第六話 会敵! 強敵! 兄貴! 巻の四


 ブルン、ブルルン!!

 幹部たちはエンジンをふかすと、その場でバイクをターンさせ、タイヤを地面にこすりつけ始めた。綿菓子を作るときの様にタイヤへと妖気が集まると発火をはじめ、その両足にも伝播していく。

「まずは、飛脚狐直伝! 加炎脚!」

「待ってました!」

「たっぷり!」

「いよっ! 当たり屋!」

 兄貴が腕を組んで宣言すると、客席の男たちは掛け声をかけていく。

「足も火が出てるじゃん! すげえな!」

「どうやらあれは摩擦熱によるもので、素足だけでも出来るらしい」

「噓でしょ」

 ゴロが感心すると、ハカセが分析し、メタローが絶句した様な顔をすると、困惑する子狸三匹の前のグレンマルのモニターに、以下の様に解説が現れた。

 ──飛脚とは、鎌倉時代から江戸時代にかけて、文書や金銭などの輸送を請け負っていたものたちのことを言い、今でいう郵便屋である。

 特筆すべきはその脚力と速度で、東京から大阪まで三日で物を届けてしまう。

 勿論、基本的には継所という場所でリレー形式に交代するらしいのだが、伝説的な人物は当然一人で踏破する。その為、彼らは忍者なのではないかとまで言われた。

 それについてここで狐の歴史としての事実を述べると、彼らは茶道を極めた忍者と、それに憧れた狐だということが判明している。

 狐として有名なのは飛脚狐こと、桂蔵坊である。経蔵坊狐とも呼ばれる彼は、その実、足が早過ぎて摩擦熱に困ったのだと、狐の里には伝わっている。

 その伝説から、妖気と摩擦で火を形成すれば彼らほどの速さを得られるという一種の信仰が、ヒキャクである。尻に火が付く、ならぬ足に火が付いた状態で、興奮を伴った高揚感による加速は、正に神速である──

 ゴロは恐らくほぼ読み飛ばした状態で「成程! 火の脚でヒキャクって言うのか!」と納得している様子だが、

「いや、そうはならなくない?」

「滅茶苦茶だけど、目の前で起きてることは否定しようがないね」

 メタローは途中まで読むと突っ込むが、ハカセは眼鏡を光らせながら思考を止めた様だった。


 ブロ、ブロ、ブロロロロ!!

 そうも言っている間に、幹部たちは準備が整ったようで、バイクたちは走り始める。タイヤの跡にも炎は燃え移り、四つのバイクはメタローたちへと迫る。

「物理法則無視してるじゃん……!」

 メタローは焦り、そう言いながらグレンマルを操作し、必死に避けながらグレンマルの指を通して属性針を飛ばしていく。一発も当たらない針に舌打ちをし、なんとか安全地帯を見つけて転がっていった。しかし、兄貴は迷わずこちらへ向かってくる。まるで誘い込んだと言わんばかりだ。

