バトル編2 ターニングポイント2
第七話 激闘! グルメバトル! 巻の壱
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去っていく第一戦の選手の凱旋のパレードの後ろ姿に、里の民がまだ手を振っていると、また別の行列がやってきた。
蛍に先導されていく彼らは義賊兄弟と言われる自警団だ。継ぐ子のキョウジ様の私兵であり、彼らが里の外で脅威を排除してくれているのは里の常識である。
彼らは今、『御用』と書かれた提灯を提げており、肩や背にぐったりとした狸を抱えていた。鎖で巻かれた囚人服のメカが何なのかも分からないが、継ぐ子様がなんとかしてくれたなら問題はないだろうと、狐たちは対して気にも留めなかった。
×××
やがて大通りを無事に抜けた一同が蛍に導かれた先は、人里を少し離れた竹藪だった。
兄貴は蛍と共に勝手知ったるように先に進むと、その中には日本家屋があり、メタローたちはそこで兄弟たちから解放してもらった。幹部を除いた彼らはここで待機し、見張りをしてくれるそうだ。
兄貴は慣れた様子で「おーす、邪魔すんぜ」と言って茶室へ入っていくと、堂々と人数分座布団を敷いて一同を座らせると、勝手にお茶を淹れ始めた。
「俺たちがどうこう言う話でもないだろう。まずはお前らに喋ってもらおうか。言うなれば、これが裏第二戦。お見合いってところだ」
そう言って兄貴は、メタローとアカネにそれぞれ緑茶の入った湯飲みを差し出した。
見ればそこには両方茶柱が立っている。普段なら『何か良いことがあるかも』ぐらいには思うかもしれないが、二つ同時となるとわざとらしい。これを会話の種にしろということなのだろう。メタローは察すると自分から会話を切り出した。
「あ、あのー……茶柱が立っておりますな……」
「そうでございますね……」
若い二人はお互いに一瞬目を合わせると、俯いて黙った。
沈黙が続くと、兄貴は眉をピクピク動かし、貧乏ゆすりを始める。
メタローはそれに気づき、続きの言葉を探した。
「この部屋って勝手に使っても良かったのかな」
「うん、先生はよく留守にしてるから……。今日も何か急用が出来たみたいで、それでお兄ちゃんにメタローくんたちのことをよろしくって」
「ああ、そういうことだったんだ……」
それきり二人が黙ると、庭のししおどしが、カコンと鳴り、メタローは話題を探す。
「え、えーと、ご趣味は……」
その言葉に、遂に兄貴は『本当にお見合いしてどうする!』と書いた妖気の塊で作った吹き出しを持って立ち上がろうとしたが、後ろに控えていた幹部たちが食い止めてくれる間、メタローとアカネの視線がお互いの膝と顔をチラチラと往復すると、やがてアカネは膝の上の手を握り、返事を返した。
「少女漫画を、少々……」
「『恋は天気雨のように』……とか?」
アカネがぽつりと出したその言葉に、メタローはピンと来て先日シズクに読まされた漫画のタイトルを挙げると、アカネはハッとし、心底嬉しそうに目を合わせてきた。
「メタローくん……!」
メタローはその紅く美しい眼に自分が映っていることに気付くと次の言葉が出なくなる。
再び誰も言葉が出なくなる中、隣で息を止め続けるゴロの限界を悟ったか、ハカセが気まずそうに手を上げる。
「あのー、お見合いってこんなもんで良いですかね? そろそろゴロが限界みたいで、情報交換がしたくて……」
アカネとメタローはハッと気付くと同時に頷いた。
兄貴を抑え込むのに成功した一同と共に、ふぅ、とハカセがひと息吐くと、彼はアカネに話しかけ始めた。
「ともかく無事で何よりでしたよ。本当に狸の里が一丸となって心配してて」
「狸の里一丸……?」
「まあそこは追々話すとして、攫われたんじゃなくて良かったよなあ。いやあ、ここまで来た甲斐があったよ。忍者を頼って砂漠を渡って兄貴と戦って……」
一瞬アカネは疑問を浮かべたようだったが、ゴロがジェスチャーで大冒険を演じると、ふふ、と笑って済ませてくれた。すると、アカネは何かに気付いたようで、目を合わせて許可を取った後、メタローのネックレスに手を伸ばした。
