第六話 会敵! 強敵! 兄貴! 巻の参

×××

 兄貴はレストランに着くや否や行儀悪く扉を蹴り開けた。

「よう! お前ら元気してっか!」

 彼は快活とした笑顔で店内へ呼びかけたはずだったが、店内にいる者たちの動きは例外なく止まった。しかし、こちらを向く彼らの表情は、狸における継ぐ子に対するそれとは違った。

「あー! 兄貴だ!」

「継ぐ子様……!」

「今度は何しにいらっしゃったんですか~~?」

 純粋な憧れの目で見る子供は勿論、大体の顔が親しみの混じった顔だった。

 災害はどうにもならないから仕方ないとでも言いたげだ。

 狸と狐で文化も違うとは言え、せっかく継ぐ子が来てくれたと言うのにこの扱いで良いというのは、兄貴の人柄あってこそだろうか。

 兄貴はむしろそれが心地よいかのようにニヤリと笑うと、腕を組んで堂々と一言だけ言い放った。

「飯!」

 その端的な一言を聞くと店員たちは一斉に動き出した。

 入口からもよく見える、わざと空けてあった奥の一番大きいテーブルが解放され、店員だけでなく客すらも歓迎した。

 兄貴が当然かの様にどっかりと席へ着くと、ウエイターが直ちに注文を取りに来た。

「これとこれとこれ! あとこいつもな! 次のページはぜーんぶだ!」

 注文の予想が出来ていたかの様にドンドンと音を立てて料理が即座にテーブルの上に置かれていく。お通し、前菜、スープが用意された後、魚料理と肉料理だけが大盛でやってくる。普段写真で見る時には小さく用意されているような高級料理が、不自然にいくつも同じ皿に乗せてあるのが、必要となればルールすら捻じ曲げるという彼の心を表した様な皿の数々であった。

 質も量も。

 良いもの好きなものいくらでも。

 親しまれていても、継ぐ子は継ぐ子。たった一声でこれだけの我儘が通るのだと、メタローは実感を新たにした。

「さあ、どんどん食え!」

「有難う御座います!」

「姉貴も食ってくれよな! いつもたくさん食うだろ!」

 兄貴が勧めるとゴロとハカセは一心不乱に食べ始めた。メタローも疑われない様にいつもよりペースを気持ち速めに食べていく。やがて、満腹が近づいてきても、兄貴は煽り続ける。

「もっともっと食えよ! 合戦でもグルメバトルがあんだろ? その練習だ練習!」

 ここで正体がバレてはしょうがない。

 メタローは最早動かなくなり始めた頭で「狐の陣営では狐狸、と言う様に狐が先に来る言い方をするのだな」とか「継ぐ子が言うなら恐らく二日目はグルメバトルか。なら胃の容量を増やした方が良いのかもな」とかをぼーっと考えながら、ただ出された料理を口に運んでいく。

「う、うう、しばらく動けねえ……。でも残りは弁当につつんどいて……」

「もうしばらく食事はいいや……」

 やがてゴロとハカセがそれぞれ真逆のことを言いながらダウンすると、メタローにも満腹感に合わせ、疲労から安堵への落差故か、強烈な眠気が襲ってきていた。

 流石に睡魔には敵わない。

「そうか、じゃあ口直しと行こうじゃないか」

 薄れる意識の中、ふと兄貴の声色が氷点下の如く冷えた様に感じると、彼はこう続けた。

「ここまでだ、小さい姉貴もどきよ」

 既にメタローは瞼を重く感じ、よく見えなかったが、彼の口角が上がっているだけは分かっていた。

「いやー、やられたよ。服装や匂いはそっくりだ。正直、昔の姉貴がタイムスリップしてきたんだとか、トラブルで記憶を失って小さくされちまったって言われたら信じたかも知れねえ」

 メタローを肩にかつぎ、ハカセとゴロをもう片方の手に提げ、三匹をグレンマルの中に投げ入れると、兄貴は笑う。

「だから何重にも鎌をかけた。だが、お前は黙ったままだった。ボロを出さないという意味なら賢い選択かも知れねえ。しかし、そりゃ負けない為の手段だ。勝つには悪手だぜ。死神の前で何もしなけりゃただ鎌は振り下ろされるだけってこった。ま、それでお前の運命は絶たれたんだ」

 兄貴と出会った時、彼が一方的に喋りながら、メタローの外見を分析しながら頭と腰をポンポンと叩いて笑っていたのを思い出す。

「姉貴は女嫌いの女だ。世間の女だけじゃねえ。自分を女として扱われるのも良く思わねえ。相手が自分をなめてると分かっても拳が飛んでこねえのはあり得ねえよ」

 そう笑い飛ばす彼の仕草に、メタローは悟った。

 ──あのキンタとギンが兄貴と慕う男が、ただの馬鹿であるはずもない。虎視眈々とチャンスを待つことが出来、それを悟らせもしないキレ者。彼は確かにあの集団でのトップを張るに相応しい男だったのだ。

