バトル編 ターニングポイント1 

第六話 会敵! 強敵! 兄貴! 巻の壱

 カブキドー・グレンマルは砂漠の中をのそのそと歩いていた。

 冷房と温度調整を効かせた機内であっても、外が暑過ぎるのか、汗が額から垂れ続けているが、メタローは最早それについて考える余裕もなかった。

 というのも、先ほどから彼らが乗っているマシンは、とある理由で自動操縦で一部分をぐるぐると回ることしかできなくなっていたのである。

 何故この様な状況になっているのか。

 それは、端的に言えば、狐の里が消えてしまっていたからである。

 厳密に言えば、ある様に見えないからである。

 里の場所を示すと言われていた蛍自体は何故か宙の一点に至ると役目を終えたかの様に制止しているし、グレンマルはその周辺を何度も横切っているはずなのだが、狐の里とやらは視界にも妖気にも感じられない。

 その上、この暑さだ。メタローの様に真っ黒な服を着ていると、気分的にも暑くなる。とある漫画ではスーツが一番砂漠では向いていると書いてあったが、対し、色が近いだけのこの様な服は、おしゃれ重視の為に通気性も素材も怪しく、砂漠に向いてないのはメタローにもよく分かる。

 姉貴はそれこそいつもこの様な服装で彷徨いていたわけだが、暑さや砂や塵に困ったことはないのだろうか。少なくとも自分の場合、衣服も変化に過ぎない為に汚れの心配はないのが救いだなと、メタローは溜息を吐いた。

 そしてゴロの腹の音が鳴った。彼は最早喋る気力も湧かず、既に腹の方が主導権を持っているようだった。これはまずい。ゴロは身体の都合でトラブルも呼び込みやすいが、危機感を感じにくい二人にとって危険信号として機能している面もあるからだ。彼がダメになるときは、二人もじきに限界が来るだろう。

 そんな時だった。

 砂漠の奥から、砂埃を上げて何かがこちらへ向かってきているのが眼に入った。

 爆音の質からして、エンジン音。どうやらバイクの一団がこちらへ走ってきている様だった。

 ──あれが案内役だろうか。

 メタローは少し期待の目でそれらが近付くのを待つことにした。

 だんだん近づくそれらが、目視出来る距離になってくると、どうやら彼らが単一の種族による集まりじゃないことが分かった。

 勿論バイクに乗っているのだから変化とまで言わなくても獣人化、ないしは二本足で立つことが出来るものばかりではあるが、彼らのバイクはそれぞれを象徴するものを使うこだわりが見えた。

 例えば猿は小さいバイクに乗り、鷹の鳥人は翼のマークのあるバイクに乗り、鱗のある男は鱗の様なカバーが付いているバイクに乗っていた。

 また、その先頭を走る三人は人間の男の背格好に見える。

 先頭の男がグレンマルを見える距離で少し距離を取ったところで止まると、残りのメンバーは彼の指示を受け──メタローは完全に味方だと割り切っていた為、反応が遅れ──グレンマルは、包囲されてしまった。

 メタローは逃げ道がないかグレンマルの中からモニターを見回すが、包囲陣は既に後方しか開いていなかった。

 そこで、幸か不幸か、メタローは気付いた。気付くことが出来た。

 包囲陣のこの穴は、戦略の為の穴だ。

 仮に考えなしの相手ならば、そこから抜けようとすれば後ろから攻撃を与えたり、そこだけに人員を回り込ませ、一気に相手を叩ける、そういう穴なのだ。

 つまり、相手はこれをちゃんと考えて行っている。この敵は、言わばインテリタイプだ。ダッチたちの様に抜けてる部分のあるマイルドヤンキーとは違い、頭脳を以てこちらを追い詰めてくるタイプ。

 仮にメタローやハカセと頭脳で差がつかないとすれば、人数差が付いている時点で勝負にならない。戦いが始まったと思う前に負けていたのだ。逃げる選択肢も戦う選択肢もなく、話を聞くしかないだろう。

 メタローがグレンマルに両手を上げさせ、降伏のポーズを示すと、向かう先頭の三人はサングラスを上げ、隠れていた目をさらけ出した。

「貴様ら、何者だ」

 こちらを睨みつける彼らの目は、三人のうち二人の目は切れ長であり、つまり、狐が化けているのだろうことは想像できた。もう一匹は赤いジャケットを着た河童であり、竹で出来たスキットルから、細かく砕いたきゅうりを口へと流し、ポリポリと食べていた。あの様子からは、彼らが水分や食糧に不自由していないのは想像に難くない。

 ゴロは河童を見るなり、「かか、河童? 河童なんで?」と狼狽し、その為、ゴロは居ても立っても居られず、瞬発的に問いかけようと、「お前らこそなんで河童……」と言おうとしたが、「待てゴロ」と、メタローに片手で止められてしまった。

 ──ゴロが何か言っているが、こういう相手には下手を打つとそれだけで詰みかねない。正体と食糧があることをわざと明かしたと言うことは、こちらの反応を見ようとしているのか。下手なことは出来ないな……。

 メタローが横目でハカセを見ると、ハカセも同様に考えていたらしく、「彼らは狐の里の警備隊なのか、盗賊なのか。ヒントを得られるまで会話してみよう」と言った。勿論、ゴロの「いや河童いるよ! 河童!」は無視された。

 メタローは初めて話す取引先と交渉する様に、しかし余計な情報を与えないように言葉を選び、今まで見てきた中で一番丁寧な時の姉貴を思い出し、彼女を真似するように喋り始めた。

「自分たちは、とある人を探して旅をしている者だ! あなた方は狐の里からの使者だろうか! それとも、まさか狐でもあろうに狸たちの様に! 野蛮で! 粗雑で! 話も聞かずに襲い掛かる者たちだろうか!」

「部外者に教えてやる道理はないが、俺の優しさで以てお前に答えてやろう」

 メタローの言葉に彼らは何かを感じたのか、先頭の男はニヤと笑うと、嬉しそうにその場でバイクのエンジンをふかし始める。

 ブルン、ブルルン!!