「そういえば、メタローくんのそれって」
彼女がネックレスを握る。
その途端、ポン、と一瞬メタローは狸の姿へ戻り……アカネが手を放すと、直ちに人間体へと戻った。面白かったのか、彼女は何度か握り、放し、握り、放し、と繰り返すと、その度にメタローの姿が変化し、やがて彼女は「ふふ」と笑った。
「これ、亜子お姉ちゃんから貰ったんでしょ? 変化の精度が上がるって。私もリボンを貰ってて……」
メタローはアカネが自分のリボンを外そうとするのを遮ると、頭を下げた。
「黙っててごめん、騙すつもりじゃなかったんだ。実は狸だなんて中々言い出せなくて」
「良いのよ、だって」
アカネは妖気から帽子を作って被ると、それをゆっくり外した。
「私も狐なんだから」
その声で一同が改めて見上げたアカネの頭の上には、狐の耳が立っていた。
メタローは目を疑い、擦り、前髪を手で上げ、もう片方の目も出して目を細めながら、もう一度アカネの頭の上を見ると、そこには確かに狐の耳がある。
メタローがゴロとハカセの方を振り返ると、二人もポカンと口を開けながらこちらを見ていた。
「夢かと思ってた……」
「けど夢じゃなかった……」
「どうした、狐につままれたような顔しやがって」
兄貴の言葉にアカネは微笑みながら、えい、メタローの頬をつまむ。
メタローはされるがまま、「痛い……」と言いながら瞬きをした。
「狸はホントに疑うことを知らねえんだな、聞いてた通りだぜ」
兄貴がそう言って笑うと、ハカセはそこで疑問が湧いたようで、アカネと兄貴に問いかける。
「そう言えば、何も思わないんですか、俺たちが狸だったこと」
「別に俺本人が狸にどうこうされたことなんてねえからな。里の問題は里の問題だし、昔のことは昔のことだし、俺は俺だ。関係ねえよ。俺やアカネに色々教えてくれたのは姉貴であって、敵対の歴史じゃねえ。姉貴はお前らのことも良く話してたから、初めて会った気もしねえしな」
その言葉でメタローはアカネの方を見るが、彼女は不思議そうに小首を傾げて微笑んでいた。メタローは達成感と幸福感に包まれながら、自分の冒険の終わりを感じていた。
×××
その後、アカネは晩御飯の準備をしてくれると言って台所へ向かった。
メタローは手伝いたいと言ったが、アカネは一言「ここの台所って狭いの。だから大丈夫!」と微笑んだ為、大人しく引き下がることにした。
晩御飯を待つ間、兄貴が彼の身の上話をしてくれた。
人間社会で上手く行かなかったこと。
その頃、狸の里から帰ってきた姉貴と出会い、妖気と狸と狐について学んだこと。
今度は狐側を発展させるとして、継ぐ子を引き受けたこと。
一通り聞き終わった頃、ちょうど食事が出来たようで、台所に幹部たちが向かって晩御飯を運んできた。すると、幹部たちはそれぞれ外に出て、待機しているメンバーにも配り始めた。メタローも取りに行くか、と腰を上げようとすると、アカネが直接持ってきてくれた。
「お口に合えば、まだあるからね」
そう言って彼女が出してきたのは、二人分の肉乗せ稲荷寿司と、豚汁であった。
狸としては稲荷が三角なことには違和感があるが、好物であることに違いはない。
「俺、大好きだよ」
「私も好きなの」
彼女は隣に座り、目を閉じ、両手を合わせた。
メタローも同様に目を閉じて両手を合わせる。
すると、台所から山盛りの稲荷寿司を持ってきたゴロ、ハカセ、兄貴たちはやりとりを見守ったのちに、彼等は一斉にメタローとアカネの皿へと飛び掛かった。
「「「隙あり! いただきます!」」」
「「「ぐァつぐァつぐァつ」」」
目を開けたメタローは困った顔で笑うアカネに頷くと、箸を構えながら兄貴たちが持つ大皿の稲荷を奪いにかかったのであった。
その後、兄貴は義賊兄弟たちに食器を洗い終え次第解散と言いつけると、布団を敷いて眠り始めた。メタローたち三匹も耐えきれなかったか、変化を解いて毛玉となると、その布団に潜り込んだ。アカネは兄弟を見送り、三匹が寝息を立て始めるまで見守ると、ゆっくりと静かに部屋の戸を閉めた。
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