「残念! 俺のグラサンはお前らの匂いをサーモグラフィーの様に映してくれる!」

 彼はこれまたわざとらしくモーションを取ると、バイクを宙へ投げ、跳躍で追いつく。

「くーらーえーーー!! │煉獄特攻轟炎撃インフェルノ・アタック!!」

 彼は技名を叫び、その鉄塊ごと炎を全身に纏うと、バイクを蹴り飛ばしながら、炎を伝播させる。

 遠目からは赤いドリルの様に見える、二つの流星は一直線にグレンマルを狙う。

「なんとかなれ!!」

 ゴロが祈る様に目をつむってボタンを押すと、グレンマルは両手を震してロケットパンチが発射した。

「「「やったか!」」」

 三匹の子狸が気も早くそう言ってガッツポーズを取るが、それは所謂フラグというものである。案の定、兄貴の回転は止まらず、ロケットパンチは弾かれて彼の背後で爆発する。

「ひいいいい! あとで直すの大変なのに!」

 ハカセが見当はずれな悲鳴を上げる中、兄貴の勢いは強まっていく。

 メタローは次は自分の番だと操縦桿を握る。

「間に合え……!」

 その声と共に、グレンマルは「イヨーッ!」と声を出しながら前に向かってでんぐり返しを行うと、その直後に鉄塊はその真上を通り、地面へと衝突し、爆発する。

 結果、グレンマルはギリギリのところで避けられたこととなったが、チリ、とメタローたちの肌へ熱が伝わってきた。

 ──当たらなくてもこれかよ!

 メタローは冷や汗をかくと、兄貴の落ちた場所を振り返った。そこではまるで何もなかったかのようにバイクを立て直している兄貴がおり、

「やるな! よく避けるじゃねえか!」

と、ニカッと笑った。

「そりゃ技名が覚えられたら避けられるだろ! 大体なんで技名を名乗るんだよ!」

 目を見開くメタローとハカセの横で、ゴロが少しずれた突っ込みを入れると、兄貴は嬉しそうに胸を張ると、腕を組んでニヤリと笑う。

「よくぞ聞いてくれた! まず、格好良い! そして気合が入る! すると威力が上がる! あとは自慢の技を食らってみろという決意表明! 以上だ!」

「おおー?! 確かになあー!!」

 ゴロは兄貴とノリが合う様ですぐに頷くと、ハカセは冷静に彼の分析の結果を述べた。

「恐らくだけど、彼らの連携が取れてるのはそのおかげなんじゃないかな」

「連携?」

 メタローが聞き返すと、ハカセは頷いて言葉を続けた。

「つまり、技名が共有されていれば次に何をするかが仲間に伝わるから、それ自体が指示になるんだよ。あの人はああやっておちゃらけて誤魔化したけど、多分間違ってないはずだ」

 兄貴は兄弟たちの下へ戻っていくと、向こうの更なる攻撃の準備が始まった。

「イーナーズーマァー!」

 兄貴のその声と共に、義賊兄弟が一斉に両腕を組むと、バイクの炎は電気へと変換され、バチバチバチ、と音を立てる。芝居がかった兄貴の声と共に、バイクの音が高まっていき、彼らは先ほどの炎同様に電撃を纏うと、帯電した状態で宙へ浮き始めた。

「あ、五連撃ィ~~!」

「来る!」

 メタローは彼らを目視し、グレンマルで分析をかけながら、対応するポーズを構える。

 相手が複数なら、こちらも複数だ。今こそ妖術を使って対抗する。

「幻影分身!」

 メタローがコックピットの中のスイッチを押すと、グレンマルは見た目をそのままに青、黄と色を変えた分身を二体生み出した。

 幻影分身とは、グレンマルの備える武装の一つであり、本来は複雑な術である影分身を1ボタンで発動できるように仕組まれたものだ。

 また、分身が二体までなら、ゴロとハカセがそれぞれの操作を請け負い、囮として動くことが出来るのも便利なところである。

 飛んでくる五連撃へグレンマルたちはそれぞれの構えを取ると、

「1!」

 黄色のゴロがカッパーを弾き、

「2!」

 青のハカセがギンを防御して受け流し、

「3!」

 メタローがキンタをギリギリで回避。

 各グレンマルたちは、それぞれの突進を一発ずつ、ブースターを使って回転を合わせ、上手くいなしていった。

「4……あれ?」

 グレンマルたちが一斉に振り向き、まだ来ていない方向を確認すると、そこには誰もいなかった。

 四人しかいないのに、何故五連撃なのか。

 メタローたちがその答えを閃く前に、

「俺が、GO!」

「うわーっ!」

 タイムラグで飛んできた兄貴の最後の突進を諸に食らい、グレンマルたちは吹っ飛ばされて一つに戻ってしまった。それは空中で手をバタバタと回しながら転がると、地面に激突すると同時にコックピットが開き、三匹は人間体とはいえ、マシンの外へ出て来てしまった。

