間話 兄貴編

間話第参 GEAR OF FATE


 よぉ、俺はキョウジっつーもんだ。

 俺ァ肩書はあんまり好きじゃないが、それが使えるってことは分かってる。だから敢えて名乗らせてもらうと、狐の継ぐ子だ。んで、人間で言う暴走族の様な集団、義賊兄弟の頭を張らせて貰ってる。

 ……まァ実際、虎の威を借る狐でしかない。

 いや、姉貴も俺も人間だが、例えとしてな。

 俺は肩書を盾に好きにできるってだけで、ロクなことはしていないってことだ。兄弟の頭もちゃんとやってたのは最初の頃だけで、キンタとギンが育ってからはどうにでもなった。

 そんな名ばかりの役職なら自由が利くわけで、ひとりで各地を走り回ることが出来た。

 なんで走り回ってるかって?

 そりゃあ理由は一つだ。

 姉貴とアオイを探す為だ。


 ちょっと思い出話に付き合ってくれ。

 俺が姉貴に呼ばれて狐の里にやってくる前の話だ。

 自分で言うのはちょっと恥ずかしいんだが、不良をやってたんだ。

 今とあまりやってることは変わらないんじゃないかって?

 確かに表面上はそうだが、一先ず最後まで聞いてくれ。


 中流家庭以外で育っているのであれば、下からでも上からでも、世の中に綺麗ごとはないこと、世の中が平等じゃないことぐらい分かるだろ?

 と言うのも、人によっては衒学的、あー……つまり、鼻に付く嫌味に聞こえるだろうが、今思えば俺は育ちが良かったんだろう。恵まれてたんだと思う。今こうやって喋るにしても、どう言ったら聞いてる奴らを傷付けないか分からねえような俺にとっては、生活階級が下の奴らに合わせてやるのが難しかったんだ。

 だから身体の大きさや喧嘩の強さを買われて不良の中に居ても……面白くなかった。

 あいつらは俺にとって頭が悪い、レベルが低い、生活階級が低い。やつらにとって俺はいろんな意味で手に負えなかった。


 やつらも知ってたらしいが、ウチは親父が大学教授だ。世の中では評価されてる方らしい。そんな家で育ったから、俺は英才教育に加えて、文化資本だとか言うんだか、基礎的な教養が備わってた。勉強しなくても中途半端に賢かったんだ。だから小学生になった頃には中学までの勉強が終わっていて、幼い俺としては、義務教育を受ける程度の為に学校に行く意味が分からなかったんだ。

 実際の学校の意味は同年代との感性のすり合わせや、社会生活の習慣を身に付ける意味があるんだろう。もしくは私立やもっとレベルの高い学校なら俺も張り合いがあったのかも知れないが……少なくとも親は一般的な感性を身に付かせようとしたのか、わざわざ入れられた地区の学校はそういうところじゃなかったんだ。

 エピソードもある。教師しかなれなかったような大人に難癖付けられて模試を受けさせられたことがあった。だから本気を出したらその時は全国ランキングの一ページ目に名前が載ってよ、それっきり大人はだんまりだった。俺としては当然の結果だったから苛立ちが増しただけだった。

 まあ幸いと言っても良いのか、俺の親も結構忙しかったらしく、学校の連絡はロクに聞いてなかったのか、勝手にしろと思っていたのか。行事にも顔を出すことはなかったし、親としての愛情があんのかないのか、その辺どうなんだと今なら思うが、当時は全く思わなかった。単に、構われないなら都合がいいなと、それだけだった。


 そんな感じで、段々と俺は学校に行かなくなり、不良の奴らとつるみ始めたわけだが、ご覧のあり様だった。

 考えてみれば当たり前だろ?

