第五話 恋は合戦 巻の参


×××

 一戦目は、神輿盛り上げ対決である。

 山車は、山の中を進んでから住宅街を通り、神社の敷地内へ向かう。その間にどれだけ人間たちギャラリーを盛り上げられるかを競うというものだが、狸に器用な真似は出来ない。その為、布袋が出した指示は、鍛えた身体を以て、神楽舞の代わりに殺陣を見せると言うものだった。本来、舞を奉納する為の神楽殿を模したリングを用意し、プロレスの様に振る舞うのだ。

 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!!」」」

 ドドンドンドンドドンドン!!

 ピューピュー!

 布袋が先頭で旗を振りながら音楽隊を先導すると、続いて大きいリングを載せた山車が住宅街に入っていった。リングの下からは妖気がじわじわと染み出し、隠れていた妖怪たちがコミカルな作り物の様に出たり入ったり、一緒に盛り上げてくれた。

 大人たちは不思議そうに見るものがほとんどだが、楽しそうに子供たちが寄ってくると狸たちとしてもやはり嬉しいもので、手を振ったり驚かしたりとアピールをしていった。一同は子供たちの反応を楽しみながらより盛り上がっていく。

 やがて、住宅街を二つに分けるY字路の近くへ行った頃、反対側からも大音量の音楽が聞こえてきた。

 よし、ここからは狐との盛り上げ対決だと意気込んでいた布袋の目に飛び込んできたのはカーニバルの様に踊り狂い、周囲を巻き込んでどこぞかのテーマパークのパレードかの様に盛り上がっている一団であった。

 彼らの乗っている奇怪な乗り物は色々な部分が上下開閉し、その度にそれを見る人間たちをあっと言わせている。パレードフロートというものであるが、布袋は初めて見るものにただ目を疑うことしか出来なかった。

 あれは、御神輿なのか? あの動く大きな機械的な妖怪はなんだ?

 あんなの見たことないが、どこかで新しく生まれたのか?

 布袋の脳が理解を拒んでいる間にも、事態は動く。

 パレードフロートの上で孔雀の様な羽根が三つ拡がったと思うと、その影はバサバサと音を立てて飛び立った。

 その途端、こちらの神輿が揺れる。その三人の屈強な者たちが飛び乗ったのである。

 派手な化粧を施したその者らは……所謂ドラァグクイーンであった。

 よく見れば先ほどの羽根に見えたのはいずれもカーニバルに用いられる、コステイロと呼ばれる羽根飾りを付けた者たちだったが、フロートから山車へ渡る脚力から強靭な足腰を持っているのは間違いないだろう。

「「「アモーレ!!!」」」

 彼らは乗り移るや否や、挨拶代わりとばかりに武闘的な舞踏を披露し、そのついでとばかりに、唐突な参戦に唖然としている狸たちを問答無用に伸しながら山車から投げ飛ばしていく。

「あら、あなたたち、力みが強過ぎるんじゃないかしら? もっとリラーックス!」

「弱いのねえ、ノンケ、いえ、シスジェンダーの男が情けないわよ!」

「アタシたちに敵わないなら、狸相手に兄貴が出る幕もなさそう……ッネ!」

 そう言いながら暴れ回るカラフルな竜巻は、食い止めようとリングに入る狸たちを次の瞬間には跳ね飛ばしている。布袋が駆け付けて介抱をした彼らの顔には沢山のキスマークが付いていた。

 恐る恐る布袋が神輿を見上げると、逆光を浴びている神輿の上の三人は「やっとこっちを向いたわね」とばかりに焦点を合わせ、舌なめずりをした。

「「「良い身体してるじゃなァい???」」」

 それに対し、布袋は気の毒にも腰が抜け、顔を真っ青にしてただ震えるだけしか出来なかった。

 男の行方は、誰も知らない。


×××

 一方、メタロー、ゴロ、ハカセの三匹は、シラユキの案内でシズクを訪ねることにした。

「デカ過ぎるだろ……」

 いつも横を通っていた、日本庭園のある大きな屋敷。

 メタローは改めて規模の大きさに目を疑っていた。

 シラユキに連れられて出てきたシズクはいつになく真剣な顔であり、スタスタと歩いてくる。その時点でメタローはたじろいでいたが、シズクはただ真っ直ぐ彼を見て歩いてくる。

