第七話 激闘! グルメバトル! 巻の弐
明くる日。
「やべ、今何時だ! おい、お前らも起きろ!!」
兄貴に起こされたメタローたちが目を擦っていると、部屋の中に何人か動く影が見える。
視界がハッキリしてくると、それがキンタ、ギン、カッパーだと分かった。
「十一時だよ。俺たちはウォーミングアップも終えてる」
「ウォーミングアップってなんの?」
「今朝、第二戦をやるんだと天狗様に言われたんだよ。ま俺たちは出ないんだけどさ、ちょっと裏でやることがあるから」
キンタは寝ぼけているメタローに呆れながら答えると、兄貴は急いで顔を身支度を整えながら舌打ちをした。
「もうそんな時間か! もっと早く起こせよ!」
「起こしたよ。起こしたけど寝かせろって言って枕投げてたじゃないか。その衝撃波で壁凹んでるから後で直しといてよね」
「あー、そうだったか。すまん……」
部屋の壁を見ると、枕が不自然な形でめり込んで罅が入っていた。
睡眠時の寝相であんなことになるのかと思うとメタローは苦笑いをするしかなかった。
「もう良いから早く行きなよ。不戦勝じゃ不自然だろ」
「そうか、恩に着るぜ! ほら、お前ら、二戦目行くぞ! 狸陣営に案内しろ!」
兄貴がメタローを含んだ子狸をざぶざぶと洗面所で洗ってグレンマルに投げ入れると、それを担いで大通りにやってきた。
「じゃ、俺たちこっちだから」
「おう! また後でな!」
キンタたちが赤い狐の旗が見える方へ向かっていくと兄貴は急いでグレンマルを振り、三匹を転がし出す。
「何か忘れてる気がするけど……」
「忘れ物は後にしろ! 行くぞ!」
メタローは違和感を覚えたが、兄貴が手をかざした途端目の前に赤い門が現れたのを見て、意識が覚醒した。
「直行門だ! お前ら狸の妖気を込めろ! 狸陣営に直行する!」
文字通り、手掛かりさえあれば直行出来る門の術なのだろう。継ぐ子の力にモノを言わせた術はなんでもありなのか。
言われる通りに三匹はビリビリと妖気を飛ばすと、門が音を立てて開いた。そこは神社の側の広場であり、グルメフェスが行われる際のステージの上であった。
ステージの両隣の電光掲示板には山盛りの皿に載せられた食べ物を争って奪い合うコミカルなデフォルメされた狸と狐のキャラクターの映像が映っている。そこには『君はどっち派!? 動物チーム分け! 陣営対抗グルメバトル!』と書いてあった。
人間相手には『そういうサプライズイベント』として見せるつもりなのだろう。
目の前では正に天狗が「では、これより……」と開会の宣言をしようとしているところであったが、それをメタローが認識した時には、兄貴はグレンマルを全力で放り投げていた。
「ちょおっと待ったぁあああああ!」
ステージの中心に落ちたガラクタが一気に注目を浴びると、兄貴はその上に片足を載せると、天狗へビシッと指を指す。
「俺も参加させろ! 良いか、先生!」
天狗は珍しいものを見る顔になった後、ニヤリと笑うと、「許す!」とだけ言って、一歩下がった。
兄貴はサムズアップで返答すると、狐たちへ向き直り、威勢よく言い放った。
「オラァ狐ども! 俺が狸の味方である限りテメェらに勝ちの目はねえぞ!」
メタローは足元のグレンマルから這い出ると、そこでようやく違和感に気付いた。
「あれ?! 兄貴、こっちに付くの?!」
「弟分の味方をするのは兄貴として当然だろうが!」
その瞬間、メタローは勢いによって納得しかけたものの、狐陣営は兄貴を認識してから明らかに騒然としており、彼らはお互いの顔を見合わせると疑問を口にしていた。
「なんで継ぐ子様があっちにいるんだよ」
「おい誰かあのバカ連れてこい」
「嫌ですよぉ。あの人話聞かないじゃないですか」
「義賊兄弟の奴らは何してんだ? まさか全員寝返ったとか」
「あー、あり得るな……」
とのやり取りがメタローたちにも聞こえていた。
「そういう扱いなんだ……」
メタロー同様に這い出たハカセが苦笑いで呟いた。
「ちょうどいい機会じゃねえか。お前は前から気に入らなかったんだ。大体よぉ、なんで獣人が人間なんかに従う理由があんだって思ってたわけよ! 今日こそねじ伏せてやるぜ! どんな手段を取ってもなあ!」
