第六話 会敵! 強敵! 兄貴! 巻の弐
その男は、只者ではないことを証明するかの様に、眩しく輝いているはずの日光を遮るほどの雷雨と竜巻を背負っていた。
メタローが眼を疑って瞬きをすれば、それが錯覚だったと分かったが、そんなイメージを見せるほどのオーラや圧が一目で伝わってきたのである。そして、近づいてくるにつれて、それが車両であるということが分かり始めた。
その車両は益々速度を上げて近くの砂山の上を飛ぶと、リラックスして談笑を始めている義賊兄弟とメタローたちの頭上を越えると、俗に言う『金田のバイク』のドリフトスライドブレーキの要領でグレンマルの後ろに止まった。
そこでようやく、その車両がバイクであると分かった。無理もない。それは、バイクと言うには目立ち過ぎた。大きく分厚く重い、だけではなく、他の点でも常軌を逸していた。
まず、前後のタイヤが想像を超える大きさをしていた。バイク自体の高さに並ぶほどにタイヤが大きかった。そして内部の歯車などが外に見えており、更に複雑にアクセサリーやペイントもある為に、見たことのない獰猛な獣のようであった。
そしてバイクもバイクだが、運転手も大概、奇妙な姿であった。
こんな暑い砂漠に来るのにも関わらず首元には狐の尻尾の様な白いファーの付いた真っ赤なライダースジャケットをベースとした長ランを羽織っており、端の尖ったサングラスをかけていた。触れば痛みを伴うのは想像に難くない。
彼はサングラスを人差し指一本でクイと上げて、堂々とニカ、と笑うと、急に現れたとは思えないテンションの高さで言い放った。
「おうおうおう!! 揉め事かぁ!? 天が聞かなきゃ俺が聞くぜ! 今時俺たち卍
役者を思わせるような威勢の良い声にか、彼の纏う尋常ではない雰囲気か、彼から匂う柑橘系の香水の匂いか、その場にいる誰もが目を、鼻を惹き付けられる。
メタローはその強烈なまでの存在感に『試合で見た狐面の者』が一瞬重なる違和感を得た。しかし、流石に雰囲気が違い過ぎるだろうと、同一人物の可能性を排除する。
メタローが考えている間にも、キンタたちはやはり彼を知っているのか、メタローたちより大事なことだと言いたげに、一斉に彼のすぐそばへやってきた。
当の本人は注目など全く意にも介さず、わざとらしく太陽を直接見上げると目を細め、気持ち良さそうに唸っている。マイペースが過ぎるのか、それとも、有象無象は相手にならないのか。
どちらにせよ、その態度と雰囲気は彼の実力を証明するのに十分であり、その理由が分かるのに時間はかからなかった。
「継ぐ子様!」
キンタとギンがそう呼びかけると、直後にバイクの男は当然の様に、
「兄貴と呼べと言ったろうが!」
と答えたのだ。
つまり、あの男が彼らの言う兄貴であり、そして……。
「継ぐ子!?」
「って、姉貴以外にもいるのか?」
「ああ!? 俺が狐の継ぐ子だ! 文句あっか!」
メタローの内心をハカセとゴロが代弁すると、バイクの男は相手を確かめずに喧嘩腰で言葉を返した。
狐の継ぐ子。姉貴以外に継ぐ子がいることすら初耳だが、狐側にいるなんて信じられない。
継ぐ子の男はしばらく義賊兄弟の話を聞き流していたが、メタローを視界に入れると、周りの音が聞こえなくなったかの様に、じっとこちらを見た。
「あの機械、あの格好……。お!? おお!? おおー!!!! やってくれるぜ! 俺の運命!」
戸惑うメタローに対し、
「お前ら! 後は任せろ! 俺の客だ!」
「姉貴、久し振りだな!」
「え? いや、ちが……」
狐の継ぐ子はいかにも嬉しそうにメタローの肩を抱くと、盛大な勘違いを披露した。否定しようとするメタローの返事を待たず、継ぐ子は大きく口を開けて笑った。
「随分小さくなっちゃってよ! 痩せたのか? あんま良いもん食えてねえのか! おー、髪切った? イメチェン? それも似合うねえー! 中性的に色気も残した感じで格好良いぜ!」
彼はその様に一方的に喋りながら、メタローの頭と腰をポンポンと叩いていく。
そのようなセクハラは姉貴本人ですら嫌がるのではないかと思うが、気にしないほど仲良い相手なのだろうか。
「よし、姉貴! せっかくだからよ、恩を返しさせてくれ!」
狐の継ぐ子がパチン、と指を鳴らすと、彼の後方に、掛けてあった布が取られたかのように不意に狐の里が現れた。それだけ上等な結界術か何かがかけられていたのだろう。まるで元からそこにあったかのように見えるが、あの特徴的な巨大な狐の顔岩も、聳え立つ建物の数々も、今まで全く感じることが出来なかった。
唖然とする狸三匹に対し、クロカゲの蛍はメタローたちの前を一度横切ると、里の中へ何事もなかったように飛んでいった。
×××
狐の里の入口には勿論検問があったが、門番は継ぐ子を見るなり、即座に頭を下げて道を開け、蛍を乗せたグレンマルのことも一瞥するだけで通過を許してくれた。
狸の里同様、狐の里でも継ぐ子の権力は相当らしいとメタローは納得すると、堂々と歩く継ぐ子に続いて里の中へ入っていった。
そこにあったのは、里と言うよりは、街であった。
わざとらしいと言えるほど古風な日本家屋と中華街で構成される狸の里に対し、より人間界的に作られているのが分かる。