 俺は将来困らないから不良になったが、他の奴らはならざるを得なくて不良になってるんだ。彼等は大抵、簡単に言えば、落ちこぼれで、状況を自己分析する知能もない為に危機的状況から脱出できず、しかし不必要にプライドや自己肯定感がある為に無駄に敵を増やす、そういう生き方だった。そうするしかない境遇にあった。事情を読み取れないほどに俺も若かった。他にもいろいろ理由はあるだろう。奴らがどれだけ鼻に付いたのかははかり知れねえ。お先真っ暗な奴らの方が生存の為の本能も強く、なわばりが大事なのだ。

 そんなわけでお互いに盛り上がらず、やがて自然に不良もやってられなくなった俺は、久し振りに家に帰ってきたわけだが……俺はこの日のことを、死ぬその時まで忘れないだろう。

「ただいま」

 誰からも返事がないことを念頭に置き、一応習慣として発したその挨拶に、

「おかえり、天野兄嗣くん」

 そんな返事があったのは、名乗ってない名前を呼ばれた驚きとかよりも、何と言うのか。

そう。

 動き始めやがったな、俺の運命。

 そんな気分だった。

 まるで自分の家かの様に落ち着き払ってコーヒーを飲んでいた、長い黒髪に黒ぶち眼鏡に顎に黒マスク、服まで黒尽くめの格好をした背の高い彼女は、泥門デーモンと名乗った。

 俺は正直内心ビビってるのを隠すかのように、「その名の通り、あんた悪魔みたいだぜ」とからかうと、一発顔に貰いかけたが、なんとかギリギリで避けた。

 その時、彼女の手を覆っている膜の様なものに気付いた。

 俺が疑問もなく触れると、彼女は少し驚きながらも、何処か納得した様な素振りで、それについての説明を始めた。

 それは、妖気と言うものだった。

 幽霊が見える人のことを、霊感がある、と言う。では妖怪が見える人は何が見ているのか。

それは、妖気が見えているのだ。妖気が見えれば、それは扱える素養を示している。

 泥門は元々神社の娘で、巫女としての修業をした経験から妖気が扱えるようになったらしいが、彼女からすれば、俺は天然にしてその素養を持っていると言うことであり、是非弟子として修業を付けてやろうと彼女は言い出した。

 ちょっと強引には感じたものの、見るからにそう言うのが苦手そうな彼女がわざわざ俺を誘ってくれたと思うとなんだか人助けの様な気分になり、言う通りに従うことにした。

ただ、今考えると……こんな家で俺を待って出迎えてくれた上に、温かい食事まで用意されていたとなったら、断るわけにはいかなかったよな。


 ともかく、人間到る処青山あり。

 俺たちはそうして旅立った。

 姉貴は俺を狐の里へ連れていくと、「自分は狸の里で継ぐ子ということをやっていたが訳があって愛想を尽かした。そのノウハウを活かしてこちらも向こうを超える発展をさせてみせる」と吹聴し、裁定者に売り込んだ。

 裁定者と言うのは、合戦で一番評価され、天狗から神通力を与えられた存在のことだ。

 天狗のお墨付きともなれば、彼らが里のトップとなるのは言うまでもなく、更に彼らに認められて継ぐ子を名乗れた俺たちは、晴れて里での自由を許されるようになった。

 あの頃は楽しかった。

 人間の世界の知識を出すと、それはなんでも喜ばれた。

 ミーハーで影響されやすく、気取りがちである狐たちは、姉貴や俺の出す例の中でもより良いものを望み、東京と京都を半々に分け、街に作り始めた。その奇天烈な混ぜ方そのものが、外国人が考えるサイバーパンクの日本みたいで奇妙だったが、物が揃いやすくて便利だし、何より面白いので黙っておくことにした。

 継ぐ子である都合上、狐たちと話す機会は常にあったこともとても良かった。結局不良たちとのこともあって、俺が交流に飢えていたという面もあるんだろう。奴らに教わったこともたくさんあった。裁定者のおっさんは飛脚狐をやっていたこともあったそうで、飛脚における様々な技術を俺にも仕込んでくれた。師匠とも言える奴を初めて格闘で負かした時はとても嬉しかったのを今でも覚えている。

