第八話 狐面の正体 巻の弐

×××

 その時、ゴロたちと合流し、ご馳走をつまみながらも考え事をしていたメタローの頭髪が一本、ピンと立ちあがった。途端、全てを察したメタローと兄貴の眼に緊張が走った。

「メタロー」

「うん」

「どした?」

 ゴロが皿を傾け口に入れながらそう聞くや否や、

「乗れ」

 兄貴が妖気を手に集めてゴロの首根っこを掴んで変化を解かすと、ポカンとしているガキ大将と彼の握った弁当をグレンマルに投げ入れる。

「うわっ!?」

 中でメカいじりをしていたハカセがゴロをなんとか躱すと、ゴロの上にメタローがスタッと降り、コントロールパネルを打鍵する。

 その表情で察したハカセの方も打鍵すると、グレンマルはその両脚両手の先をロケットブースターへと変換する。

 兄貴が一足飛びでグレンマルの上に跨ったのを確認すると、メタローは操縦桿を握り、宙へ飛び上がった。

「兄貴!」

「三時の方向! 良いからぶっ飛ばせ!」

 ガチャガチャとメタローとハカセが操縦桿を弄ると、グレンマルの表情が真っ赤な怒りの表情へと変わると、ブースターは全て轟轟と音を立てながら機体を浮かせた。

 キュウキュウキュウ……ゴゴゴゴゴゴ、ボッ!!

 次の瞬間にはそのガラクタは兄貴が指を指す方向へ、まるで墜落するかの様にかっ飛んでいった。

 その先に見えるは、アカネを抱えた火男である。

 グレンマルを足場に兄貴がクラウチングスタートの姿勢を取ると、その直後、彼は弾丸の様に飛び出した。

 刀を腰に構え、目を閉じる。

 火男にぶつかりかねない距離となったその瞬間、

「紅蓮一刀流! 斬光!」

 兄貴は、居合の要領で刀を抜いた。

 その速度のあまり、加炎脚同様にその刀は火を纏う。

 ボォゥ!

 グレンマルの速度×飛び出した速度×刀を抜く速度=火力!!

 取った、と思った兄貴のその必殺のはずの一撃。

 しかし、火男は首を傾けるだけでそれを避け、首を掠めた炎を片手で巻き取って見せると、火男はその炎を口の中に吸い込み、気持ち良さそうにゴクンと飲み込んだ。

「キョウジか。面倒なんだよなお前は……」

 そう言った火男の片手がローブの中に入ると、その手だけが女性のものに見える白く細い腕に変わる。火男はその腕でローブの中を探ると狐の面を取り出し、既に被っている面の上に重ねて被った。すると、彼は幽体離脱したかの様に、そっくりそのまま、歩く側と止まっている側で不気味なほど自然に二人に分離した。火男から出てきたもう一人は、狐面であり、これだけ近ければ分かるように、女だった。

「私が相手をしよう」

「頃合いだな、よかろう」

 火男はそう言ってローブを翻すと、宙へ妖気の渦を作りあげた。そこへアカネを入れると、自分もそこへ入っていく。

「野郎!」

 兄貴がまだ開いている渦を目指すが、狐面が行く手を阻む。兄貴は、走っている勢いのまま跳び上がり、狐面へ蹴りを仕掛けた。

 中段、下段、上段と三発連続での回し蹴り。しかし、鮮やかな軌跡は全て狐面の女の動きに吸収された様にいなされてしまう。

「チッ!」

 仕方ないとばかりに兄貴が鞘ごと刀を振ると、女はそれを受け止める。途端、即座に兄貴はそれを足場にして、宙返りの要領で渦へ入ろうとする。対し、狐面の女はそれすら予想していたかの様に、その場で刀と共に両手を地面に付くと、ノールックで曲芸の様にそのまま跳び上がる。

 勿論空中に居る兄貴に回避する術はなく、ミサイルの様な強烈なサマーソルトキックが入った。それは兄貴の苦悶の表情からも明らかであり、もろに食らった彼が受け身を取れずに崩れ落ちると、アカネを連れ去った渦は消えてしまった。