 兄貴はそれが狙いだったかとでも言う様に、バイクを乗り捨ててこちらへと跳躍すると、目の前でピタッと止まった。

 彼は一度合掌し、右手を腰で構え、ただ一発、正拳突きを放つ姿勢を取る。

 一見、隙だらけに見えるその姿は、一種の神聖さを感じさせ、逆らう気力を奪うような美しさを持っていた。

「こいつを食らって立ち上がれたら根性あんぜ」

「一発で良いわけや、兄貴は」

「こんな出会いじゃなきゃ仲良くなれたやつだったろうに」

 離れた位置で待機を決め込んでいる、キンタ、ギン、河童のままのカッパーがそれぞれ呟く。まさに必殺の一撃だと、誰もが確信していた。

「さらばだ、俺の運命だったかも知れない弟分よ」

 兄貴はそう言い、こちらを真っ直ぐに見ていた。

 メタローたちの旅路を悟り、あり方を悟り、その上で、打ち砕く。

 そういう、儚さを知る目をしていた。

 頭も良く、策も練る。力も強い。あらゆるものを捻じ伏せる理不尽過ぎる存在。

 人間とは、継ぐ子とは、敵に回ればそれほどのものなのだ。メタローは絶望で心の芯が冷える様な感覚を持ちながら、自らの最後を悟りかけると、走馬灯の様なものが過ぎり始めた。

 幼少期、アカネとの出会い、花火、布袋、シズク、砂漠、キンタ、ギン、カッパー。

 ──彼ら三人を前にした時、言葉は通じたのに、どうにもならなかったな。あの時、兄貴が来なかったら……。

 しかし、メタローはそこでふと、我に返った。

 ──もし敵対する相手なら、何故兄貴はあそこで俺たちを始末しなかったんだろう。

「行くぜ、奥歯が惜しけりゃ食いしばれ!」

 兄貴が腰に据えた拳に光が生まれると、段々とその輝きは増していく。

「必ッ殺ァツ! 漢のォ! 拳ィ!」

 その拳は、眩い輝きを放つ太陽そのものかの様に、周囲を真っ白に染め上げる。それは全てのまやかしを解く聖なる光だ。顔面に拳を食らってもろに吹っ飛ぶメタローたちの姿は勿論狸に。広がっていく光に触れた義賊兄弟たち、観客たちの姿も、全て元の動物へと変わっていく。姿がそのままなのは、眩しそうに眼を細めている河童だけだった。

この光の中では、妖気は使えない。

もう自分たちに成す術はない。

しかし、思い残すことは一つだけある。最早勝ち目が見えていない子狸は、光の中でも這いずり、兄貴へ向かっていく。

最後にたった一つ、譲れないものだけは冀う為に。

「ひとつだけ、聞いてください」

「なんだァ?」

「辞世の句? ええんやないの」

 キンタとギンがこちらを見て、そう言うと、兄貴は黙ったまま、メタローの目を見ている。

 それは、戦う前の時の顔と同じ。何かを試しているかのような目であった。

 兄貴は聞いてくれる。そう確信したメタローはただ言葉を続けていく。

「俺たちは、一つの目的の為にやってきました。あなたに勝てない俺たちが、引き換えに何を差し出せるかは分かりません。ですが、お願いです。人間の女の子に会わせてください」

「その女は、良い女なのか」

 脈絡のない言葉に対する、当然の疑問の様に、そう返答する兄貴。

 しかし、兄貴の表情には不審に思う様子どころか、微笑みすらあった。

メタローは段々増す確信と共に頷くと、

「良い女です。彼女はアカネさんと言います。狐と仲が良い女の子で、ここに居ると言うことは分かっているんです。継ぐ子の兄貴なら何か知ってるでしょう? どうかアカネさんに会わせてください。俺は彼女に会って、お互いの気持ちを確かめないといけない」