 兄貴はレストランの外までガラクタを引っ張り出すと、そこから肩へと担ぎ、歩き始めた。

 まどろむ子狸たちが揺りかごの様に感じてきたその鉄塊は、今はただの牢獄でしかなかった。


×××

 ビル街の中、地下へ続く道の奥にその闘技場はあった。

 不自然に作られたその場所は、まるで人に隠れて処刑が行われる場所の様だった。

そう感じさせる要因は、例えば、グレンマルに施された囚人服の様な模様。そして、グレンマルの手足が中に仕舞われ、完全に沈黙していたことにあった。

 目覚めた三匹はお互いに気まずそうな顔をするだけで、何も言わなかった。それよりもどうにもならない現状をなんとかしようと、協力して一通り弄り続けて、やがて「こりゃだめだ」と顔を見合わせた。

 そんな頃、闘技場に入ってくる者たちがいた。

「いやあ、兄貴の考えには恐れ入るぜ」

「すっかり騙されましたなあ」

「白々しい……」

 キンタが笑い、ギンがペシッ、と自らの額を叩き、カッパーは端的にそう言うと、相変わらずキュウリをスキットルから吸い、ポリポリと咀嚼する。

「「「お疲れ様です!!」」」

 幹部が現れたことで、観客席にいた者たちがめいめいに声を上げると、その光景に満足そうに何故か実況席のボックスの、更に上に立って指を突きあげている兄貴の声が轟く。

「あ、絶景かな、絶景かな~!!」

 彼はそれで声の響きを確認出来たとでも言いたげに頷くと、続けて大きく口を開ける。

「遠からんものは音に聞け、近くばよって目にも見よ! いざ、須らくご照覧あれ!」

 兄貴のその声をトリガーとし、狸の里とは違って赤いうんがい鏡が宙にいくつも現れる。

中継が始まったのを確認した兄貴は大きく跳びあがり、グレンマルのそばに着地すると、その後頭部を弄り始めた。

「よぉ兄弟。あれだけ食ったら流石に回復してきたんじゃねえか。あの砂漠はきつかったもんなー!」

 兄貴は三匹の困惑に含み笑いをしながら、グレンマルの機能が有効化された反応を確認すると、よし、と頷くと、観客席に手を広げて声をかけた。

「俺たちに姉貴の名を騙るってのがどういうことなのかを分からせてやろうじゃねえか! なあ! お前ら!」

「「「うおおおおお!!!」」」

「「「許せねえぜー!!!」」」

「「「やっちまえー!!!」」」

「「「そいつの顔を見せろー!!!」」」

 様々な声援に対し、やれやれとばかりにメタローが顔を上げ、顔を明らかにすると、彼らの中からざわざわと段々好意的な声が上がり、雰囲気が広がった。彼らは顔を合わせ、「思ってたより可愛いな……」「まだ子供じゃないか」「でも俺はワンチャンいけるぜ」とラブコールを飛ばし始めた。

弟分たちの掌返しな反応に兄貴は苦笑いし、

「姉貴の格好してるやつは男だぞ!」

 と返すと、大半の者たちは、

「「「お、おお……」」」と静まる一方、

「「「男の方がお得じゃないか!!!」」」

 一部からそんな元気な声が返ってきた。

 メタローはその野太い声援を聞かなかったことにし、兄貴に向き合うと、疑問を口にする。

「俺自身は姉貴だなんて言ってません。あなたが勝手に勘違い……はしてないけど、とにかく、騙すつもりとかはなかったんです。それに、だからって俺たちを捕まえるのにこんなに大々的にやるなんて仰々し過ぎないですか」

「李下に冠を正さず! 紛らわしいことをすんじゃねえ! 今こそが年貢の納め時、縄に付く時ってこった! 決着が着くまで、ここには義賊兄弟しか入れねえ! この意味が分かるよなァ!」

 まるで会話のキャッチボールが出来ていない兄貴の言葉にハカセはピンときたようだが、メタローがそれを聞く前に、幹部たちは威圧するようにバイクをふかし始めた。

「そういうわけで、俺が沙汰を下してやる!」

 そう言う兄貴の目は真っ直ぐこちらを見ているが、今考えても分からない、と急いでメタローたちがグレンマルのコックピットを閉じると、

「さあ行くぜ!」

「準備はいいかい?」

「狐狸合戦、裏第一戦! 継ぐ子代理フリーファイト! レディー! ファイッ!」

 キンタとギン、兄貴の宣言により、裏の戦いが始まった。

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