第八話 狐面の正体 巻の壱

「狸陣営、二日目勝利ばんざぁい!」

「本当にお見事! ありがとう!」

「いやあ夢みたい! 幸せ!」

「こんなに飲んじまうと本当に夢になっちまうかも! はは! ま、いいか!」

 ガハハハハハハ!!

 と、狸の里で天狗の様に顔を真っ赤にした老狸たちが絵に描いたような宴会の様子が繰り広げられている夜。

 祝勝会が行われるのは予想が出来たからこそ、メタローたちは事前に会場で解散した。

 ゴロはただ飯を目当てに祝勝会を回る一方、ハカセは義賊兄弟から貰ったバイクの仕組みを読んでグレンマルをパワーアップ出来ないか考えたいということで、メタローと兄貴はシラユキに頼んで忍者屋敷に来ていた。

 酔っ払いの声は聞こえるが、静かにしていれば誰にもこの場所は見つかるまい。

「宴会のノリ、合わねえよなあ。姉貴がこの里を出てった気持ちはよく分かるぜ」

「そうだよね……。姉貴は確かに苦しんでたと思うよ」

 メタローは、住民にも建物にも古臭さを感じる狸の里に対し、狐の里が現代風にアレンジされていたのを思い出す。

「冗談だ冗談……って、まあ実際それも一因なのかも知れねえけどさ。ともかく、まずは合戦一勝だ。おめでとうな」

「ありがとう。その一勝も兄貴にほとんど任せちゃって……」

「俺の手柄はお前の手柄だ。誇っていい」

「は、はぁ……そう……」

 キリッとした兄貴にメタローが渋々頷くと、ニカ、と兄貴は笑った。

「さて、合戦もあと一戦、お前らの恋愛も上手くいった。この機会に、ちょっと話がある」

 兄貴は少し真剣な顔をすると、

「この里にも、今は姉貴はいないんだよな」

 この里にも、とそう言った。メタローが狐の里に行った時同様、兄貴もこの里で姉貴の気配を探ったのだ。それは言葉通り、兄貴もメタローたちと同じく、姉貴を探し続けていることの答え合わせだった。

 メタローは、ふぅ、と息を吐いて俯いた。

「うん、俺たちもグレンマルで探し続けているけど、奇妙なぐらい綺麗に手がかりが見つからないんだ。姉貴が本気で隠れてれば、そんなことは当たり前なんだけど」

「やっぱりか……」

 兄貴は天井を見上げて、一息置いた。

「実は……姉貴だけじゃない。俺たちには妹がいてな、最近そいつもいなくなってる」

 メタローはアカネと最初に会った時のことを思い出した。

「アオイちゃん、だっけ」

「お、知ってるのか。流石、外堀埋めてくるなぁ」

「そういう茶化しは良いから。続けて」

 メタローは話の続きを促すと、兄貴は真剣に話し始めた。

「ああ、この数日の話だ。俺は弟分たちにパトロールを任すのと別行動で、単独でアオイのことを探してる。というのも、アカネがよ。いつでも隙があればふらふらと探しにいっちまうらしいんだ。だから安心させたくてよ。ま、お前の話をしてる間は正気だから随分と俺たちは冷やかしたもんだ。その節は世話になった」

 メタローの苦笑いに兄貴はニヤ、と笑いながら片手を上げて謝りながら、もう一度兄貴は真剣な顔に戻った。

「で、ここからが本題なんだが、実は俺にはその原因に心当たりがある。仮面の男を知っているか?」

「狐の大将……」

 メタローは天覧試合で見た仮面を思い出すと、兄貴は頷いた。

「そうだ。あいつは災禍の次の日に現れてから、そのまま狐の里を乗っ取っちまった。大人たちはあいつに違和感を持たないどころか、それを疑うやつ相手に感情的になる。たとえそれが自分の子供でも躊躇がなくなる。家を追い出されたやつだっている。元々義賊兄弟はそういう子供を保護する為に生まれた組織だ」