 そんな風に、充実した日々を過ごしていた。

 人間界に居た時より楽しかった。

 努力する奴、知識のある奴に対する変な嫉妬ややっかみもなく、劣等感やルサンチマンをこじらせる奴もいない。実際どうだったかは知らないが、少なくとも俺に直接そうしてくるやつがいなかったのが全てであり、常に尊敬されながら自由に振る舞えるこの場所はとても居心地が良かったのだ。

 しかし、その日は訪れた。

 のちに災禍と呼ばれる、泥による大災害。

 狸の里は大変な被害が出たというそれは、裁定者を除き、狐の陣営において死んだものはなかったが、裁定者がいなくなっても大した問題が起きずに里の日常が続いてしまっていること自体がとても奇妙だった。

 今から言えば、彼らがいなくなった支配層にそっくりそのまま仮面を付けた者たちが居座っていたのだと言えるが、当時はまだ小さな違和感だった。

 大人たちが不意に自我を失った様な、何かに操られているかの様な、整合性の取れない行動をするようになるまでは。

 俺はそれが災禍と無関係でないと考えて探り始めたが、大人たちは一切それについても仮面たちについても語ろうとしなかったし、それに文句を付ける大人たちまで現れた。

 それは、まるで権力や社会構造に操られているような、人間社会で例えるなら『なりたくて教師になったわけじゃない大人』が自分の不満の吐け口として建前の為に遠回しな言い方で生徒の俺にマウントをとって何かガタガタ言ってくるような、そういう真っ直ぐじゃねえ気持ち悪さがあった。

 都合が悪くなると無理に言うことを聞かせようとしたり、言うことを聞かない子供を締め出したりするんだぜ?

 信じられるかよ。

 その時には妖気と殺気の混ざった空気が感じられた。

 つまり、ビンゴだった。

狐の大人は泥に憑かれている。もう信じることが出来ない。

 俺は行き場のなくなった子供たちを集めると、継ぐ子の権力をいくらでも使い、彼らを養っていくことにした。

その為に出来たのが義賊兄弟であり、組織の仕事として里の周囲の警備を始めた。

 里の中に居なくて良く、しかし里から追い出された子供がいればすぐに保護が出来、金も稼げるからだった。そうして、俺たちが生計を立てるサイクルに乗れたことを確認できた頃、姉貴は俺と共に遊びで作っていたガラクタのマシン/カブキドー・グレンマルと共に「私たちの運命を左右する子供を連れてくる」とだけ言って姿を消した。前から「狸の里に有望な奴らがいるんだ」と言っていたし、隠れて狸の里へ行っていることは知っていたので、快く送り出したが、姉貴はそれっきりいなくなり、そして最近はアオイまで姿を消した。

 そんなわけで今に至る。俺は姉貴を信じている。だから毎日俺は暇さえあればバイクを走らせていたわけだが、仕事の一つとしてやってる茶の湯の迎えの呼び出しを食らったのが、今日だった。合戦の最中に茶の湯だとは不自然だと思いながら砂漠への道を確認していると、義賊兄弟から砂漠で接敵したと連絡があった。こりゃあ何かある。俺はピンとくると、相棒のカスタムバイク、Leiden-900へ乗り込んで全てのリミッターを外し、天変地異を背負う勢いでそこへと向かった。

 そして、その甲斐はあった。

 そこには、俺が姉貴と遊びで作っていたガラクタのマシンが、完成して歩いていた。

 それを見た時、俺は眼を疑いながらも、嬉しさもあり、興奮もあった。

だってそうだろう。

 中に乗っていたのは、姉貴とそっくりな服装の子供。

 姉貴本人はそこにはいなかったが、約束を守ってくれた。絶対に姉貴の狙いでここまで連れてきてくれたんだと確信した。

 つまり、俺はそれに向き合う必要があるんだと、またも運命がこちらを向いたのだと感じて心が震えた。

 だからこそ、身体が言うままにドリフトを決めると、

「やってくれるぜ! 俺の運命!」

 思わず俺は叫んでいたんだ。

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