その時、狐陣営の後ろから、大柄の猪の獣人が現れた。
彼の身体の大きさはワダヌキにも劣らないほどであり、その声はまるで地響きの様であった。
「おうおうおう! 言うじゃねえかイノセン! 相手にとって不足はないぜ! どんなやつでも連れてきやがれ! こっちにも有望な奴がいるからなあ!」
兄貴は見知った顔なのか全く怯むことがなく啖呵を切った。
天狗はそれを面白そうに見ているが、赤殿中が彼の袖を引っ張ると、自分で額を、ぺし、と叩いて両陣営を見渡した。
「では改めて! これより、三番勝負、第二戦!」
天狗がうちわを軍配に見立てて立てると、
「いざ、尋常に!」
「勝負!」
イノセンと兄貴は開戦を宣言した。
それに反応し、即座に二戦目の詳細が、グレンマルのモニターに示された。
二戦目のグルメバトルのルールは、以下の通りである。
料理班が作り、イノセンや兄貴の様な代表選手兼味見役の反応を以て料理の採点がされると大皿に盛られ、それが他の選手により完食されるごとに割合でポイントを計算する。
とは言うものの、結局は天狗がこの催しをどれだけ楽しめたかの方が大事ではあるので、ポイントはあくまで決着が着かなかった場合の判断材料の一つだという。
三匹はグレンマルから這い出て席へ向かう。
メタローが何気なく料理班に目を向けると、料理人たちに交じり、おばちゃんとアカネが談笑しているのが見えた。アカネもこちらに付いてくれるなら百人力だとメタローが視線を送ると、彼女はすぐに気付いてウインクを返してくれた。
よし、良い所を見せよう。百人力ではなく千人分食べよう。
メタローは張り切って食事席に向かうと、兄貴に確認を取った。
「兄貴、ああいう人って火事場の馬鹿力っていうか、論理でどうにかならない相手だと思うんだけど、大丈夫かな。狸にもそっくりさんに覚えがあって」
すると、兄貴はニカ、と口角を上げた。
「あんな図体がデカいのなんて何処にでもいるもんだ。昔気質で、偉そうで、馬鹿正直で、声がデカいようなやつはな。だからこそ、頭を使えば簡単に勝てるってもんだ。まあ見とけよ」
メタローはその隣でゴロが飲むように皿を傾けて次々と皿を片付ける快進撃を見なかったことにすると、ハカセ同様、マイペースに少しずつ消化していくことにした。
それに対し、狐陣営はと言えば、元々兄貴を含め、義賊兄弟がいることに頼る想定でしかなかったのか、急遽人員を呼び増やしていた。狐たちには細身の優男が多い故に、食事は得意ではない。料理班についても、元々料理店を行っている者は今日に限って繁盛しているということで出てこれないのだと言う。
何故こんなに都合が悪いのか。誰かが糸を引いているのではないのか。具体的には、敵側に裏切った人間とか。
「畜生、裏切りなんて女子供オカマがやることだぜ……!」
文句を言いながらもイノセンは一騎当千とばかりにひたすら食事をこなしていた。
イノセンは、猪の獣人であり、年齢はもう覚えていない。同年代の仲間たちは獣であった頃に死んでいき、一匹残った自分はやがて妖気を手に入れ、獣人へと進化を遂げた。変化の様に術で任意に行っているのではなく、気付いたらこの姿だったのだ。
そのうち、狸と狐はそれぞれ旗を掲げて争うようになり、何度か合戦を行っているという話を耳にした。今回の戦いは狸側に妖怪が味方しているようで、その理由は自分の頭では理解できなかったが、それに対抗する為か、狐側では獣人を集めている組織があった。それが義賊兄弟であり、その傭兵としてイノセンは参加したのだ。つまり、雇い主はあのキョウジである。その男が育った恩のある狐を裏切った。理由がどうあれ許せない。感情のまま奴を倒さねばならないのだと、イノセンの頭は思考を停止し、文字通りの猪突猛進状態であった。
「オカマと言えば、あいつらはなんで出てこないんだよ!」
イノセンが増援はないのかと狐たちに呼びかけると、その中の一人が電話をかけながら答えた。
「ああ、えーと、ドラァグクイーンの皆さんですよね? オカさん、ビマージョさん、ブリリアントさん。呼んではいるんですけど……」
「グルメバトルに関してはダイエットに悪影響だから食べないって言ってましたよ」
「マジ意味わかんねえよ!」
ガシャン!!
