第一話 狸と狐とゴミ山と呪われし仮面 巻の壱


 我々人間には想像しがたく不可思議に暗い大地の中に、日本風の懐かしさを感じさせる異形のものたちが並んでいた。

 つまり一言で言えば、妖怪である。


 そして、百鬼夜行の群れの中にひとつ、場違いな機械的物体があった。

 その物体は、相撲のまわしの様にしめ縄を締め、武者の様な籠手を着け、人であれば異様に顔の部分が大きく、歌舞伎役者の様な隈取のフェイスペイントがされ、その分野では獅子の役用とされる赤い長髪のかつらを被っていた。

 つまり一言で言えば、ガラクタマシン/カブキドー・グレンマルである。

 そのガラクタは操縦者を必要とする仕組みであり、その内部のコックピットには、見るからに性格の違う三匹の子狸が座っている。


 分かり易く腹が出ていて、ガキ大将風の模様を持つのがゴロ。

 分かり易く眼鏡をかけ、白衣を身に纏った風の模様を持つのがハカセ。

 分かり易く毛が多く、故に片目が隠れた陰気なのが、メタローと呼ばれていた。

 同年代の三匹が待機するそのコックピットには端から端まで外が透けて見えるモニターに、マシンのコックピットとしての基本的な機能、他にはスマホやタブレットの様な遠隔操作系のものと、それを活かして自動で画面に色んな要素を分析、表示する機器が設置されていた。この内面のギミックは全て我々の師に当たる人とハカセが作ったもので、メタローとゴロの二匹にはさっぱり使い道が分かっていなかった。

 ハカセは一度、このマシンが完成した際に分かり易くまとめた解説を二匹に向けてしたことがある。

 しかし、ゴロは案の定開始5秒で涎を垂らして寝始めてしまい、メタローは聞き流しながら武力行使の為の内蔵武装──ロケットパンチ、幻影分身、キセルの様な持ち手の刀を始めとした様々なもの──のことばかり考えていたのである。

 そして、その解説を今一度聞きたくともこの場で聞くことはできない。

 何故なら現在、ハカセはラムネ菓子をヤバイ薬かの様に嚙み砕き、鼻水を啜り、脳をフル稼働させながら……マシンの最終調整の真っ最中だからだ。

 当然モニターにも『最終調整中!』との表示で、それは立体的に飛び出して見えるほどだった。


 とあるアニメから着想を得てそれに似せられたらしいこのガラクタは、管理していた師がいなくなってからは三匹の秘密基地兼移動手段になっていたのだが、この度の合戦の準備期間に大人たちに見つかったのが運のツキだった。「そんなマシンがあるなら」とグレンマルを取り上げないことを条件に、合戦へ代表選手の一人として出場させられることとなったのである。


 合戦に出ることは一般的に名誉とされる。何故ならそれ即ち、ある程度の肉体強度を持つことや妖術の心得があるなどで一定の強さを持つことを認められたということだからだ。

 しかし、簡単に言えば物理的なダメージが発生する物事であり、グレンマルはかなりの確率で壊される運命にあると言えた。

 そこまで踏まえるとメタローとしては、ハカセの心情は推して知るべしであった。


 そんなハカセに対してゴロは眼を閉じて瞑想を行っている、様に見えるが……長い付き合いにもなるメタローには彼の頭の中はお見通しであった。


 合戦そのものは一種の神事の様なもので、縁日と被って開催されるものだ。それらの騒動は人間たちにはある種の演出の様に見え、縁日の盛り上げにも寄与しているらしいが、真偽は分からない。

 そして、そこに訪れる参拝客を狙う商売上手な香具師たちもいる。年々規模が広がった出店は、いつの間にか狸や妖怪も密かに悪乗りして混ざり始めた。いつしか参拝客の大多数はそこで昼食を取って帰っていくようになり、町おこしを狙う市の協力などもあってか健全なB級グルメフェスとなった。魅力的な出店が揃うそこでは、フードファイターの大食い大会も行われる。

 そう。それこそがゴロにとっての戦場である。彼を凌ぐ巨漢たち、痩せているのにスルリと食べる女性たち、まだ見ぬ化け物たちとの戦いが彼を待っている。


 その為にも今はイメージトレーニングが欠かせない。

 目はしっかり瞑りながら、垂れる涎をひたすら拭いたり啜ったりしているところから見ても、大変忙しいと言えるだろう。


 他の二匹がそれぞれの全力を尽くしている中でメタローはただ外を眺めていたが、やがて列は動き始めた。

 彼は少し焦りながらも、聞き流した知識と、人間で言えばデジタルネイティブ世代であることを活かして恐る恐る適当に勘で操縦桿を握った。

「カブキドー・グレンマル、いざ参る」

 彼の動きに連動してガラクタも顔を上げると、外の隈取の中の空洞に鈍く光が宿った。


×××

 そこは端的に言えば、ゴミ捨て場であった。

 烏が運んだ廃棄物の積み重なった山が複数。どんな手段を使ったのか綺麗に頂上を削られており、足場に良さそうである。

 現在の時刻はまだ午前。空には太陽が昇っているのが見えているというのに、この辺りはどうにも薄暗かった。

 原因は辺りに漂う紫の瘴気であろう。その濁りが直射日光を遮っているのだ。

 そして、とあるゴミ山の上で動きがあった。


 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!」」」


 サッカーの試合の応援を彷彿とさせる迫力の手拍子と、それに呼応する怒号の様なかけ声が聞こえる。

 その覇気は瘴気を乱して陽光をスポットライトの様に導き、その音はゴミ山を揺らし、地中のモグラたちも反応を示すほど響いていた。


 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!」」」


 音の主はゴミ山に整列していた日本男児たちであった。男たちの表情は真剣そのもの。それは格好にも現れており、彼らの服装は、軒並み木の葉の様な模様が付いた前垂れの褌のみ。ギリギリ全裸寸前であった。

