第一話 狸と狐とゴミ山と呪われし仮面 巻の弐

×××

 狸陣営の入場が終わった後、向かいのゴミ山の上。

 そこに並ぶ糸の様に目が細い着物の優男たちは目を合わせて合図をすると、一斉に掛け声を放つ。


「「「サー!!!」」」

 それに応え、笛を持つ者たちが優雅さと激しさを両立した旋律を奏でていく。

 ヒューヒュルヒューヒュルヒューヒュルヒュヒュヒュー!

「「「サー!!!」」」

 続いて、彼らの前方に陣取るこれまた切れ長の目の男が『うどんをすする赤い狐の絵の旗』を掲げると、狸陣営へ挑発的に目配せをすると、彼らとは対照的に優雅にしなやかに振り始めた。

 こちらも賢い読者の方々にはお分かりだろう。

 狸の隈に対するように、切れ長の目であることが狐たちの変化の隠し切れない証拠として機能しているのである。


「「「エイヤッサー!!!」」」

 ベベンベンベン!!

 やがて演奏の区切りのタイミングに合わせて後ろから白いスーツの三人の糸目男が現れ、スムーズに演奏の種類が切り替わる。


 デデレデレデレ! デデレデレデレ! デデレデレデレデデデデ!!

 キュイーン!!

 ベベンベベンベベベンベン!!

 それは、エレキ三味線とエレキギター、ベースなどによる、現代的な和ロックの様なものだった。弾いている者たちは勿論、聴衆の狐たちも狸たちへ見せ付けるかのように演奏に酔いしれており、向かいの狸たちは理解が追い付かないのか唖然とするしかなかった。


「ロックなんてありかよ……」

「ずるくね? これだから狐どもはよ」

「あんなの格好良いに決まってんじゃねえか……」


 羨望と悔しさと興奮をないまぜにざわつき、頭を抱え、天を仰ぐ狸たち。

 そこに渇を入れたのは、

 カン!

 妖怪の総大将、ぬらりひょんの杖の音だった。

 その覇気により、狸たちはハッと自我を取り戻すと、直ちに狐陣営を睨み付ける。

 ──そうだった。奴らは手段を問わずに自分たちを貶める、そういう存在なのだ。大将の手を煩わせず、我々もしゃんとしなくては。

 一方、彼らが再び敵意を向ける先ではギターの演奏がひと段落したのか、狐たちは再びスムーズに演奏を切り替えたところだった。


 ヒュ~~~ドロドロドロドロ……。

 横笛と太鼓。それは我々にも聞き覚えがある様な、まさしく幽霊が出現する時の独特な音色。

 演奏を引き金に空間が揺らぎ、空気が発火する。その火花の色は紫である。果たしてそれが何なのか。不知火、人魂、狐火。はっきりとした名称は分からないが、いくつも発生したそれらは段々と大きさを広げて燃え盛っていく。

 やがてガシャガシャと金属のぶつかる音がし始め、燃え盛る炎の中から刀を腰に携えた落ち武者や宙に浮いた鎧たちが現れた。

 一部、実体がよく見えないものもいるが、それぞれの頭には三角の天冠が目立ち、それこそが彼らが既に此の世の者ではない他ならぬ証であった。

 不気味な動きの彼らに続くのは、芸者や町人の様に様々な格好の人型の狐たち。

 幽霊の後に現れたということは、狸側の筋肉質の様な、術のスペシャリストなのだろう。

 狸たちが恐ろしいやら不思議やら、格好良いやら、めいめいに強烈な印象を受けた表情で言葉を失い息を呑んでそれを見ている隣で、妖怪たちは訝しげに幽霊たちを睨んでいた。

「地獄から最近死者が減ってるというのはこれが原因か……罰当たりな」

 旦那が相手側の玉座に現れた紫の炎を見てギッと歯ぎしりをすると、炎は見ている者を煽るかの様に勢いを増し、中から狐陣営の最後の一人がゆらりと姿を現した。それは黒いローブを羽織り、狐面を被った人物であった。一同から注目を浴びながら彼が片手をあげると、この場にある紫の炎全ては彼の後ろへ飛び集まり、まるで九本の尾の様に揺らめき始めた。

 ──あの者が狐側の大将なのは間違いないだろう。しかし、あの紫の炎は、そして得体の知れない妖気は何なのか。

 狸一同がざわつく中、一番震えていたのは……他でもない、グレンマルの中のゴロであった。


×××

 数分前、そのガラクタの中は静まり返っていた。

 調整を終えて落ち込んでいるハカセを横目に、メタローは外の様子を「なんだか凄いことになっているなあ」と他人事として見ていたのであった。

 その為、彼らが傍で震えるゴロの様子がおかしいことには気付けず、

 ドン!