後輩たちの返答にイノセンが苛立ちに任せて机を叩くと、一瞬全ての皿が浮いた。
狐たちは皿が無事に着地するのを見届けると、胸をなでおろした。
「いや意味は分かりますよ、先輩には都合が悪いってだけで」
「うっせえよ! もう俺が全部食ってやる! 片っ端から俺に賭けやがれ!」
「食うことに関してだけは格好良いんだなあ」
狐の後輩たちは軽口を叩きながら、ひたすらイノセンへと皿を回していく。
「継ぐ子だっつったって腹具合は変わんねえ! なんなら猪に勝とうなんざ百年早ぇ! 俺一人いりゃあいつらぐらい……うっ!?」
その時、狸陣営を見ながら皿に乗っているものを見ないで傾けて一気に頬張ったイノセンの顔が真っ青に染まった。
怪訝そうに他の料理を手に取ろうとした狐たちは、皿を確認し、絶句する。
そこにあったのは、青いカレー、着色料がそのまま出ているような色のケーキを始めとし、赤蟻の卵のスープ料理、孵化する直前のアヒルのひよこを食べる料理などを始めとした、俗に言う珍味と言われる様な、日本では見覚えのない料理の数々であった。
青い顔色のまま料理を嚥下したイノセンがゆっくりと料理班の方を見ると、いつの間にか料理班の男たちは泡を吹いて倒れていた。
今キッチンに立っているのは誰だ。
視線を上げると、そこから熱い視線を送ってくれているドラァグクイーンたちと目が遭った。
「あっ! あいつら! 参加しないんじゃなかったのかよ!」
そう言って怒鳴るイノセンだったが、
「食べないとは言ったけど、参加はしたいわよ」
「お祭りだものね! あの良い男揃いの義賊兄弟に是非って言われちゃあ、腕を振るわないわけにはいかないわよねえ!」
「私たちのとっておきの気合料理の数々! お味はいかがかしら?」
そんな調子でそれぞれ三者三葉に活き活きとして次々に料理を仕上げていく。
「おい、このケーキ、色も変だけど味も砂糖だけじゃないか?」
「うわ、これ凄い匂いだ……豆腐が腐ったみたいな……」
出された皿の中、せめて見覚えのあるものを食べようとした狐たちの前に、大きめの肉塊が目に入る。
「お、ちゃんとステーキもあるじゃないですか! これ、何の肉なんです?」
「ワニとウミガメよ! ちょっとしたご馳走なんだからね!」
「あ、有難う御座います……」
仕方なさそうに受け取る狐が席に戻ると、他の狐たちも目の前の皿と戦いながら、首を捻っていた。
「それはエイよ! ホンオ・フエって言って、韓国の珍味!」
「ドリアン! 食べたことないでしょう!?」
「台湾屋台定番の臭豆腐、クセになるわよぉ~?」
「最後のは名前からして作ろうとするなよ!」
料理班の三人は若い男に料理を食べてもらう喜びに酔いしれ、イノセンのツッコミにも聞く耳を持たない。
「兄貴が向こうにいるのが問題なんじゃない!」
「アカネさんが向こうにいるってことは、指導者がいないってことで……まともに料理出来る奴がいねえってことじゃねえのか!」
「あ、悪夢だァ…………!」
狐たちのその絶望的な呟きが轟く中、一人の悪魔が笑いながらゆっくりと降り立った。
「どうした? 狐につままれた様な顔しやがって……」
他でもない、兄貴である。
イノセンの頭の中ではその顔は最早人間ではない。大きく歪み、ケタケタケタと奇妙な笑い声を出していた。
「いやあ、飛んだラッキーだ! こりゃあ、兎の罠に狐がかかった気分だな!」
兄貴がそうしらばっくれると、イノセンは兄貴を睨み付ける。
「て、てめぇ……。図りやがったな、この狸野郎!」
「確かに狸と野郎の集まりが俺たちだ。だからなんだ? 頭を使っちゃいけねえ決まりはないはずだぜ?」
兄貴はイノセンに箸を向け挑発し、ハカセとメタローは苦笑いで呟いた。
「ちょっと卑怯な気がするけど……」
「まあ今日も狸陣営が負けたら終わりだし、見なかったことにしよう……」
兄貴は追い打ちとばかりに自らが持っている皿の料理をかき込み、その空になった大皿を片手で持ち上げる。
「おばちゃん! おかわりだ!」
「はいよ!!」
おばちゃんの合図で料理班その皿へ山盛りに唐揚げを投げ入れていく。
羨ましそうにみる狐たちに見せつけるように、ゴロがやってきてその唐揚げの山を即座に平らげると、再び狐陣営の者たちの顔面は青くなっていった。
「さ、まだやるかい?」
兄貴がドヤ顔で見つめる先。
「む、無念……」
ぐぐ、ぐぐ、と音を立てながらイノセンは席ごと後ろへ倒れた。
メタローは心配そうにその顔を見に行くが、イノセンは完全に意識もなさそうで、長く見ているともらい吐きをしてしまいそうなほど気の毒に思えた。兄貴は行儀悪くもテーブルに片足をドン! と載せると、勝利宣言を行った。
「いよっしゃ取ったぜ大将首! あ、イノセン破れたりぃぃぃぃ!」
「これは……」
「決まりじゃな」
旦那が天狗に話しかけると、天狗は翼で飛び上がると、戦いの終わりを告げた。
「勝者、狸陣営!」
「だあああああああああ!!」
「うおおおおおおおおお!!」
兄貴が右手を突き上げると、狸の男たちがガッツポーズでそれに続いて盛り上がる。
いつの間にか集まった祭りのギャラリーからも拍手と声援がかかると、兄貴は満足そうに両手を振った。
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