間話 前世編
間話 第弐 PREVIOUSLY ON ……
今からする昔話は、
知性がある。勉強が出来る。頭が良い。賢い。
それは君たちにとって良いことだろうか。
俺は良いことだと思っていた。今でも信じていないわけではない。
例えば「不思議だ余計だ不合理だ」と思うことがあるとしても、それに対して「世の中には自分より賢い人がいる」「彼らが関わっているものである」「ならば社会において何の目的もなく存在するわけがない」と、自分の方をちゃんと疑えることを知性と言うのだと、俺は思う。逆も然り。「何か権威がある」としても、それにただ合わせるのではなく自分の思いを唱える。未来を知るために古きを知り、古きに甘えず新しきを学ぶ。
恐らく知性が発達している人間様たちの社会では誰もがそうだろうと俺は思っているが、真偽は分からない。
ともかく俺が言いたいのは、少なくとも狸の世界ではそうではなかったと言うことである。運が悪かったという言い方も出来るかもしれない。
狸社会と言うのは、人間社会よりも価値観が遅れている。何故なら狸は長生きで、老いで死ぬことが少ないからだ。そこに若い大人はほぼ死んでしまっている現状が拍車をかけており、旧世代的な価値観の年功主義社会に反した合理性を持って育ってしまったというのは俺の方の皮肉、裏目であった。
災禍と言うものをご存じか。俗に、炭、黒虫と呼ばれてきた、黒い『泥』。それが溢れかえるという大災害によって、俺の両親を含めて若い狸は殺された。
泥は妖気に反応するもので、常に妖気を纏う動物たちが集まる狸の里は格好の獲物だった。建物に入ることが出来ない泥は、働きに出ている若い親ばかりを殺したが、老狸たちを取り逃がした。そうして今一度支配層が一世代戻ってしまった狸社会では、人間に服従を誓った新しい価値観を持つはずの新世代へと、老害の手が伸びるところであった。
つまり、路頭に迷う沢山の子供たちを育てるという聞こえの良い名目で、今の時代ではよろしくないはずの、自らの旧世代的な価値観を引き継ごうとしたのだ。
しかし、救いがないわけではなかった。それに危機を感じた継ぐ子は、自らが教育指導を行うと宣言してくれ、子供たちは彼女によって選ばれた妖怪・狸たちへそれぞれ預けることとなった。故に俺は、物心が着く頃には既に、一つ目や百々目鬼と呼ばれる『目玉族』の元で暮らしていた。
目玉族について言えば、彼らは基本的に一部を除いて楽天家であり、俺は割と楽しく過ごせていたと思う。時には一部の百目鬼の奴らとやりあったこともあったが、その度に学び、目玉流の妖術・鬼の格闘術を盗んでやった。やがてそれは俺の技として確立し最終的には彼らより上手くなったのだが、それはまた別の話である。
さて話を戻そう。
継ぐ子はそんな状態の狸社会に、忙しそうにしながらも教育を施してくれた。それに対しては感謝しているのだが、こんな理屈家の俺が狸社会で苦労しないわけがなかった。
同年代の狸がすぐに集まりを作っていく中でも上手く馴染むことはできなかった。俺は基本的に彼らを眺めているだけであり、それはそれで楽しかった。だから加わる気はなかったが、ある時、同年代の狸の集まりを遠くから眺めていた俺は、彼らが揉め始めたことに気付いた。祭りに使う道具が壊れててどうこう、みたいな話だった気がする。最初から見ていた俺には、ソフトモヒカンのガキ大将がうっかり壊していたのも見ており、太った狸相手に持ってこさせた箱を開けさせ、たった今壊れたのだと責任を押し付けようとしたことが分かっていた。
普段は斜に構えて見過ごすはずの俺だが、その日はたまたまそういう気分だったのだろう。俺は彼らの輪に入ると一言言ってやった。
「黙って見てりゃあひでぇじゃねえか。こいつが壊したって証拠もないんだろう? お天道様が見てるだろうが。あ、そうそう。お天道様だけじゃないよな。漢は己自身を騙すことは出来ないって聞くが、胸に手を当てて一緒に考えてみようぜ。さあ、ここで問題だ。一番鼓動が早いのは一体誰なんだろうな」
ガキ大将は後ろめたさか、一瞬怯んだ後に怒りの表情で何か言い返してきたのだが、馬鹿が俺と戦おうとするもんじゃない。性格が悪いことに俺はここぞとばかりに、これまで見てきた証拠と持ち前の理屈っぽさを駆使し、正論を吐き煙に巻き、相手の頭が混乱するまで振り回した。
やがて可哀そうなガキ大将は口では勝てないと分かったのか、拳を構えた。
──ああ、痛いだろうな。まあ良い。いっそ思いっきり痛そうにしてコイツがどれだけ大人たちに裁かれるかを楽しみにしよう。
バシッ!!
俺は眼を逸らさず、真正面から食らう……つもりだったが、その拳が届くことはなかった。先ほどまで責められていた太った狸が、俺の代わりに受け止めたのだ。彼が掴んだ手を放さずいると、段々とガキ大将の表情が辛そうなものとなっていく。
「ギブ!! ギブだって!!」
ガキ大将がそう宣言し、舌打ちと共に去っていくと仲間たちはそれを追っていくが、二匹の狸は残ってこちらを向いていた。
責められていた太った狸と、眼鏡の模様のやつだった。
二匹は特にそう宣言したわけでもないが、群れと袂を分かった証明だとでも言うように、それぞれ俺に合わせるように服装を変えた。
太った狸はガキ大将に歯向かうように口に新芽の付いた枝を咥えて学帽を被る。眼鏡のやつは怪しさを感じるグルグル模様の眼鏡と白衣を纏ったりし始める。
俺はちょっといい気分で髪の分け目を変えて目玉流や鬼の流れであることを明らかにするようにイキった格好をすると、彼らと一緒に行動する様になった。
俺たちは勢いづき、立ちはだかる者は片っ端から打ち倒すことにした。彼らも俺を恩人として付いてきながらも「鋭く、生真面目で、近寄り難い」「もうちょっと手心を加えてやれ。相手もわざとじゃない」と、常々言っていた。今思うと彼らはとても友人として俺に優しかったのだろう。その忠告に従い、俺は自分の考え方を直すべきだったのだろうが……彼らはそうとまでは言わなかった。俺を傷付けない為か、そこまでしてくれるほどの仲にはなれなかったのか。俺に事実を受け入れる余裕がないのを見破っていたのかも知れない。
だから、その一生では彼らとも決裂してしまった。
俺の強過ぎる気持ちは、彼らすらも傷付け続け、いずれ友情にも罅を入れてしまったのだ。再び災禍が迫った今際の際。お互いに熱くなっていたとはいえ、「近所に生まれてたまたま知り合っただけの関係だろうが。お互いに誰でも良かったんだ。お前らが俺の何を知ってやがる」と言ってしまった。ここまで付いてきてくれたことが何よりの信頼の証であったと今なら分かるが、後の祭り。
その後の災禍で全員バラバラに死んでしまい、泥の中で後悔する意識だけがここにある。
何が悪かったのか、俺には分からない。しかし、もし何かただひとつでも違えば、俺たちも上手く行ったのではないかと思うのだ。友情の儚さを知っていれば。相手への思いやりを知っていれば。恋を知っていれば。ひとつでも何か違い、お互いに成長が出来ていれば全員幸せだったかも知れない。
だが、時は戻らない。
誰も同じ道を辿ってくれるなと、願うだけだ。
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