 という音が聞こえた時には彼らは既に宙に浮かんでいた。

 何が起きたか分からずポカンとしているハカセを他所に、メタローは瞬間的に妖気を広げ、状況を俯瞰しにかかった。

 どうやらゴロが二人の首根っこを掴み、グレンマルの外へ飛び出したらしい。しかし、何故。メタローが原因を分析するより早く、ほんのりと香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。それは焼きそばのソースの匂いであり、メタローはやれやれと事情を察した。

 ──狸の嗅覚はとても優れている。そこにゴロの食い意地が加わればこのかすかな匂いを嗅ぎ取るのも可能だろう。普段ならば流石に妖怪たちに囲まれて独断行動を取る勇気はないし、食欲だけでここまで動いてしまうこともないと思うのだが……今回はイメトレするほど食欲に意識が向いていたのだ。無理もない。


 メタローがブツブツ呟きながら頭を整理している間にもゴロは名前の通りゴロゴロと勢いよく転がり続けており、狸や妖怪の間、ゴミ山の裏を通っていく。このまま行けば人里だ。

 ただでさえ食い意地の張ったゴロが理性を失った現在、食べ物を求めて大暴れしてしまう可能性もある。

 いざそうなれば友人である自分たちも連帯責任だ。

 メタローは脳をフル回転させながら周囲を見渡した。考える時は開示されているものを整理するのが大事だと、これまでの人生経験、ならぬ畜生経験でメタローは学んでいるのだ。

 何かないかと目を凝らしたメタローの視界に、ハカセのポケットから落ちていくラムネ菓子の粒が見つかった。脳を動かすブドウ糖の補給の為にハカセが普段から山ほど持ち歩いているものだ。これだと閃くと即座にメタローは妖気で小さな雷雲を作り出すと、ハカセへ電撃を飛ばした。


「起きろ!」

「いででででででで! 起きた起きた起きた!」

 毛が焦げ、驚いた顔でこちらを見るハカセには、状況を理解するのにも時間がかかりそうだ。

 そう判断したメタローは直ちに自らの毛を捻じり合わせて硬化して三本の針を作ると、勢いよく放った。

 これは応用妖術の属性針というものだ。毛針自体は有名な妖怪のアニメでも使われた技だが、メタローはそこへ妖気で属性を付与する術を使える。

 妖気というのは、使い手の工夫・発想・奇天烈なアイデアと妖気のコントロールありきではあるが様々な使い方が出来る。ただ、年功序列がまだ生きている狸社会においてあまり奇抜で変わったことはし辛く、メタローとしても師と自分以外に心当たりはないのだが……。

 ともかく、妖気で思念を込めた〈思念針〉はしっかり命中した。ハカセの目は段々と焦点が合い、全てを理解した。地面のラムネ、白衣、走り続けるゴロ……。彼は即座に白衣のポケットを漁り始めると、そこからは怪しい試験管、手榴弾、ピストル、目覚まし時計、その他様々なものがこぼれ落ちていく。

「あった!」

 ハカセは急いで容器をゴロの進行方向へ投げると、ゴロは本能で反応したのか、容器ごとバリバリと食らい、一瞬動きが止まった。

 ──今だ!

 ハカセとメタローが気合を入れ、変化を始める。

 筋肉のイメージ。真っ白な肌。力強い説得力。

「「せーのっ!」」

 変化を完了し巨大なマッチョの石膏となった二人は、両腕にしがみつくことでゴロの動きを止めることに成功した。ハカセは急いで狸へ戻ると、ラムネをゴロの口へ流し込んだ。対し、メタローは餅つきの様な要領で新しいラムネが流し入れられる度にゴロの顎と頭を掴んで咀嚼させていく。

 ザラザラザラザラ、ガクガクガクガク。

 ザラザラザラザラ、ガクガクガクガク。

 作業を続けていると、やがて何度目かの動作の合間にゴロの目に光が戻り、頬を膨らませながら起き上がると、ぺっ、と先ほどのラムネ菓子の容器の破片を吐き出した。

 様子を伺う二匹と、けろっとした顔のもう一匹が見つめ合い、一瞬の静寂。

 それを割いたのは、グー、と鳴るゴロの腹の音であった。

「足んねえや」

 ゴロはしたり顔で笑うと、ハカセは呆れ顔で笑い、メタローは静かに苦笑いをした。神社へと続く人里は、もう目の前だった。


×××

 一方合戦の戦場では、ニヤニヤと笑いながら天狗が舞い降りてきたところに時間が巻き戻る。

 天狗が現れた。その事実に、旧世代を重んじる狸たちは両手を合わせて拝み、新時代を好む外国かぶれな狐たちは自らの心臓へ手を当ててそびえる赤い鼻を見つめた。

 両陣営、スタンスは違えど、それぞれ彼を尊敬していることに変わりはない。また、天狗への敬意は狐の大将ですらそれは違わぬようで、彼は狸の方を見てから両手を合わせようとして一瞬止まると再び狐たちと同じく片手を心臓へ持っていった。