 メタローはキンタ、ギンの姿を思い浮かべた。彼らは良い意味で年相応ですらない。どれだけ苦労して来ればそうなるのだろうか。

「俺はあいつが許せなかったが、勝てるとも思えなかった。だってそうだろ。あいつをかばいたがる狐たちだって悪気はないんだ。ただ、イカレちまってるだけなんだ。傷つけたくなんかないんだ。そしてそのうちに分かった。俺たちが里の外で暮らせば、問題は起きないってことを」

「それで自警団として里の外でパトロールをしてたんだ」

メタローが神妙な顔で聞くと、兄貴は頷いた。

「だが、アオイがいなくなったとなれば話は別だ。こっちも動かねえといけねえ。そこで考えた。姉貴があいつを放置してる理由が分からねえ。手を出せない理由があったり、もしかして見えないところでやりあってるならそれでも良い。もしかしてやられちまったんなら、その証拠が欲しい。しかし、物事には最悪というものがある」

「姉貴がやられるより最悪なことって?」

 メタローの言葉に兄貴は頷くと、落ち着いてよく聞け、と前置きをすると、

「仮面の男が、姉貴である可能性だ」と、告げた。

 メタローは狐の仮面を見た時の不思議な感覚を思い出し、疑問と共に何処か納得した様な顔で黙ると、兄貴は、ぽつりと呟いた。

「姉貴がいなくなったのは仮面が現れた後だ。時系列は合わねえ。だが、両立が出来ないわけでもない。それを探る機会はなかったが、戦いは最悪を想定して動くものだ。もしそうだったら、お前はどうする。説得でもするか? いざチャンスが来たとして出来るもんだと思うか」

兄貴が珍しく不安げに言う。

 メタローは、

「分からない、でもやってみたい、と思う。ダメでも、やるだけやるべきだよ」

 と、珍しく真っすぐ顔を上げて答える。

「やれるかじゃなくて、やってみる、か。そうか。そうだよな」

 兄貴は一度遠くを見る様な目をすると、ほぅ、と溜息を吐き、何かを決意した様だった。

「絶対にチャンスを作ってやる。信じてくれるか」

 そう言って自分を指さす兄貴に対し、

「うん。だから兄貴は、『お前なら出来る』と信じてよ」

 メタローのその返事に兄貴は一瞬驚いた顔をすると、鼻の下を擦り、ニッと笑った。

「さ、戻ろうぜ。気が緩むと腹減っちまった」

 兄貴とメタローが連れ立って部屋を出ていくと、シラユキは物陰からそれを追いかけた。


×××

 一方、第二戦会場。

 アカネは試合が終わった後も残って洗い物を手伝うつもりだったが、おばちゃんたちの好意で解放してもらえることとなった。

 料理している間はおばちゃんたちにメタローとの数日間について聞かれっぱなしであり、彼女らの格好の話題の的になったことが良かったのかも知れない。

 帰り際、「早く行ってデートに誘っちゃいなさいよ!」と言われたのを「はい、そうさせていただきます」とその場の笑顔で軽く流しながら出ていった。

 狙いすました様に、そのすぐ後だった。

 目の前を、探していた妹が走っていくのが見えたのは。

「アオイ……!」

 子狐はアカネを導く様に、入り組んだ路地へ入っていく。

「アオイ、何処にいたの? 誰かのお世話になってるの?」

アカネがそう聞くと、子狐/アオイは背中を向けたまま人間の幼女の姿になるが、ただ一言、「大丈夫だから近付かないで」と答えるだけだった。

「お腹空いてない? お姉ちゃん、お弁当貰ってくるけど食べれそう?」

「良いから、近付かないで」

 アカネは心配そうにアオイへ近づくが、アオイは頑なに顔を向けない。

「どうしたの? どうしてそんなこと言うの? あ! 分かった、何処か怪我したんでしょ。別にお姉ちゃん怒らないよ」

 アカネはアオイの手を取るが、その手は幼児の手には見えない。

「良いから早く離れて!」

「え、何、どうして」

 アオイが叫んだ次の瞬間には、その反対の手がローブを開き、腰の火男の面を被った。

 その途端、最早いつ変わったのか気付けない内に、その姿は大人の男のものとなっていた。

「どうしてって、こうなるからだよ」

「え? 貴方は、」

 恐怖より困惑が強いアカネの眼はただちに妖気に包まれると、彼女をいつ覚めるかも分からない眠りへと連れ去った。

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