 遅れて到着したメタローたちが駆け寄ろうとすると、兄貴は立ち上がりながら手で制した。

「メタロー……」

 顔を上げながら、ゆっくりと狐面の女へ向かっていく。

「ここは俺が凌ぐから……はぁ……だから……良いから探しに行け……!」

 状況を察したメタローは意を決した表情でその声に頷き、直ちにブーストを点火するが、狐面の女はそれを予想していたかの様に、背を向けたまま指を鳴らした。

 バヅヅヅヅヅヅヅヅ!!

 ノイズの様な、ある種科学的な音を立てて、結界の様なものが貼られていく。

「これじゃあ逃げられない」

「そんならさっさと片付けて助けに向かやあ良い話だ!」

 そう言う一人と一機に、狐面の女は話しかける。

「まあまあ、せっかくだから昔話でもしようじゃないか。なんでも聞いてやるよ」

「てめえが誰か知らねえが余計なお世話……」

「相手が私でもか?」

 兄貴の言葉を遮る様に、ゆっくりその女が仮面を外すと、そこに見えた顔は最悪の、予想通りの、よく見覚えのある顔だった。

「姉貴……!」

「本物だ……」


×××

 姉貴は仮面を虚空へ消すと、一人と一機を前に、興味深そうに笑った。

「メタロー、匂いが変わったな。戦う者の匂いになっている」

「姉貴のおさがりのおかげだよ」

 メタローは、尊敬する相手に褒められることの嬉しさよりも、相手が自分の知る限り最強の人物だと知った恐ろしさが勝り、周囲を警戒しながら返事をした。

 対し、兄貴はシンプルな怒りを示していた。

「そうだろうな。そうだと思ってたよ。だけど、そうであって欲しくはなかった。どうして……どうしてあんたが仮面を被ってんだ! 例え事情がどうであっても、今のアンタを見て良いと思えるやつはいねえだろ!」

「説明してやるから聞けっつってんだバカタレが」

 姉貴はローブを広げると、彼女の妖気が足元の泥を巻き上げて混ざり合っていく。

それらはローブの中で、俗に暗器と呼ばれるそれぞれ日常品を改造した様な武器群を象り、宙を舞う形ある殺意となってこちらへ向いていた。

「私はな、昔から、ずっと怒ってんだよ。その怒りがずっと続いているってだけだ。例えるなら、そうだな……。真っ赤な業火は小さく青い炎になったようなもんだ。色こそ落ち着き、静かに見えるかも知れないが……温度はより高く、強くなっている」

 姉貴はブツブツと呟き、足元やローブの中に筆で描かれた魔法陣の様なものが段々と多重に展開すると、そこから暗器の束が伸びる。それは天覧試合の時に狐面の背に見た九本の尻尾で間違いない。

「生物が行う罪が全て悪によるものなら世界はもっと平和なんだろうと、私はいつも思う。何故なら、世の中には自覚のない純粋な悪意というものが多いからだ」

姉貴は一歩ずつ、メタローたちへ近づく。

「どうしてそんなことが起きるか、私は考えたよ。衆愚とでも言うべき、所謂『普通』気取りの馬鹿ども。無能なはずの彼らの自信は、自己肯定は何処から来るんだろうな。故郷か? 共同体か? その二つによるプライドか? いずれにしても傲慢だ。賢さを持たない馬鹿どもはそれを自分の力だと思い込み、盾にし、平気で他人に振るうんだからな」