「話はユキちゃん……シラユキから聞いたよ。アカネさんを助けに、狐の里に行くんでしょ」

「実はそうなんだ。シズクが連れてってくれるのか?」

 ハカセがそう答えるが、彼女は全く聞いている様子がなく、ぽつりと言った。

「愛を……確かめに行くんでしょ?」

「愛って、まだそこまでじゃないんじゃないか」

 ゴロがそう言っても反応はなく、彼女はメタローが後ずさると、ぴったりそれについて歩いていく。

「だから、メタローくんには……私の前でも、あなたの愛を証明してもらいます」

 やがて彼女はピタッと止まると、躊躇いなく、しかしゆっくりとセーラー服のスカートを上げていく。

 メタロー以外が「おおっ……!!」「えっちだ……」と歓喜の声を上げる中、一人寒気を感じて後ずさるメタローの背が壁へと突き当たるや否や、何処からかノーモーションでメタローの首の両端ギリギリに、千本と呼ばれる釘の様な忍具が乱れ飛び、身動きを封じた。

 見ると、彼女はスカートの下にショートパンツを履いており、その脚には見たことの或る忍具が巻き付いたガーターベルトを装着していた。

 千本はそこから飛んだもので間違いがない。

「メタローくん、あなた、私の気持ちを知らないから出来たってことで、良いんだよね?」

 メタローが目だけなんとか動かすと、ハカセとゴロも我が事の様に緊張しているのが見える。「ゴロ知ってた?」「俺が分かるわけないじゃん」と彼らが言いあってるのを見ると、メタローは困った顔でただ頷いた。

 シズクはゆっくり手を下ろすと、その手に何か光る。

「クチナシの花言葉は、『喜びを運ぶ』。私は好きな人が幸せになればそれで良いし、相手が自分である必要も感じない。だからアカネさんと運命的に出会ったって言うならそれで良いと思ってたの……」

 シズクは俯きながらドスを取り出すと、逆手に構えた。

「だけど、仮にこれから不幸になりに行くって言うなら、この里からは出す気はないの。私には、そう言うことが出来るから」

 そう言ってメタローに向き直った。彼女の背には、大きな屋敷。それは狸の世界でどれだけの権力を持つのかを、今さらながら思い知らされたようだった。

「だから、約束して。絶対に不幸にならないって。絶対に全て上手くいくって」

 対し、メタローは思考を巡らせようとして、やめた。今は小手先の考えでどうこう出来る場合ではない。彼女も、俺のことを思い、だからこそここまでするのだ。ならば、これから一人の女性に向き合っていくにあたって、まずは目の前の真剣な気持ちを受け止めねばならない、と悟った。

 メタローは一度目を閉じて開くと、先ほど狸たちの前で覚悟を決めたのを思い出し、シズクの眼を見た。

「約束する。不幸なことにはならない。その為に俺たちは行くんだから」

 メタローがゆっくりシズクに近付き、片手を差し出した。

「そうね。……あなたは、健やかなるときも病めるときも、彼女が例え狐だとしても、愛することを誓いますか?」

 シズクがそう問いかけながら、手に持っていたドスをメタローの手に渡す。

「彼女が狐だったとして、その後狸をどうするかは、その時に彼女と一緒に考える。だけど、俺が諦めることはない」

「彼女と一緒に、ね。絶対だよ?」

「絶対だ」

 シズクは少し寂しそうに微笑むと、メタローは頷き、ドスを手の中の妖気へと取り込んだ。シズクは満足げに「よろしい」と言うと、パンパン、と手を叩き、震える子狸たちの方を向いた。彼らは「もう終わった? 大丈夫?」と言いながら、メタローのそばへやってくると、ぎこちなくシズクの表情を伺うが、シズクは先ほどまでの空気とは一転、にこやかに頷くと、「メタローくんには内緒にしたかったけど、アカネさんに会わせる為だもんね」と、伏し目がちにそう言い、彼女は指を鳴らした。