 聞いている間、兄貴は全てを見透かすように満足そうに笑い、腕を組んでいる。

「お前ら、それでここまできたのか?」

「……くくく、そんなことがあるんやなあ」

 キンタはポカンとしてこちらを見ると疑うような顔で、ギンは口を押さえながら、よそ見を始める。すると、カッパーは何か思い至った様に、ポンと手を打った。

「なるほど。お前がメタローか。継ぐ子にまで刃向かってまあ……」

 メタローは周囲の反応に不思議に思いながら、兄貴に再び問いかける。

「やはりご存じなんですか?」

「ふ……。存じるより御覧じろって話だぜ? なァ、アカネ!」

 兄貴がそう答えると、観客席から、突然現れた蛍に導かれ、一匹の白い狐が降りてきた。

 兄貴が拳の光を消すと、一斉に全ての闇は元に戻っていき、各々の妖気が変化を取り戻していく。メタローたちの姿は人間体へと変わり、客席の白狐の妖気は、見慣れた少女の姿を形どった。

「お兄ちゃん、もう第一戦終わったよ? こんなとこで一体何を……あれ?」

「こういうこった」

 人間体のアカネがメタローたちを認識すると同時、兄貴は笑った。

 目を疑い、言葉を失っている一同に対し、カッパーはスキットルを片手に事実を告げる。

「アカネ様は狐であるが、兄貴の義理の妹に当たるお方だ」

「応! 夜狼如疾駆ぅ!」

 兄貴はアカネの肩に肘を置いてメタローへ向き直ると、アカネはしょうがなさそうに兄貴を見てから、メタローを見て少し困った様に笑っていた。

兄貴は全く気にしない様子で観客席の義賊兄弟たちへ手を振ると、

「てなわけで、お前ら! 悪い! この勝負、俺の負けで良いか!?」

 その声に観客席のギャラリーたちはお互いに顔を見合わせると、幹部たちの方を見た。

「これは仕方ない」

「最初からそのつもりだったんとちゃいます?」

「人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られて死にやがるからな」

キンタは頬をかきながら、ギンも頷き、カッパーは眼を閉じたまま、そう呟いた。

「どうやら里の奴らも帰ってきている! こいつらについては、侵入者があったが一応俺が裁いたってことで伝える! お前らもそういうことにしといてくれ!」

「「「押忍!!!」」」

 兄貴の声にギャラリーは一斉に頷くと、拍手を始めた。

 ハカセは安堵の溜息を吐くと、納得が言った様に呟いた。

「やはり、兄貴が俺たちを闘技場に連れてきたのはわざとだったんだ。『こいつらは自分が目を付けた罪人であり、手を出すな』と示す為に」

「どういうこと?」

「つまり、兄貴は冤罪をでっちあげて、ここに俺たちを匿ってくれたってこと。他の狐に出会わない様に……」

「それじゃあ」

「兄貴は最初に俺たちを見つけた時に全部理解して、助ける為に動いてくれてたってこと。おそらくこの試合は、単に俺たちの力を見たかったからだと思う」

 ハカセの言葉でメタローはようやく理解する。

「成程。もしかしてシズクが呼んだのって……」

「おう、茶の湯の件だろ? 二代目に勝ったからな、弟子にしてもらった。今一番つええ飛脚ってのも、俺だぜ」

 そう言うと、いつの間に側に来ていたのか、兄貴は自慢げに笑い、その首元から柑橘系の香水が匂った。それはアカネが去った後に祭りで感じたあの匂いであり、メタローの頭の中では点が繋がり、線となっていく。最初から全て繋がっていたのだ。

 そんなこともつゆ知らず。

「へぇー、飛脚ってそういう制度なのか」

「多分冗談だと思うけど……」

 ゴロは兄貴の軽口に純粋に感心していたが、ハカセは苦笑いで突っ込んだ。

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