ラブコメ編 夏祭りと、盛り上げる仲間たち
第三話 ダッチーズ 巻の壱
ゴウンゴウンと静かな駆動音をさせ、ゆっくり歩いていたグレンマルは下町風の宿街に入ると、鼻提灯を付けた巨大な信楽焼が目印の民宿の前で、その動きを止めた。
「お、きたね」
物音に気付いたのか、割烹着を着た人の良さそうなおばちゃんが民宿の裏側から顔を出すと、勝手知ったる様に歌舞伎柄のガラクタの頭を炊飯器を開ける要領でカチカチと叩いた。
ほわんほわん、と中から毛玉が三つ転げ出る。
最後に出てきた大玉が先の二匹を下敷きにすると二匹は「うげー」「ひぃ」などとうめき声を出しながら人型へ変化する。上に乗るゴロを退かそうとするが、なかなか上手くいかない。呆れたおばちゃんはグラスに水を汲んできてゴロの頭に直接それをかけた。
「サイダーでもう一回やってくれない?」
ゴロは舌なめずりをしながら人型へと戻るが、おばちゃんは華麗にスルーした。
「今日試合だったんでしょ?どーだったのよ」
気さくなおばちゃんの言葉に、メタローはなんとなく嫌な臭いを感じとった。
「あ、はい。ついでに食べてきたので、お昼は大丈夫です。もしかして他の狸とか来てますか?」
恐る恐るメタローは聞いた。おばちゃんに悪意があるんじゃない。食堂から物音がしている。そこから匂う。何かがいるのだ。ここから早く逃げた方が良いと、毛と鼻と本能が告げている。
「あ、そう。中にダッチたちもいるけど……」
どうか勘違いであってくれというメタローの願いは叶わない。
感じていた焦燥感がその言葉で裏付けられる。
ダッチとは、ゴロの友達『だった』男である。
例えば、人間社会ではメディアの影響により東京に対するリスペクトがあり、相対的に田舎のプライドというのは昔よりは減っているだろう。しかし、狸社会においては違う。妖気を帯びた狸の寿命は長く、彼らは未だに幅を利かせる。そして、よりにもよって若い者にもそれを引き継ごうとするのだ。
正にその影響を受けたのがダッチだ。
彼は自分とつるんでいる狸たちをダッチーズと呼んでおり、そこで同調圧力を発揮することで自己満足を得ている。彼にとっては自分の主義と古い価値観こそが絶対であり、それに周りが合わせないと気に食わない。言ってみれば、田舎の年功序列の受け売りをする旧世代的で短慮なマイルドヤンキー。つまり、論理が通じない厄介なタイプであった。
「おばちゃん、悪いけどまた今度!」
直ちにメタローはグレンマルに乗り込み、マシンを発進させようとする……。
が、ガラクタは微塵も動かなかった。
ブースターの点火はされている。
「よう、何処行くのよ。いつも人化なんかしちゃって、疲れねえのか?」
その声と共に、原因がモニターに映った。眠そうな目に大きな口、地から響くような声の持ち主で、あの大狸の布袋が更に比べ物にならないレベルの巨大な狸であった。
その顔には見覚えがある。先ほどまで鼻提灯を作っていた巨大な信楽焼の狸の置物だ。思い出した。彼はメタローたちからすれば先輩の先輩、つまり大先輩に当たる巨大狸──通称・ワダヌキ大先輩。そもそもダッチに旧世代的な排外主義を教えたのはこの人を始めとした古い狸たちだ。
気付けなかったのはあまりに自然な妖気との溶け込み故か。
グレンマルの武装を駆使すれば無理やり逃げることもできるとはいえ、彼を相手に揉めると老狸たちも動きかねない。無理に逆らうのは良くないと、三匹が次の手を考えるうちに、食事を終えたのか食堂から若い狸たちが狸姿のままぞろぞろと出てきた。
大きな腹を丸出しにしたオスたちと、敢えてへそ出しファッションをしているメスたち。誇りある狸の証とも言わんばかりに、男たちはでへそを隠さず、対し、女たちは身だしなみとして当然とばかりに、変化させた綺麗な臍をしていた。その半分以上が大柄であり、小さい者の方が少ない。というのも、そもそも食文化が優先されるこの街では痩身に対する憧れは少なく、その恵まれた体格こそが富と権力の象徴というイメージがある。その為、プライドと美意識の高い狐たちや近年の人間のメディアの影響を受けた者でなければ基本的に大柄な者が多く、試合で表立って狐と張り合っていた筋肉質な男たちもその良い例だ。