 天狗はそれに頷きながらニヤリと薄笑いを浮かべてからひと息吸うと、一拍置くと、両手を広げて柏手を打った。

 ビリビリと空気が震え、しかし、心地良さそうに、誰もがそれを受け止めた。

 そして天狗は再び手を広げると、白々しくも堂々と宣言を始めた。

「再三ゆうた通り! 明日以降三回のそれぞれの合戦をもって、ワシの弟子を決める! この天覧試合はその始まりを知らせるものであり、結果を象徴するものとなるだろう!」

 狸たちは武者震いをし、狐陣営はほくそ笑む。天狗は緊張感のある静けさに余計に笑いを隠せないのか、口角がピクピクと動いていたが、誰も気付いていなかった。

「いざ尋常に!」

 天狗の仕切りに応じ、妖怪たちは睨みを効かせ、幽霊武者たちは音も立てなかった。ぬらりひょんの旦那は眉間にしわを寄せ、対し、狐面の表情は読めない。

 さあ、今から陣営の発展にあらゆる影響を受ける、今後三年だけではなく、それぞれの未来を示す戦いが始まるのだと、一同は真剣な顔で構えている。

 遂に天狗はうちわを相撲の軍配に見立て、構えると、

「はじめぇ!」

 天狗が勢いよくうちわを下す。

 それで全員が動き出す、はずだった。


 パァーン!!

 その破裂音はあまりにタイミングが良かった為、幽霊武者たちすら動きを止め、そこにいたすべての者たちから一斉に注目を浴びた。その音は一帯を覆う靄の一部を貫き、また新たな光が差したほどだった。スポットライトの様にその日の光を浴びた派手なガラクタは、先ほどの破裂音と共に噴き出したのであろう、見た目に負けない七色の煙と紙吹雪を吐いており、頭上には白旗を上げていた。

 カブキドー・グレンマル。あれは狸陣営の問題か。

 音の原因を確認した一同は、一斉に天狗の方を見る。

 しかし、天狗はそのまま狸陣営の最高責任者であるぬらりひょんの旦那へと目を向けた。

 不意に上の立場から一切の責任と一同の視線を押し付けられて旦那はたじろぎながらも、即座に誰とも構わず周囲の狸たちへ問いかけた。

「三馬鹿は! あのロボに乗ってた馬鹿どもはどうした!」

 すると、ゴミ山の下で赤いチョッキの子狸/赤殿中が何か口を開いているのに旦那は気付いたが何も聞こえない。近くにいたろくろ首が赤殿中に耳を貸すと、彼女はそのまま首を伸ばして旦那へと報告を述べた。

「ゴロ、ハカセ、メタロー、三匹ともいないそうでありんす」

 先ほど旗を振っていた狸/布袋がそれを聞くと、虚空から出した〈あらゆる物を写す能力のある妖怪/うんがい鏡〉で大空へ映像を映し出すと、そこに見えたのはグレンマルの足元をズームしたものだった。更にそれを辿っていくとラムネ菓子が道行の目印の様にポツポツと落ちているのが分かり……三匹の行く末は明らかだった。

 本日二度目の一瞬の静寂。

 そこで遂に我慢の限界が来たのか、

「くつくつくつ、がーっはっはっはっは!!」

 辛うじて抑え続けていた口を開けると、天狗は大笑いを始めた。

 続いてプチッと何処かで血管が切れる音がすると、ぬらりひょんの頭は真っ赤に染まり、彼の座って玉座からは妖気が溢れ始め、モクモクと雷雲が空へと昇って行った。これから何が起こるのか。狸たちはすぐに察した顔で逃げ出そうとするが、狐たちは理解が出来ないのか、天狗と共に口を押さえて笑うばかりである。ただ、その狐たちの後ろにいた狐面の姿はもう見えなくなっていた。

「普段はまだしも、よりにもよって天覧試合まですっぽかすとは……」

 旦那の声と共に帯電していく雲。流石に危険と理解したか、彼らには死の危険がないのに武者たちも音を立てている。狸たちは緊急事態を伝えるべく嫌がる狐たちまでも助けようと袖を引っ張ろうとしたり、無理やり狐を背負って走ろうとする。だが、余計なお世話だとばかりに頬にビンタを食らったり、背負った後に暴れられて共倒れになったりして一同はモタモタとその場から離れられない。

 もちろん、その様子は目に入っていないのだろう。仲間の避難が間に合わないことも全く構わずに、遂に旦那の怒りは限界へと達した。

「許さーん!」

 谷の中へ響き渡った怒号を合図に、いくつもの雷鳴が轟いた。

 もう間に合わないのは、誰にでも分かった。

 居合わせた全ての者たちはもれなく仲良く、目を口を驚愕に丸くしながら、真っ白な光に包まれた。


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