奥には顔岩を挟んで、そこから里を真っ二つにするように、左側には巨大な仏塔、右側には東京タワーやスカイツリーを彷彿とさせる巨大な電波塔が並んで見え、そこから下る様に京都の様な古都と東京の様なビル街が、この門の目の前まで続いていた。端的に言えば、人間界が誇る二つの都を無理に欲張って継ぎ接ぎに組み合わせた様な、不気味さすら感じさせる不自然な都会観が、そこにはあった。
少し考えるだけでも、継ぐ子の知識がなければこの様な発展はないことは良く分かる。かつて確かに姉貴はここにいたのだと実感させられた。
狐の継ぐ子が『久しぶりだな』と感じるほど会っていないのなら、ここにいないのは間違いない。一体、姉貴は何処で何をしているのだろう。
その様にメタローが考え始めた時、急にハカセはコックピットを降りた。
少しでも情報を引き出そうと思ったのか、先を歩く継ぐ子の男に追いつきながら横に立つと、そのまま挨拶を始めた。
「継ぐ子様、お初にお目にかかります! 私、姉貴の弟分のひとりであり、ハカセという者でございます」
ハカセがそう名乗ると、ゴロも続いて転がりだした。
「俺俺! 俺はゴロと言いますですよ! えー、えー、よろしくおねげえしますだ!」
「なんか変だよ。敬語やめた方が良いよ」
「そうか?」
そんな二匹のやりとりに噴き出すと、継ぐ子の男は自己紹介を始めた。
「俺はキョウジっつーもんだ。姉貴の弟分だってんなら俺の弟分でもある。お前らも俺を兄貴と呼べ!」
「「ははー!」」
ハカセとゴロはキョウジ/兄貴の快活な返事に、速やかに首を垂れた。
やはり継ぐ子か、畜生を手懐けるのもお手の物。
うっかり、メタローもそのカリスマに当てられそうになる。
しかし、今は気が抜けない。アカネを助け出す為にも、一度のチャンスも見逃せない。
姉貴と勘違いされている間に少しでも手掛かりを掴むぞと、気を張り続けていた。
「んで、ハカセって名前だが、お前さんはなんか学位でも持ってんのか?」
その為、メタローは兄貴の眼が笑っていないことに気付いたが、他の二匹は気付いていないようだった。
ゴロはもう別のことに気が向いており、道行く若者が食べているおにぎりを涎を垂らしながら見ている。恐らく、「なるほど、狸のおにぎりは歌舞伎の幕間で食べる為として俵型だが、狐の里では三角なのか。味も違うのかな」とでも考えているのだろう。
対し、ハカセは頭の中をフル回転させながら、答えを考える。
「いやー、恥ずかしながらまだ持ってないんで御座いまして、ええ。いつか姉貴の繋がりで同じ大学に行ければとも思うんですけども、姉貴の指導に最後まで付いていけたのが私と……いえ、最後は私だけとなりました。ゴロもね、グレンマルのことをよく分かってない有様でして」
「俺? そうそう! 俺なんも分かんねえっす!」
ゴロは本当に何も分かっていない様子で、呼ばれたことに反応して笑う。
「そのマシンってやっぱりグレンマルだよな! 俺も昔手伝ったんだよ!」
「ええ、このカブキドー・グレンマルこそ、我々が姉貴の弟分であることの何よりの証拠で御座います」
ハカセが自慢げにグレンマルを指すと、兄貴は振り向き、急にグレンマルへ近づく。
メタローがコックピットの中でフードを被り直し、縮こまっている間に外見をいろんな角度で確認すると満足そうに頷いた。
「これで妖気を電気に変換するわけか。妖気による具現化の構造をこのビジョンで助けられればミサイルだろうとロケットだろうとどうにでもなるわけだ。流石姉貴だな。あいつをこう仕上げるとは」
予想以上の食いつきに、ハカセはメタローの身バレを気にして、話題を変える。
「そう言えば、今って何処に案内してくださってるんですか?」
「あ、そうそう。飯屋だ。お前ら長旅だったんだろ? 何をするにも、まずは飯を食わねえとしょうがねえよな」
そう言ってニッと笑って三匹を見回すと、勿論ゴロは食いつく。
「流石兄貴! 分かってますですな!」
「はは、やっぱお前は敬語やめてもいいや」
兄貴はゴロの調子に慣れ始めたのか、そう言って頭を掻いた。
一同がその様に談笑している中、一人気を張り続けるメタローは、グレンマルの上に止まっていた蛍がここにきて道を分かれて飛び始めたことに気付いた。
ここが分かれ道になるのは間違いない。
もし今、蛍の後を追って行けば、茶道の師匠の下へ行ける。彼の人となりを聞いた限りは、会えば味方になってくれるのではないか。あの三羽狐よりも強いのであれば、全てを解決してくれるのではないか。
とっさの判断でグレンマルの手に生み出した思念針をハカセへと飛ばすと、すぐにハカセはピンときて兄貴へと声をかけてくれた。
「兄貴、ちょっとトイレに行きたいんですが、ダメですか?」
「ん? んなもん店にあるって! すぐそこだからよ、ちっとは我慢しやがれ!」
その兄貴は、一瞬怪訝そうにしたものの、前を向いたままそう笑うと、ずんずんと先を進んでいってしまった。
最早ここまで来てしまうと従わない方が不自然だ。
グレンマルは兄貴の後ろを歩き続けるしかなかった。
蛍の行方は、分からなくなった。
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