「俺たちは里とは関係なく、自警団をしている集団だ! 種族はバラバラだが、全員が兄貴の意志に従っている、絆の兄弟イィ!」

 ブルン、ブルン、ブルルルルルン!!

 後ろの男たちもバイクの音を重ね、空ふかしの音が盛り上がっていくが、それに遮られるどころか増幅されているように先頭の男の声が大きく響いてくる。

「俺たち義賊兄弟ブラッドブラザーズ! 夜狼如疾駆ヨロシク!」

 彼らの気合は、まるで文字が塊となって視覚に訴えてくるような迫力を感じさせるものであり、グレンマルの目の前のモニターには『義賊兄弟/ブラッドブラザーズ』『夜狼如疾駆/よろしく』『ナンバーツー 総長代理 キンタ』『河童のカッパー』とゴシック体の強調された文字が現れるほどだった。

 自分たちにすぐ攻撃を加えないどころか、礼儀正しく名乗りを上げた。

 これには答えなければならないと、メタローが気合を入れ、一拍置いて「えー……ごほん、あー」と声を整えると、メタローの意図を察し、ハカセがタイピングを始め、ゴロがスイッチを押すと、ドローンはスポットライトをグレンマルに当てた。

 メタローはそれに合わせてグレンマルに見得を切らせると、名乗りを始めた。

「あ、問われて名乗るもおこがましいが、生まれはガラクタ! ゴミ山を、束ねて強し、この、身体ァ~! 我が名は~~! あ! カブキドー・グレンマルゥ~~!」

 グレンマルのその名乗りに対して、何故か、義賊兄弟はシーン、と静まった。

 先頭の男/キンタは、役目が終わったとばかりに、満足そうに腕を構え、黙り、不思議そうな顔で両隣の二人を見渡すと、眼を向けられた隣の男/ギンが、やれやれという顔で溜息を吐き、仕方ないとばかりに口を開いた。

「そのロボが何なのかなど知っている。たわけ、中のお前らの姿を見せろと言ってるんや。名乗りを交わした相手に見せられない理由でもあれば、別やけどなァ。狐の敵だったら、どうなるかは分からんよ」

 彼はそう言いながら、何かを見透かしている様に、切れ長の目の片方を少し開けて笑った。メタローがグレンマルのモニターを見ると、そこには『ナンバースリー 参謀 ギン』との文字が見えた。

参謀。

 三匹は顔を見合わせると、段々意味を理解し始めると、その顔から血の気が引いていく。

 ──やられた。

 恐らく、キンタはあくまで代表代理としての男なのだ。

 彼に数をまとめ上げる技量自体はあるのは間違いないが、あくまで、参謀はギン。彼がキンタに知恵を授けることで、義賊兄弟が成り立っているとみて良いだろう。

 おまけに、ギンは計算内の行動に対してキンタに対応させることで、出来るだけ自分の賢さを表に見せない様な、慎重な策略家であるということが分かる。

 それ程の相手なら、ここまでの会話も彼の想定内だろう。

 ということは、先ほどまで黙っていた彼が急に口を開いた理由は、明確だ。

 詰めだ。『グレンマル程度の相手なら、自分の様な知将がいることを明かせば諦める』と確信したのだ。馬鹿ではないのだから貴様らも意味が分かるだろうと、そう言外に示していたのだ。

 かつてないほど頭を動かしながらそこまで理解し、メタローは悟った。

 逃れるすべがあるかも知れないと思っていたのは、こちらだけであったと。

 ならば、どうする。降伏が望ましいか。そうだ。狸だとバレたからと言って、情報を引き出す為にしばらくは生かされるだろう。仮に投獄されたとて、そこはもう里の中だ。後は脱獄でも何でもしてアカネさんに会いに行ってやる。

 三匹は妖気でお互いの考えを共有すると、メタローはコックピットを開けた。

 三匹の人間体が見えると、義賊兄弟はざわつき、キンタも眉を顰めるが、ギンは落ち着いたままであった。

「ほう、変化体か。隈はあるが、狸を装っているだけなら言い訳は聞いてやる。よし、まずは解いてみろ」

 ギンがそう言い、言う通りにするかと足を踏み出そうとしたその時、メタローの鼻に、何処かで嗅いだ匂いが香った。

 柑橘系のこれは、確か祭りの夜、アカネさんが去った後にした匂いだ。

 メタローは見える視界の中の情報を確認しながら、頭を動かし続けた。

 解決の糸口は見えない。

 それでも、と垂れ落ちる汗を冷えて感じられる中でも、メタローは敢えて直感に従い、黙り続けた。

 不自然に思ったギンがしびれを切らし、何かを言おうとしたその時、キンタは前触れなく周囲の子分に目配せをすると、子分も速やかに反応し、バイクのエンジンを止めた。

 メタローたちがその原因に気付くのに、時間は必要なかった。その直後には、大きい砂埃と爆音を上げる何かが、一直線にこちらに向かってきているのが分かった。

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