むしろ、メタローとハカセの様な小さくて頭脳派の方が少数なのだが、彼らが自分を曲げなくて済んだのは後輩を満遍なく守ってくれるタイプの先輩狸も存在するからであった。
噂をすれば、子狸たちの中をかき分け、上半身に鶏の被り物を被っている狸がやってきた。
彼は、ワダヌキと仲が良い後輩の(と言ってもメタローたちにとっては先輩に当たる)、傾鳥という先輩であった。
彼は上に揉まれているからこそ後輩の気持ちが分かるタイプで、メタローたちにも分け隔てはなかった。だからこそ話をよく聞く『傾聴』と『敬われる鳥』をかけて、傾鳥と呼ばれているのである。
傾鳥はその左翼を上げ、仲裁に入ろうとワダヌキに説いた。
「先輩、今時の子は人型がデフォルトなんすよ。遅れてるなあ」
「ええー? 他種族変化や巨大変化の時代は終わっちゃったのかよ」
流石に傾鳥を前にするとワダヌキは大人しく納得を示した。
他種族変化とは、言葉の通りに人間と狸以外への変化のことで、化け物じみた大きさの他種族に変化し暴れ回ることを意味する。
例えば、人間の世界で各地にある大蛇の伝説。あれは人間の間では洪水や鉄砲水を勘違いしたのではないかと分析されるが、狸の間では蛇種族変化を得意とする狸の仕業だったものもあると推測されている。
それこそ傾鳥先輩は他種族変化で鶏に化けるのが得意な狸であり、変化のイメージを自らに徹底する目的で、普段から鶏の被り物を被っているのだ。
メタローたちの頼る様な目線に気付くと彼は自分に任せろとばかりに頷き返すと、続けてワダヌキをなだめ始めた。
「そうですよ、彼らは姉貴さん世代なんすよ」
「あ、なるほど、おめえらアレか。災禍で親がやられて妖怪に引き取られたガキどもか。でもそれってよ、狸に育てられてない狸ってことだろ? お前ら、まともな狸って言えるか?」
空気が凍る。
大先輩の差別発言の酷さではなく、配慮の足りなさに対してである。
この場にいる若い狸たちは幼くて覚えていないとしてもその親世代はもれなく災禍の影響を受けてしまっている。親たちの多くが死んでしまったことで彼らがどれだけ苦労してきたか、そんなのは考えるまでもない。緊張が走る中、傾鳥が口火を切った。
「いや先輩それは聞き捨てなりませんよ。謝ってください」
すると加勢するかのように四匹の狸たちが人型で傾鳥の後ろに現れた。
メタローはその四匹のそれぞれの匂いと繋げて記憶を呼び起こす。
彼らはダッチーズの中でも特徴的だった為、名前も聞いたことがある。
ウェイ系大学生っぽい口調・ギャル男やホストの様な格好の男がホスウェイ、ナチュラル風のメイクで金髪を二つに結ったダウナーな生足ギャル女がナルミ、濁った金髪と黒髪が混ざってプリンの様な頭の男がブンゴ、と呼ばれていたはずだ。
そしてもう一匹、黒髪の清楚な女子高生姿のシズクだけは香水でも付けているのか、人工的なクチナシの匂いがしていた。
メタローが思い出した矢先、彼らは先ほどの先輩の発言を咎め始める。
ナルミが呆れ顔で「マジでノンデリ過ぎ」と呟くと、ホスウェイが「まあ先輩も老害だしさ、デリカシーはないもんなのよ」となだめる。ブンゴがイラつきながら「それでも先輩が正しい」といい、シズクはその状況を静観していた。
これらの反応を見るに彼らもどうやら単に一枚岩ではないようだ。
しかし、その後輩たちの返答に納得がいなかったのか、ワダヌキは反論材料を探そうとする。
「ああ? 狸で五十歳どころじゃまだ老害じゃねえよ! だからお前らみたいな偽物は話になんねえ! ちゃんとした狸ってのはよ、ほら、あのー、あいつみたいな俺たちの正しい考え方を受け継いだ狸を言うわけ。名前は……なんつったっけ」
すかさず傾鳥が言葉を添える。
「ダッチ以外だと……ゴロなら多分あのメカの中にいると思いますけど」
「そう、バロ。いないのか! バロ!」
「ゴロですよ」
「おうおう! 元気にしてたかよ! ガロ!」
「ゴロですって」
ゴロはグレンマルに対し手を振るワダヌキを無視しながら、呟いた。
「ガロじゃ黄金騎士か消防士だよ」
メタローとハカセは閉じられたガラクタの中で密かに笑った。
そこに嫌味な口調が聞こえるまでは。
「まあまあ、先輩方。俺に任せてくださいよ」
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