「クロカゲ」

 すると、即座に男の忍者/クロカゲがその呼びかけに反応し、屋敷の外壁から隠れ身の術を解き、姿を現した。

「はーい! お呼びで……!!」

「例のものを」

「はい! こちらにございます~」

 クロカゲが忍者にしては感情豊かに、嬉しそうに何か続けようとするのを遮り、シズクは端的に追加で指示をした。クロカゲが残念そうに何か差し出したそれはタブレットであり、映っているのは中継映像であった。そこでは狸の神輿の上のリングにおいて、華々しい衣装を着たドラァグクイーンたちが大暴れしていた。

「第一戦は狐に一方的にやられているみたい」

「漢は度胸、女は愛嬌、オカマは最強、か……」

 ハカセは意味深にそう言うが、言葉の意味はメタローには分からない。

「メタローくんはこれぐらい強くならきゃいけない。そして、彼女たち……│三羽狐サンバキツネの強さには秘密がある。その為の手引きはもうしてあるの」

 唇に人差し指を立て、シズクがウインクするが、ゴロは震え出す。

「俺たちはこうなっても良いから、メタローだけは許してくれ……!」

「何を勘違いされているのかは分かりませんが、崇高な精神を極めた方々は、それを学ぶのに性別も流派も、そして種族すらも関係ないと考えてくださいます」

 シラユキは何を思ったか冷たい目で一瞥すると、端的に話した。それきり口を閉じたシラユキに代わり、クロカゲが嬉しそうに言葉を続ける。

「ええ! それ故、私たちは狐の里で修業を受けさせていただきました。宗旦稲荷様の元で、茶道の修業を。宗旦稲荷様と言うのは人間様の宗旦様に変化をして、時には代わりにお茶会を務め、人間様とも交流が……」

「茶道って、お茶じゃないのか? 武道と関係あるのか?」

 彼がペラペラペラ、と忍者らしくない長台詞を喋るのを見て、ゴロは堂々とクロカゲの言葉を遮り、舌なめずりをしながらそう聞くと、シラユキが端的に答えた。

「茶道を極めたものは精神集中の技術を極める。それ即ち格闘における精神の強さを示します。お分かりになりますでしょうか」

 すると、またクロカゲが得意げに語り始める。

「映像の彼らは、茶道を極めた後、我々忍者とは袂を分かち、踊り子となりました。踊り子の舞は、茶道の精神を基本とし、味方を鼓舞する踊りの中にムエタイやカポエラを組み込み、攻防一体のリズムを刻み続ける戦闘技術。狸における単なる腕力だけで太刀打ちするのは難しいでしょう。つまり……」

 シズクは「はあ」とひと息吐くと、もう一度端的にクロカゲに指示を出した。

「クロカゲ」

「はい! こちらが場所を示す蛍と、狐の里への門になります~」

 シズクにお喋りを止められたクロカゲは、分かっていますとばかりに、何処からか取り出した蛍を飛ばすと、門の口寄せを行った。

 その間にも、おしゃべりな男は、「この蛍は伝書鳩の様に里の方向へ向かう様になっていて、里の中に入ってからは宗旦様の方へ向かうのです。そうそう、この口寄せの巻物も工夫がありまして、現代的な技術の革命が起きていてですね、墨で汚れる心配がないんです。巻物の方に墨が入っているので、水を付けた手で……」と門の口寄せのギミックの講釈を始めるが、最早誰も聞くことはなかった。

 故に、彼らが消えた後にクロカゲが口を止め、「姫、砂漠行きの門で良かったのでしょうか」と呟くと、シズクが「だからこそ、よ」とニヤリと笑ったやり取りは知る由もなかった。

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