 最後に姉貴は両手を広げて構えると、ローブの中の暗器は次々に宙を舞い、順番に兄貴とグレンマルへと向かった。

「来るぞ!!」

 兄貴が刀でそれらを弾くのを見て、メタローはグレンマルの装備の中から、キセル型の刀を取り出し、なんとか弾いていった。

「じゃなきゃ、メタローが孤独に死ぬこともなかったろう」

 メタローはその姉貴の言葉に疑問を覚えるが、兄貴は再び自分に飛んできた暗器を妖気だけで弾き飛ばすと、姉貴を睨み返した。

「あ?! メタローは生きてんだろうが! 何の話をしてんだ! さっきから何言ってんのか分かんねえよ! 普通のやつ? 自信? そんなの、そんなの考えたことねえよ! 頭を使う前に目の前のことをちゃんと見ろよ!」

 兄貴は妖気だけを身に纏い、襲い来る暗器の雨の中を突き進むと、姉貴に額をぶつけた。

「姉貴は何に怒ってんだ! 狸か?  狐か? 人間か? それとも見てきた全てなのか? 姉貴がなんかに怒ってんなら、なんでその相手に、直接! ちゃんと! 話さねえんだよ!」

 二人はお互いに睨み合いを利かせ、身体の妖気はぶつかり合い、バチバチと音を立てていく。

「ただ力を振るうのは誰にでも出来らぁ! だからこそ! 例え相手が悪人だろうと己の筋は通すこと! それが漢! それが正しくあるってことだ! 違うのか! 姉貴!」

 兄貴がそう言うや否や、妖気は弾け、二人はそれぞれ距離を取った。

「私は女だ。お前とももう話す気にはなれないな」

「いやあ姉貴、姉貴みたいな賢い女がそういう風に馬鹿の振りすんのは良くねえな」

眉を顰める姉貴に対し、兄貴は宣言する。

「漢ってのは生き様だ! 性別もジェンダーも関係ねえ! 自分の言うことにゃ自分で責任を取る! 良い女は甲斐性があるもんだ! 違うか! 姉貴!」


 姉貴はピク、と反応すると、唇を噛んだ。

「口は随分達者になったな。しかし、考えれば分かることまで答えてやるとは言っていない」

 彼女は暗器を妖気で組み合わせると、鍵爪が悪魔の指の様に切っ先に聳える、熊手の様になった鎌を作り出した。

 姉貴がそれを大きく振るうと、宙を抉った爪痕は空間を割きながら兄貴へと向かう。兄貴は刀で、爪痕の方向を逸らすと、再び姉貴を睨み付けた。

 姉貴は言葉を続ける。

「自問自答をもっとしろ。語り得ぬものには沈黙する。口をつぐむのが賢さ、知性というものだ。お前らには分からないことだって沢山ある。それとも、無知の自覚すらないのか」

「口がどうこうじゃねえ、行動を起こさねえのは違うだろうがってんだよ!」

 飛び込んできた上段回し蹴りが片方の爪を折ると、兄貴は逃がさないようにその拳をガッチリと掴み取る。

「そんなことは一度でも私の意識を飛ばしてから言うんだな!」

 姉貴がそう言って拳を振るうと、負けじと兄貴も拳を返す。

 バシィ!!!

 お互いの拳が擦れ違い、クロスカウンターが入った。しかし、お互いに頬の衝撃を耐え、睨み合う。

 その瞬間、二人の影が接続する。

 すると、その影がまるで坂道であるかの様に球体がすさまじい勢いで転がってきた。

 それが二人の顎に綺麗にクリーンヒットを決めると、不意の攻撃をもろに食らった二人の人間は眼を剥きながら揃って宙を舞い、彼らの妖気を帯びていた一帯の空間は一時的にすべての影響を失った。

「姉貴の意識を……!」

「一度でも飛ばした……!」

 ゴロとハカセが中でガッツポーズを取る。

人間たちは即座に意識を取り戻すと、姉貴はフィギュアスケートの回転の要領で、兄貴は宙返りで受け身を取った。

 二人が同時に振り返った方向には、腕を生やし、腕を組んだガラクタが控えていた。

「兄貴との話をする気がないなら、こっちを見ろよ、姉貴」

 不安を誘う、初歩的な妖術を仕掛けながら、メタローは挑発する。

「お望み通り、一度ぶっ倒したんだからよ」

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