にこう言っていたそうだ。

「昨日一晩中やっていたダッチの放送を見た」

「未だにこれまでの稼ぎも投げ打って宣伝や延長をし、合戦に力を貸してくれる者たちを集めている」

「いじめやハッキングなどをはじめとしてやんちゃしてきた証拠はこれで消してくれないか、見なかったことにしてくれないかと、ハカセと『兄貴』さんとやらに謝っている」

ハカセと兄貴がどんな取引をしたのか、メタローは知る由もなかった。


×××

 姉貴がチョークで黒板を突きながら、会議を進めていく。

「と言うわけで、下での合戦は奴らに任せるとして、私たちの侵入手段についてだ。例えば、昔の狸は玉袋で滑空するなどをしていたが、今の時代それはナンセンスなのは言うまでもない。その為、この方をお呼びした。どうぞ」

 姉貴が襖を開くと、カン! と聞き覚えのある杖の音を鳴らし、ぬらりひょんの旦那が入ってきた。

「なぜワシが妖怪の総大将と呼ばれるか。それは『知る妖怪であれば呼び出し、存在しなければ作り出す』ことに右に出るものがいないからである。誰しもの懐にも入り込み縁を作るのがワシの本質と言っても良い」

 ふん、と旦那が力み、妖気で巻物の様なものを生み出した。ぐるぐるとそれを開けていくと、段々と見覚えのあるとても長い布の妖怪だったことが分かる。

「この方は、かの有名な一反木綿様では……」

「これはあくまでその本人ではないが、ワシはやり合ったことがあるからな。模倣した種族を作り出した。言わば、メタロー用の木綿と言ったところじゃ」

 布袋が恐る恐る指摘すると、旦那の顔は少し得意げであった。

 それは一度全員を乗せられる様な大きさに拡大した後、ゆっくりと縮小していく。

「最大でこれぐらい、最小ではメタローの首に巻けるぐらいになる」

自我を持っているのかいないのか、ひらひらと動いた後にメタローの首へと巻き付くとマフラーへと変わり、メタローの妖気に当てられ、黒く染まっていった。

「そりゃ良いが、あちらさんだってこれを予測しないわけはないだろう。何か妨害があるんじゃないのか」

 兄貴の質問を予測していたかの様に旦那は頷く。

「実はな。先ほど若き烏天狗様がいらっしゃったのだが……」

「ああ。空の相手は俺に任せろ。伊達に地獄を見てねえからな」

 旦那の言葉を受け継ぎ、前に出てきたのは、ブンゴを救った烏天狗であった。

 一同は畜生より圧倒的に上の立場の神格に言葉を失うが、兄貴だけは一歩前に進み、烏天狗の手を握った。

「ラチナ……修業終わったんだな」

 兄貴が珍しく神妙な顔でそう言うと、烏天狗/ラチナは不敵な笑みを浮かべ、ニヤ、と笑った。その笑みはまさしく兄貴の影響を受けていると分かる顔だった。

 メタローが困惑していると、アーマーリングから空中にモニターが浮かんだ。

そこには『義賊兄弟 裏番 ラチナ』と表示されており、あらゆることが腑に落ちた。彼が最後の義賊兄弟幹部だったのだ。

「ハイカラでハイテクなもん使ってて格好良いじゃん。そう。俺は義賊兄弟・序列四番。裏番のラチナだ。よろしく、メタロー」

 メタローは差し出された手を取り握手を交わす。

「俺のこと知ってるの?」

「知らいでか、有名人。ブンゴの野郎と一緒に見たが、姉貴との戦いは痺れたよ。あいつもお前を見直したらしい」

 ぽんぽんと褒めるラチナと遠慮がちに照れるメタロー。

 二人の握手の上に兄貴が手を置くと、障子を開いて宙へ浮く城の天守閣を指さした。

「んじゃ、行くとしようぜ! 最後の戦いだ!」

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