 しかし、彼らはボディビルの大会に出れば誰が優勝するか分からないほどの見事な肉体美を備えており、不快感どころか神聖さを感じさせる。彼らに唯一不自然なところがあると言えば、目の下にはもれなく健康的な肉体に不釣り合いな不健康そうな隈があることであった。

 また、その隈の男たち一同の先頭では、ひと際大きな大男によって緑地に蕎麦をすする狸の描かれた旗が振られていた。雄叫びのリズムはこの旗の指揮に従っていたのだ。果たして人間なのかも疑わしい体躯の旗の男は、その逞しい腰の捻りで一同を鼓舞していった。勿論、彼にも隈がある。

 最早賢い読者の皆さんにはお分かりであろう。

 彼らの隈は、狸が人間に化ける時に残る証なのである。


 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!!」」」

 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!!」」」


 日本文化を象徴する楽器である笛と太鼓を鳴らし、後列の男たちが更に盛り上げていく。


 ドドンドンドンドドンドン!!

 ピューピュー!


 まさに自分はこの陣営に所属しているのだと言いたげに彼らの気迫は熱を帯びる。


 パンパンパパンパパン!!

「「「オーイ!!!」」」

 ドドンドンドンドンドン!!

ピューピュー!


 やがて隈の男たちの熱気が最高潮に達してあらゆる音が綺麗に揃い始めた頃、男たちは誇らしげにピタッと一斉に動きを止めた。

 京琴担当の狸はそこに気付くと焦りながら、しかし間違えないように確認しながらゆっくり音色を奏で始めた。

 みょんみょんみょんみょんみょ~ん……と奇妙ながら特徴的な聞き覚えのある妖怪たちの曲が聞こえると、狸たちは興奮が止められなくなったのか尻尾を生やすと背筋と共に一斉にピンと立てた。

 そんな男たちの盛り上がる興奮に答える様に、先ほど散った妖気が何処からか集まり始めるとひと塊の靄となっていき、すぐに巨人でも通れるほどの高さと大きな横幅を持つ巨大な門を呼び出した。


 ギ、ギ、ギギィ……。


 自ら開いたその門から最初に現れたのは、旗を振る小さな狸であった。所謂、文ぶく茶釜として我々にも知られる彼の茶釜には、その蓋に挟まるように小さく加工された旗が差してあり、彼が歩く度にヒラヒラと揺れていた。門と比べると普段に増して尚更小さく見えながら、それでも一同に伝わる様に一生懸命に身をかがめて、一礼。


「「「うおおおおおおお!!!」」」

「「「茶釜先輩ィーー!!」」」


 ゴミ山のマッチョたちは少年の様に目を輝かせ、大歓声を上げて歓迎の意を示す。それもそのはず、昔話にも登場する大有名人、否、大有名狸は、彼らからすれば芸能人のそれなのである。彼が狸色の歓声を浴びながらちょこちょこと歩き始めると、その後ろに続いて日本妖怪たちが現れた。

 有名なものでは唐傘お化けや一つ目入道を始めとし、のっぺらぼう、ぬっぺふほふ、垢嘗めや小豆洗い、姑獲鳥など、その他何をするのかもよく分からないものたちが続き、大きいものではぬりかべやがしゃ髑髏など、続々とその姿を見せていく。

 妖怪たちは、それぞれ緊張しながら恐ろしさを保とうとした様子だったが、笛と太鼓の音よりも狸たちの歓声が大きいと分かるや否や、おどろおどろしい雰囲気よりも馴染みと懐かしさを感じさせる──百鬼夜行というより、まるでパレードの様に、恐ろしさを半分諦めた苦笑いで、一同へ手を振り始めた。

 そして妖怪たちの為の一曲が終わると、狸の応援団は興奮が抑えきれなくなり、顔を合わせると、元のリズムを刻み始めた。


 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!!」」」

 ドドンドンドンドンドン!!

 ピューピュー!


 そんな盛り上がりであるから、メタローたちがその中にまぎれ、明らかに無機物である歌舞伎風のペイントがされたロボットで現れても、全員「そういうもの」として受け入れているようで特に反応を示さなかった。一方、対照的にグレンマルの隈取レンズからメタローの様子を見てみると彼は手の甲で額の汗を拭っており、なんとかここまで動かせたことに安堵しているようだった。


 やがて百鬼夜行の終わりが見え、最後に赤鬼や青鬼、筋肉質の大狸たちに囲まれたぬらりひょん/旦那が現れると音を立てて門が閉じていく。そして門を形作っていた靄は旦那の足元に向かい、彼を乗せる。それは狸と妖怪たちの顔を確認するように漂うと、ゴミ山の上にいる旗の男の隣で旦那の座る玉座となった。

 旦那が肘をかけてふんぞり返り、不敵な笑みで向かいの陣営を睨み付けると、呼応するように相対するゴミ山で動きがあった。

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